桃色な未来とオレ 後編
「アレイラ様、お話中に申し訳ありません。お客様がお見えです」
「お断りなさい。歓談中です」
「それが……あ、勝手に入られては……」
レベッカの遮る声と同時に、いきなり扉が開かれた。
無礼を叱責しようとしたアレイラも振り返ったオレも驚きの表情で相手を見つめた。
「やあ、アレイラ、久し振りだね。息災にしていたかい?」
親しげに話しかけるその顔とは、ついさっき別れたばかりだ。
「アルフ様、何故ここに……」
「決まってるじゃないか、君のご機嫌伺いさ」
「心にもないことを」
「心外だね、せっかく会いにきてやったのに」
澄ました表情でアレイラを見つめる目に感情の色は見てとれない。
アレイラに対して、本当はさほど興味がないんじゃないかと思えるぐらいに。
「あの……オレ、席を外しますね」
そそくさと退出しようとしたけど、すぐに見咎められる。
「おや、お前は先ほどの生意気な娘じゃないか。居たのか?」
名前知ってる筈のに……わざとだな。
嫌みな奴だ。
何か反論してやろう口を開きかけたけど、アルフは興味が失せたように視線を外し命令した。
「今はお前に用はない。この部屋から出て行け」
「リデル、ここにいて……出て行かないで」
か細い声でアレイラが頼む。
アレイラの弱気な発言なんて初めて聞いた気がする。
相反する頼みにオレは戸惑った。
まぁ、基本的にオレは女性の味方なんだけど……。
歩みを止めたオレと意見に従わないアレイラに一瞬、いらついた表情を見せたが、冷ややかな笑顔に戻り、言い捨てる。
「好きにするがいい」
器の大きさを示したつもりのようだ。
「で、何のご用でこちらに?」
アレイラの口調もかすかに非難めいて聞こえる。
「知れたことよ。私の妻になる女を見物しに来たのさ」
実際、オレ達は皇女候補であって、お前の嫁さん候補じゃないんだけど。
「安心しろ、お前達が仮に皇女に選ばれなくとも、側妃に加えてやる」
お前たち……だと?
「どういうことですか? リデルを側妃にとは」
アルフの発言にアレイラが訝しげな顔をする。
「先ほど道案内を頼んだが、大いに気に入った。私の女にすると決めたのだ」
勝手に決められても困る。
それにオレには…………オレには?
今、オレ……何を考えた。
一瞬、クレイの顔が浮かんだなんて……口が裂けても言えない。
いったい、どうしちまったんだ、オレ?
頭に浮かんだ思いに焦りまくっていたオレの沈黙を、肯定と誤解したアレイラが皮肉めいて言う。
「その娘が良いのなら、そうすればいかがですか? わたくしは潔く身を引きますが……」
「何を拗ねている、アレイラ。皇女騒ぎがなければ、君との婚儀はとうに本決まりであったものを」
「…………」
どうやら、アルフとアレイラ……と言うより二人の家同士が結婚の約定を交わしていようだけど、アレイラ自身は気が進まないように見えた。
ちょっと意外な感じだ。
アレイラの性格なら、これ以上の結婚相手はいないように思えるんだけど。
まぁ、それも二人の問題でオレには関係ないことだ。
ただ、これだけは言っておかなくちゃ。
「アルフ、言っとくけど、オレはあんたともレオンとも結婚なんかしない。決してあんた達のモノにはならないから!」
「…………」
「リデル……アルフ様に、なんて無礼な」
オレの宣言にアルフは無言でオレを見下ろし、アレイラは青ざめた顔でオレを見つめた。
「言いたいのはそれだけだ、それじゃ失礼するよ」
そう言い放つとオレは二人の反応も顧みず、脱兎のごとく部屋から飛び出した。
オレは自分の妄想に狼狽していた。
男に戻れないという諦めが、あんな馬鹿な思いつきをしてしまったのだろうか?
恥ずかしさで顔が赤くなり、自然と足早になる。
そんな風に自問自答していたせいか、廊下の曲がり角で誰かと鉢合わせしそうになり、相手に抱きとめられた。
驚いて顔を上げると、ヒュー・ルーウィックが目を丸くしてオレを見ていた。
「どうしたんです、リデル。そんなに急いで?」
不意に涙腺が緩んだ。
ヒューの優しい声に、思わず涙が出そうになる。
何故だか、ヒューの雰囲気はオレの心をいつも素直にさせる。
「ど、どうしました? どこか痛いんですか」
オレの様子を心配そうに覗き込む。
「……何でもないよ。目に埃が入っただけ」
ヒューの視線が恥ずかしくて、そっぽを向く。
そのとたん、我慢させていたお腹が盛大に鳴った。
「…………」
「夕食には少し早いですが、食堂に参りますか」
真っ赤になったオレを気遣ってヒューが提案してくれたけど、オレは首を横に振った。
やっぱり食堂に行きたくない気分になっていた。
「……仕方ないですね。何か食堂で見繕ってもらってきますから、部屋で待っていてください」
ヒューはいつもオレに優しい。
その好意に甘えていいか、時々迷うことがある。
けど、今日は素直に頷いた。
部屋に戻るとシンシアはまだ戻っていないようだ。
テーブルに先ほどは気付かなかった書置きが残されていた。
『急用のため、ソフィア姉さまと出掛けます。食堂に簡単な食事を頼んでおきましたので、目を覚ましたら食堂までお願いします。遅くとも夜には戻ります。シンシア』
そうか……食堂に向かったのは正解だったのか。
応接椅子にぼんやりと腰かけていると、ノックの音がした。
「リデル、済まないけど、開けてもらっても良いですか?」
扉を開けるとトレイいっぱいの食事を抱えたヒューが立っていた。
「シンシアが頼んであったようで、すぐに用意してくれました」
シンシア……これのどこが簡単な食事だ?
どんだけオレが大食いと思っているんだ。
ヒューを招き入れると、手慣れた手付きで給仕をしてくれる。
オレが感心して見ているのに気付くと、ヒューは笑って教えてくれた。
「師匠についている時に、ずっと身の回りのお世話をしていましたからね。給仕は得意なんですよ」
そう言えば、ユクと楽しそうにお茶の話とかしてたっけ。
「意外と家庭的なんだ……」
「ええ、縫い物もできますよ」
絶対オレより、家事能力が高そうだ。
「……準備が整いました。さあ、お召し上がりください、お嬢様」
片目を瞑って、執事風に食事を促す。
堅物に見えるけど、ヒューって結構、お茶目なところがある。
「あの……さすがにオレもこんなに食べられないから、一緒に食べようよ」
「そうですね。では、ご相伴に預かりましょう」
しばらくは腹の虫を黙らせるのに専念する。
オレが食べるだけ食べて一息つくのを見計らって、ヒューは心配そうに尋ねた。
「何があったかは聞きませんが、ユクさんがとても心配していましたよ。後で顔を見せてあげてください」
ヒューらしい気遣いの仕方だ。
ユクだけでなく、オレのことも心配してくれているのがわかる。
ヒューはオレの抱える秘密を知る数少ない一人で、信頼できる相手だ。
だから、今のオレの気持ちを聞いて欲しかった。
「ヒュー、昨日ね……」
オレは昨夜のトルペンの話を包み隠さず話した。
「そうですか……聖石にそんな秘密があったのですか」
思慮深いヒューの顔を見ているだけで、先ほどまでの、もやもや感も少し和らいだ気がした。
「でも、リデル。気を落とさないでください。宰相補も申されたように聖石はまだ研究中なのでしょう? 何か良い手が見つかるかもしれないではないですか」
気休めとわかっていてもヒューから言われると何だかそんな気持ちになるから不思議だ。
「もし、万が一ずっとこのままであったとしても、リデルであることに変りはないはずです。私にとって、男か女であるかより、リデルがリデルのままでいることの方が重要なのです」
いやいや、男と女の差は大きいと思うよ。
「これから年齢を経て、愛する者ができたとしても、男であれば愛する相手に子を産ませ育てる……女であれば愛する相手の子を産み育てる。産ませるか産むかの違いだけで、二人で子を育て家庭を築き生を全うすることに、どちらも違いはありません」
「…………」
ヒューの自信に満ちた言葉に、一瞬『そうかも……』と思ってしまった自分が怖い。
何なんだ、この有無を言わせない圧倒的な説得力は……?
根拠も理屈もあったもんじゃないのに、無意識に頷きそうになる。
「で、でもヒュー。オレはやっぱり男に……」
「考えてもみてください。貴女より強い男がいますか? そのままでも超一流の戦士で男以上に闘えるではありませんか。男女の差はその身体能力の差にありますが、今の貴女にその不利益はありません。男の姿に執着する必要などないではないですか」
「そ、それはそうだけど……」
「まだ、男に戻れないと完全に確定したわけではありませんし、仮にそうだとしても、今言ったとおりリデルはリデルです。深く思い悩まず前向きに考えましょう」
「……ありがとう、ヒュー」
「いえ、こちらこそすみません。少し熱が入ってしまい、恐縮しています」
話しすぎたと照れるヒューがおかしかった。
「それでは、食器を食堂に返してきますね」
食事を終えると食器を片付け、部屋を出ようとしたヒューが振り返る。
「そうそう、クレイにも声をかけてあげてください。いつもと変らないふりをしていますが、かなりへこんでいるようですから」
「…………うん、そうする」
扉の閉まるの見ながら、言葉とは裏腹に素直に頷けない自分がいた。




