桃色な未来とオレ 前編
「よお、リデル。昨晩から調子悪いんだって?」
よりによって、一番会いたくない奴が来るなんて……。
「悪いけど、寝かしておいてくれ」
枕に顔を押し付けたまま、クレイに振り向きもせずオレは答えた。
「おや、本当に具合悪いんだな。さっき、シンシアが血相を変えて俺に言いに来たんで、様子を見に来たんだが……」
「うるさい! 出てけよ、独りになりたいんだ」
枕を投げつけるとオレはベッドにもぐりこんだ。
ため息をつきながら部屋を出て行くクレイを感じてオレは目を瞑った。
男らしくない……。
でも、オレはもう女のままなんだ。
もう、男には戻れないんだ。
じんわりと目の端に涙が滲む。
昨夜、トルペンが明らかにした聖石の特性は、オレにとってあまりに衝撃的過ぎた。
トルペンの方も何か聞きたいことがあったらしいけど、オレの様子を心配して黙って部屋に帰してくれた。
ノルティも最後まで心配して部屋にまで付いて来てくれたけど、気遣う余裕などオレにあるはずもなかった。
出迎えたシンシアはオレを一目見て何も言わず、すぐさま寝る支度を整えてくれた。
そのまま、倒れるように床に入ったオレは結局一睡もできず、身じろぎもせず朝を迎えた。
朝になると、今日の講義を欠席することをシンシアに頼むと、すぐにテニエル先生が様子見にやってきた。
二日も自分の授業をさぼることに立腹したらしい。
けど、オレの顔を見るなり、「お大事にね」と言い残して戻っていった。
よっぽどオレの顔が酷かったらしい。
とにかくオレは今、どん底にいた。
一縷の望みが絶たれたショックは筆舌に尽くしがたい。
今まで、女になったこの状況に不安があったのは事実だけど、心のどこかでいつか男に戻れる日が来るんだと信じていた。
だから、女の子としてちやほやされるのも楽しくなかったと言えば嘘になる。
無敵の力に美しい容姿……慢心する気持ちがあったことは否めない。
まさしく天罰だ。
オレが安易に世界最強を願ったのが元凶なんだ。
ルマの大会を通じて、オレは自分の浅はかさを痛感させられた。
クレイの横槍は、神の戒めだったのかもしれない。
いや、そう思いたい。
奴のことを恨んだら、人として最低になっちまう……オレは必死に自分の黒い心を押し込めた。
だから、もう少しだけクレイには会いたくなかったのだ。
いや、今は誰とも顔を合わせたくない気分だった。
ん、誰かがベッド脇のサイドテーブルに何か置いて出て行ったような。
シンシアかな?
いつもなら、口うるさいのに昨夜から妙に優しいのが、ちょっと気になる。
ベッドから少しだけ顔を上げると、テーブルには先ほどクレイに投げつけた枕と、朝食に飲み物が置かれていた。
食事を取る気分になれなかったので枕を抱え込むと、瓶に手を伸ばしグラスに注いだ。
「ダラム酒だ……」
きつい酒の匂いが鼻腔をくすぐる。
シンシア……いったい、どうしたんだ?
こんなに優しいなんて。
一口飲んで、喉が焼けるように熱くなる。
さして美味しいとは思えないけど、今の気分を変えられる気がして、三杯立て続けに飲み干すとオレはごろりと横になった。
空腹に強い酒はやはり効くようだ。
頭がぐるぐる回る酩酊感が、なんとも心地いい。
ほわほわして、何にも考えられない。
今のオレにとって、それが嬉しい。
そして、酔いが回ったのか、いつの間にかオレは眠りに落ちていた。
目を覚ますと、日がすでに落ちているのがわかる。
どうやらもう、午後も遅い時間らしい。
少し頭が痛かったけど、ぐっすりに寝られたおかげで、気分は悪くなかった。
次の間に気配がないから、シンシアは部屋にいないようだ。
お腹が鳴り、空腹であることに気付く。
朝も昼も食べてないんだから、当たり前か。
ベッド脇のサイドテーブルの食事は片付けられていた。
オレは両足を揃えてベッドから下りると、部屋着を脱いで着替えようとクローゼットを開く。
無意識に制服のスカートを取り出したのに気付き、それを戻しパンツを手に取った。
着替えを済ませて廊下へ出ると、人はまばらだ。
午後の授業が終わってから夕食までの時間は自由時間なので、皆思い思いに過ごしている筈だった。
本当なら、心配かけたユク達に会いに行くべきなのだけど、何となく顔を合わせづらい。
なので、夕食の時間にはまだ早かったけど、とりあえず食堂に向かうことにした。
主要宮の1階にある食堂に向かうのには談話室や娯楽室のある側の階段から行くのが近道なのだけど、決まりが悪くて反対側の階段を使った。
エントランスを経由することになるので、かなり遠回りになるけど、他の候補生と出会うことは少ない。
その考えが不味かったのか、オレは不躾に呼び止められた。
「おい、女!」
あまりの呼びかけに、最初自分が呼ばれたとは思わなかった。
「そこの黒髪の女だ、わからないのか?」
やっと、自分のことだとわかり、オレは振り返った。
そこには整った顔立ちだけど、癇の強そうな若い男が立ち、オレを見下ろしていた。
「オレに何か用?」
オレは不機嫌そうに相手を見る。
いきなり、『女!』はないだろう。
失礼な奴にはそれに相応しい応対ってものがある。
「何だ、その物言いは? お前、それでも女か?」
「口調について、あんたにとやかく言われる筋合いはないと思うぞ」
男を無視してオレが踵を返そうとすると、男はますますいきり立った。
「待て! まだ話は終わっておらん」
いきなり近づくとオレの腕を引いた。
むっとして腕を振り解き、睨みつけると相手が驚いた顔をする。
「お前……美形だな」
この状況で誉められても、少しも嬉しくない。
「とにかく、オレに何か用なのか?」
「ああ、そうだった。お前、この私をケルヴィンのところへ連れて行け」
ケルヴィンって、確か行政局長で実質上、帝国を運営してる人だったような……。
それを呼び捨てにするってことは、相当高位の貴族に違いない。
それなら、この横柄な態度も納得できる。
「連れてくのはいいけど、あんた何者? 不審な人物を案内できないんだけど」
「何だと、私が誰かわからんのか?」
あいにく、知らないし、知りたくもない。
「私の名は『アルフレート』、ライノニアの公子だ」




