似た者師弟とオレ 中編
「すみません。こんな筈ではなかったんですが……」
シリアトール補佐官が、冷や汗をかきながら申し訳なさそうに頭を下げる。
「いや、こっちが無理言ったんだ、もう少し待つよ」
オレはぬるくなったラノ茶(紅茶に似た発酵茶)を口にし、苦味に顔をしかめながら、補佐官にいたわりの言葉をかけた。
横を見るとノルティは、すでにうとうとし始めている。
オレとノルティがトルペンの私室の客間に通されて、ずいぶん経つけど一向に姿を見せる気配はない。
シンシアに支度をしてもらい、ノルティと二人で待ち合わせの時間に私室に案内された時には、すぐにでもトルペンに会えると思い込んでいたけど、考えが甘かった。
宰相補の公務も省みず、行方をくらます人物に約束を期待するのは浅はかだったと言っていい。
部屋の装飾品の値踏みにも飽きたので、申し訳なく思うあまり消え入りそうな補佐官に、ふと尋ねてみた。
「ところで、シリアトールさん。前から気になってたんだけど、トルペンって公務を放って、いったい何してるんだ?」
「さあ、私などでは到底理解できませんが、なんでも世界創世の秘密を解き明す研究をしているようですよ」
「世界創世の秘密?」
「たぶん……『創世に関わる8人の神徒』にまつわる話……」
いつの間にかノルティが目を覚ましていたようで、会話に加わる。
「ノルティ……それって、どういう意味?」
「ボクも文献で目にしただけで……詳しく知らない。でも、興味はある」
目をキラキラさせるノルティにトルペンの怪しさに共通するものを感じた。
一瞬、あのトルペンの格好をしたノルティの姿が浮かぶ。
ノルティ……早まるな、せっかく出来た友達がみんな引くぞ。
「あのさ、ノルティがトルペンみたいになっても、オレはずっと友だちだか……」
「リデルさん! 言ったでショ。我輩のことは、トルペン先生とお呼びなさいト」
突然、後ろから話しかけられて、オレは椅子から飛び上がった。
「な……ト、トルペン……先生?」
「はい、トルペン先生デス」
いつものように仮面を付け、口元に笑みを浮かべたトルペンがオレのすぐ後ろに立っていた。
な、なんだと。
全く気配を感じなかった。
この身体になってからのオレの感知能力は並大抵ではないのに。
いつ部屋に入ってきたかさえ、わからないなんて……。
やっぱり、こいつは只者じゃない。
「アレアレ、驚かせてしまいましたネ」
「ずいぶんと遅い登場じゃないか」
悪びれないトルペンに不審げな表情のまま、嫌味っぽく言う。
「や、怒ってしまわれましたカ?」
「怒ってはいないけど、ずいぶん待たされたからね」
「それハ、申し訳ない。ちょっとばかり座標がずれたノデ……」
「えっ? 何だって」
「何でもございませんョ。それより、我輩に何か用向きがあったのでハ?」
「そう……オレもノルティもあんたに聞きたいことがあって、ずっと待ってたんだ」
オレは気を取り直して、本来の目的をトルペンに告げることにした。
「……という訳であんたの写本を探して、帝都のあちこちを歩き回ったのさ」
オレが今日一日の顛末をかいつまんで話すと、シリアトール補佐官がしきりに恐縮する。
「その本の売買に関して仲立ちをしたのは私でしたので、聞いていただければ、そんな無駄足させることはなっかたのですが……」
「いや、補佐官は悪くないよ。お互い、そんなこと思いもよらなかったんだから。それに……」
ノルティと目配せし合って言う。
「無駄足なんかじゃなかったよ……得るものはあった」
不思議そうにオレ達を見ていた補佐官は、不意に何かを思い出したように立ち上がる。
「そうだ!……すみません。実は、これから人と会う約束を忘れていました。退席するのは恐縮ですが、私は失礼させていただきます」
そう言うと、補佐官はオレ達が何か言う暇も与えず部屋から飛び出していった。
こんな時間から人に会う約束があるとは大変だ。
クレイなら確実に女だけど、補佐官のはきっと仕事絡みに違いない、可哀想に。
忙しさの諸悪の根源であろうトルペンは邪魔者が消えたとばかり、のんきにくつろいでいた。
「全く、彼ハ有能だけれど堅苦しくてイケナイ」
いやいや、トルペンはもっと固くなった方がいいって。
自由過ぎるのにもほどがある。
「で、話は戻るけど、その写本は今どこにあるんだ?」
「ここに持ってきましたヨ」
トルペンはマントの内側から一冊の本を取り出した。
革張りの表紙で装飾の少ないシンプルな装丁だ。
値の張る写本は大抵、趣向を凝らした外観なので、トルペンのそれは残念ながら高価そうに見えなかった。
「別に内容ハ全て諳んじているので、無くても良かったのデスが、子爵が困っていたので人助けしまシタ」
したり顔のトルペンにちょっとムカついたけど、オレは下手に出て甘えてみた。
「じゃあトルペン先生、物は相談だけど必要ないのなら、その本もらえないかなぁ」
「それは駄目デス。高価でしたのでシリアトールがきっと許しませン」
上目遣いのオレのお願いに、言葉とは反対にトルペンはどこか嬉しそうだ。
補佐官が駄目なだけで、トルペン自体はあまり執着してないらしい。
これは、もう一押しする価値ありだね。
言いくるめようとして、ふとノルティの様子に気付く。
さっきから、しきりに会話へ加わろうとして口を開くのだけど、タイミングが合わず話に入れないようだ。
そういやノルティ、トルペンと話したがっていたっけ。
ここは最後の駄目押しをノルティに任せてみよう。
この本に見たがっていたのはノルティだしね。
「ノルティ、君からもお願いしてみたら……」
突然、振られて目を白黒させたけど、一つ深呼吸をするとノルティは言った。
「トルペン先生、ボクを先生の弟子にしてください!」
はい? ノ、ノルティさん?
どういうこと? その脈絡の無いその発言は……。
そこは普通、ボクに写本をください――じゃないの?
「残念ながら、それハ駄目デス」
オレが面食らっていると、トルペンは即答した。
「何故、駄目なんですか?」
ノルティが食い下がる。
「我輩には、弟子に教える暇も無いデスし、そもそも君に弟子としてふさわしい能力がアルかわからないデス」
拒絶の言葉に引き下がると思いきやノルティはへこたれなかった。
「決してお邪魔になりません。そばに置いていただくだけでかまいません……能力はありませんが、精一杯頑張ります」
ノルティに弟子にふさわしい能力がないというなら、トルペンの弟子には誰もなれないんじゃないか?
「ふむ、君はケプロスの『農政本論』を読みましたカ?」
「はい。欠損している4巻を除き、全て読み終えています。国の主導で農業計画を行い生産性を高めるというのは革新的な考えだと思います。ただ、それを行うには帝国の内戦を終える必要があります」
「君の意見に同意デス。我輩の書庫に4巻の写本が所蔵されていますョ。後で読まれるとよいデショウ」
「ありがとうございます。あの……では、弟子に……」
「その話とは、別デス。次に、シオンドロスの『アンテイル概論』をどう考えますカ?」
「はい。『アンテイル』は4大元素に続く5番目の元素として規定され、魔法的属性を有すことから魔法元素とも呼ばれている……かつて数多存在したという魔法使いや魔法生物はそれを利用し魔法を駆使したと言われています」
驚いた。
こんなに淀みなく話すノルティなんて。
ホント、学問とか研究とか好きなんだ。
「もっともボクは検証しないと納得できない性質なので、この説には懐疑的です」
「必要なら我輩の実験施設を提供しましょウ」
「では、先生……」
「いや、まだでス。ところで君ハ……」
「はい」
「リデルさんのこと、どう思っていますカ?」
「死ぬほど大好きです! ボクが男だったら、世間から隔離して……独り占めします」
「君は弟子デス! 決定デス!」
トルペンが親指を立てて宣言した。
ちょっ…………何か今、一連の会話に理解不能な展開を聞いたような……。
って言うか、何でオレが弟子入りの条件?
それより、ノルティ……オレにそんな邪な気持ち持ってたのか。
「先生、よろしくお願いします」
「弟子よ、互いに励みましょウ」
オレが眩暈を覚えていると、怪しい師弟はオレを真ん中にがっつり絆を深めていた。




