桃色な未来とオレ 中編
ライノニアの公子だって!
カイロニアのレオン公子とライバル関係にあると言われてる人物だ。
そう言われると、どことなく似たところがある。
やはり、二人の父親が双子の兄弟だけのことはある。
「何をじろじろ見ている。無礼な女だな」
レオンは変態だったけど、こっちは俺様系みたいだ。
自分の父親と他国の王家以外に頭を下げる必要がないのだから、尊大になるのは当然かもしれない。
まあ、曲がりなりにも、この国の最高権力者の一翼を担う人物であろうから、喧嘩するのは避けたい。
「わかった。案内するから、付いてこいよ」
先に立って歩き始めると、盛大に文句を垂れながらもオレの後ろに付いてくる。
「おい女! お前、名は何と言う? 私に名乗らせて自分は答えないつもりか」
いちいちうるさいなぁ。
「オレはリデル。厄介ごとに巻き込まれて、現在は宮殿に軟禁中の身の上さ」
よく脱走するけどね。
「何だ、お前も皇女候補か……」
お前も? 誰と比較してるんだろ。
「しかし、お前ほどの美形なら悪くはないな。礼儀はなっておらんが……」
「悪くないって、どういう意味?」
「知れたことよ、私の花嫁としてだ」
「な……」
皇女は公子のどちらかと結婚する……確か、そんな話があったっけ。
無理無理! 絶対無理だって。
こいつかレオンと結婚するだなんて、笑えない冗談だよ。
なおも話しかけるアルフを無視して、オレはずんずんと廊下を進んだ。
「何だ、私がアルフ公子と知って、気後れしているのか? 思ったより初心なのだな……」
気色の悪いことをほざくアルフに振り返って、廊下の先を示し、オレは言い捨てた。
「ここから先が、中枢区画だ。まっすぐ行くとケルヴィンの執務室があるって聞いてる。後は一人でも行けるだろ、オレはここで失礼する」
素気無く言って立ち去ろうとすると、アルフが呼び止める。
怪訝な顔をしていると、アルフは身に付けていたブローチを外し、オレに差し出した。
「これは、わずかだが謝礼だ。受け取るがいい」
そう言ってオレの手にそれを強引に押し付けると、アルフ公子はすたすたと廊下を進んだ。
そして、少し行って思い出したかのように振り返るとオレに向かって言った。
「リデル、お前が気に入ったぞ。いつか、お前のその生意気な性格ごと屈服させてやる」
物騒なことを言い放つと、公子は廊下の先へと消えた。
呆然と見送って、ハッとする。
もしかして、また厄介な相手に好かれたんじゃ……。
よりにもよって、レオン・アルフ両公子に求愛されるなんて、どんだけ聖石の奇跡って凄いんだ?
ちょっと恐ろしくなってくる。
オレを奪い合って戦争する二人の姿が浮かんで眩暈がした。
思い上がった妄想だけど、笑い飛ばせない。
このままじゃ、後世の歴史家に傾城の美女に認定されちまう。
それに、仮にどちらかが勝ったとしても、無理やりそいつの奥さんにさせられて……そいつの子どもを産むなんてことに……。
想像しただけでゾッとする。
何がなんでも男に戻る方法を探さなきゃ。
固く決心して、手元に残ったブローチを見た。
かなり凝った細工で、一見して、高価な物とわかる。
あの手の男は奉仕されるのが当然で、他者に対して謝意を示さないものだと思っていたので、少し意外な感じがした。
単に気前がいいのか、それともオレに対する気持ちの証なのか、判断に迷う。
正直、アクセサリーの類いをつけるつもりはないし、ましてやアルフからの贈り物じゃ持ってるのにも抵抗がある。
かと言ってもらってしまった以上、捨てる訳にもいかない。
オレは気が滅入りながら、空腹を知らせるお腹を押さえて再び食堂へと向かった。
誰とも会いたくない時に限って、逆にいろいろな人に出会ってしまうものなんだろうか?
アレイラの侍女のレベッカがオレを見つけて、ホッとした表情を浮かべてオレに近づいて来るのを見て、ふとそんな風に思う。
「リデル様、お加減はもう、よろしいのですか?」
「うん、まあ……何とかね」
「……それでは、今はお時間よろしいでしょうか?」
「いいけど、アレイラがまた何か言ってるの?」
レベッカの表情を察して、先回りして訊いた。
「はい、リデル様をお部屋にお連れしろと仰せです」
オレに用って、何だろう?
思い当たる節がない。
「リデル様が今日、お加減が悪く伏せっておいでなのは承知しておりますが、なにぶんアレイラ様のご命令なので……申し訳ありません」
「今からなの?」
「もし、差し支えなければ……」
オレは悲鳴を上げるお腹と泣きそうなレベッカの顔と秤にかけて、肩を落として言った。
「長くなければ、かまわないよ」
オレの返答に心底、安堵の表情を浮かべるレベッカを見て、もう少し我慢しろとお腹をなでた。
「リデル様をご案内いたしました」
レベッカの案内でアレイラの部屋に通されると、見知らぬ顔が見えた。
アレイラのすぐ脇に控えていたけど、最初は精巧にできた少女の人形かと思った。
というのも、生気が感じられない作られたように整った顔で、微動だに動かなかったからだ。
背はオーリエには及ばないが、すらりとしており、長い髪を束ねていた。
武装をしているところから、たぶんアレイラの護衛だろう。
紹介してくれる気配もなかったので、オレはアレイラに向かって言った。
「アレイラ、オレに何か用件があるそうだけど、手短にお願いするよ。あいにくと調子が悪くてね」
お腹が減りすぎてだけどね……。
「わかったわ。レベッカ、お茶の用意はいいから下がりなさい。キュール、貴女も席を外して」
「でもお嬢様……」
「レベッカ、命令よ!」
「はい」
レベッカは心配そうに、キュールと呼ばれた少女は音もなく、部屋から退出した。
その身のこなしにオレは目を見張った。
全く隙がない武闘家のそれに等しかったからだ。
年格好は若く見えるけど、ただ者ではない感じがした。
二人が部屋から立ち去るの確認すると、やっとアレイラは口を開いた。
「貴女、昨日帝都の外へ抜け出したんですって?」
「そうだけど、それが何か?」
正確には帝都の街壁の外が正しいのだけど。
「そ、外の様子はどうだったかしら?」
アレイラは勢い込んだように尋ねる。
「えっ、別に普通だけど」
「……そう」
何か言いたげに沈黙する。
う~ん、何だろう?
アレイラの真意が掴めない。
当たり障りのない質問ばかりを繰り返しては、しばし黙り込む。
何かを言いあぐねているみたいだ。
「アレイラ、悪いけど、何か言いたいことがあるんなら、はっきり言ってくれ。オレ、ちょっと疲れてるんだ」
迷っているアレイラの背中を押す。
「あの……わたくしも外へ抜け出すことは可能かしら?」
「えっ?」
アレイラの言葉にオレは耳を疑った。
外へ抜け出す……アレイラが?
「ごめん、アレイラ。今、ここから抜け出すなんてこと言ってないよね」
「そ、そんなことは言ってなくてよ。ただ、わたくしでも貴女のように門兵に見咎められずに外へ出られるか聞いただけですわ」
慌てたようにアレイラは言葉を濁した。
「ふ~ん……」
何か釈然としないものを感じたけど、問いただす理由もないので、オレは簡単に答えた。
「たぶん、出られると思うよ」
デイブレイクが謹慎中の今なら……心の内でそう付け加える。
「本当?」
アレイラの目が輝いた瞬間に、嫌な予感がしたんだ。
「ああ、本当さ」
「では、わたくしを外へお連れなさい」
オレは思わず頭を抱えた。
「あのさ、言いたいことはわかったけど、理由を教えてくれるかな?」
気が遠くなりそうなところを気力で持ち直して、オレはアレイラに聞いた。
「べ、別に理由なんてないわ……そ、そうね。強いて言うなら帝都の外を一度見てみたいということかしら」
アレイラにしては歯切れが悪い返答だ。
何か本当の理由を隠しているようにも見えた。
そんなことより、ここは穏便にお断りしなきゃ。
「アレイラ、君の気持ちはわかったけど、今すぐは無理だ」
「どうして……」
「もう時間が遅いし、オレも疲れてる」
「そう言えば、貴女。今日、講義に出ていなかったようね」
「ああ、体調が悪くてね」
主に精神的にね。
「そう……」
アレイラは形の良い眉をしかめて、少し考え込んだ。
「それでは、今すぐという訳には行かないわね」
お、話が通じた。
「では、別の良き日を決めましょう」
あ、諦めてないのか……。
オレがさらに断ろうと口を開きかけた時、慌しいノックの音がした。