似た者師弟とオレ 前編
オレ達は意気消沈しながら、宮殿に戻る道をとぼとぼと歩いていた。心配していた帝都への再入場は皇女候補生を示す腕輪のおかげで難なく入ることができたのだが、足取りは重い。
「ごめんな、ノルティ。最初からトルペンと話せば、こんなに遠回りしなくて良かったのに……」
「ううん、そんなことない。ボク、今日一日リデルと一緒にいて、とても楽しかった。それに……」
「それに?」
「ボク、少し変れた気がする」
確かにオレと話すノルティの表情がほんの少し豊かになったように思える。
最初に会った頃の人形のような印象は影を潜めていた。
「うん。オレ、今のノルティの方がずっと好きだよ」
「ボクは最初から、リデルのこと……好き」
顔を赤らめて、少しはにかむノルティはとても可愛らしかった。
ほわほわして、何だか幸せな気分になる。
けど、そんな気分も宮殿の門にたどり着くまでだった。
門の前で仁王立ちしている人の姿を見て、オレは回れ右して逃げ出したい衝動に駆られた。
「リデル様、お帰りなさいませ」
にこやかに微笑むシンシアが心底、怖かった。
「や、やあ! シンシア、ただいま。出迎え、ありがとう」
「いえ、どういたしまして。主を迎えるのは侍女として当然の勤めですから」
笑顔を貼り付けたまま、シンシアは和やかに答える。
でも、目が笑ってない。
「あ、そうなんだ。ごめんね……ずいぶん、待たせちゃったかな」
「そんなことはありませんが、一言も言わず、急に宮殿から姿を消してしまう誰かさんのせいで、私の今日一日の予定は狂いっぱなしです」
「いや、それは……探し物をだね」
「言い訳は認めません。リデル様、大体貴方という人は……」
「シンシアさん、ごめんなさい!」
横からノルティが話に割り込む。
「ボクが悪い……リデルに無理言って、付き合ってもらった」
「ノルティ様?」
普段、話さないノルティが割って入ったものだから、シンシアが目を丸くする。
「シンシア、ノルティは何も悪くないから。授業をサボったのも街壁の外へ出たのもオレが提案したことだ」
「そんなこと、最初からわかっています。ですから、リデル様には厳しくお話を……ん、なにか匂いますね?」
会話の途中でシンシアが鼻をひくつかせる。
ぎくっ……。
オレ、何か臭う?
ひょっとして戦闘したから汗臭かったのか。
「何だか良い匂いがします……」
シンシアはそう言ってオレに鼻を近づけ、ハッとする。
「ぶ、無作法しました。主人に鼻を近づけて嗅ぐなどと」
「いや、いいけど……もしかして、気になったのはこれ?」
オレは両手で抱えている大きな包みを差し出す。
「……はい、確かにそのようですが、これは?」
包みから食欲をそそる匂いが辺りに漂う。
「今日行ったシクルスさんの店でもらったんだ」
食べようとしていた料理が絡んできたあいつらのせいで駄目になったので、帰り間際にわざわざ奥さんが小箱に詰めて持たせてくれたんだ。
「ちゃんと、ユク達やシンシアの分もあるんだよ。冷めないうちに早く食べようよ」
「リデル様! 食べ物でごまかそうとしても無駄です。そんなことで私の心が傾くとでも…………あ、確かに冷めると美味しくないですね」
か、傾いた……。
シンシアはぶつぶつ言いながらも、少し嬉しそうにオレ達をユクやオーリエの待つ部屋に案内した。
「で、今日は何をしてきたんだ?」
オーリエが料理をつまみながら、興味深げに聞いてくる。
即席パーティーの参加者は、ユク・ノルティ・オーリエ・シンシア・ソフィアとオレの6人だ。
ちょうど、ユクの部屋の客間に集まって、オレ達の行方について話し合っていたところだったらしい。
テーブルに料理を並べると、みんな目を輝かせて思い思いの席についた。
シンシアとソフィアにも同じ席に座るようにお願いしたのだけど、二人とも固辞し、給仕をしながらの参加となった。
結果、シンシアにお説教されずにすんだのは、シクルスさんの奥さんのおかげと言っていい。
今度、お礼しないとね。
「本を……探しに……行ってたんだ」
オーリエの質問にオレが答えるより先にノルティが答え、一同が驚きの顔になる。
「トルペンの写本を探しに行ったんだ。ちょっとした冒険になったけどな」
ノルティの言葉をオレが補足する。
「うん、とても楽しかった」
口元に笑みを浮かべたノルティを見て、思わずオーリエがオレを見る。
オレがにこりと笑うとオーリエは頷き、優しげに言った。
「ノルティ、良かったな」
「うん」
それから、たどたどしく経過を説明するノルティをオレが補足するという形で今日一日の冒険譚を報告した。
「リデルの大立ち回りは、ぜひ見たかったな」
オーリエは笑って言うけど、背中に感じる誰かの視線が痛い。
「はは……たいしたことないよ」
「いや……リデル、凄かった。下着、見えても気にしないほど」
ノルティ! それは秘密だって言ったのに……。
「そりゃ、確かに凄い」
オーリエがニヤニヤ笑う。
うっ……背中に感じる視線が痛すぎて振り返れない。
「それで、本は見つかったんですか?」
雰囲気を察して、さりげなくユクがフォローしてくれる。
ユク……なんていい子なんだ。
「いや、結局トルペンのところにあるみたいなんだ」
上手いこと乗っかって、話を切り替えようと試みる。
「じゃあ、街壁の外に出る必要、全くなかったんですね~」
にこにこ笑ってユクが言う。
「う……まぁ、そうとも言えるかな」
単刀直入に言われて、ちょっとへこむ。
さすがはユクだ。ある意味ぶれてない。
「私に一言、相談していただければ、そのような無駄足を踏むこともなかったですのに……」
後ろから皮肉めいた口調でシンシアが言う。
「いや、無駄足なんかじゃなかったよ」
いつもなら受け流すとこだけど、敢えてシンシアの方へ顔を向けて反論した。
オレはともかく、ノルティにとって今回の小冒険に意味があったと思うからだ。
「負け惜しみに聞こえますが?」
それを否定するようにシンシアが答える。
オレがむっとして反駁しようとすると、ソフィアがオレとシンシアの間に割って入った。
「お止しなさい、シンシア。それでは、まるで置いてきぼりにされたことを拗ねているみたいに見えますよ」
「なっ……!」
いきなり、シンシアの顔が赤くなる。
「すみません、リデル様。シンシアを許してやってください。貴方の行方がわからなくなって、心配のあまり昼食も喉に通らなかったほどなのですから」
「ソフィア姉さま!」
真っ赤になって焦るシンシアを抑えて、ソフィアが思い出したように尋ねる。
「それよりも、シンシア。リデル様の不在の折に、シリアトール補佐官が訪ねておいでになりましたよね。何か伝言があったのではないですか?」
「……そ、そうでした。申し訳ありません。今晩なら宰相補とお会いできそうだとの伝言がありました」
決まり悪そうに言うシンシアの言葉を聞き、オレとノルティは見つめ合った。
「ノルティ」
「リデル」
小冒険がとうとう結末を迎えそうだ。
その後、オーリエとユクからテニエル先生の授業の話や不在の間の宮殿の様子を聞いた。
テニエル先生にはオレ達のサボりはすぐにバレたそうだ。
「ノルティはともかく、リデルの体調不良は苦しかったな。それにユクに代弁させたのも人選ミスだな。あんなに挙動不審じゃ、誰だって怪しいと思う」
え~、オレって結構デリケートなのに。
まぁ、オーリエの言うことはもっともだけど、あの時はあれ以外の妙案は浮かばなかったのも事実だ。
ユクには荷が重いことも承知の上だったし。
そんな感じで話が盛り上がって、お茶会が終わったのは結局、夕方近くだった。
何だか久しぶりにゆったりとした楽しい時間が過ごせた気がする。
その流れで場所を食堂に移して、すぐに夕食となったが、お土産の料理はつまむ程度の量だったので、夕食も問題なく食べられた。
トルペンに会えるのは夜が更けてからのようなので、夕食を終えたオレは自室で待機することにした。
扉を開けると、先に戻ったシンシアが部屋を暖めて待っていてくれた。
「ありがとう、シンシア」
オレが感謝の意を述べると、頭を下げたシンシアは、
「何かご用がございましたら、呼び鈴をお鳴らしください」
と、次の間に下がろうとするのを、オレは呼び止めた。
「あの……シンシア、ちょっといいかな?」
シンシアは怪訝そうな顔でこちらを見る。
「その……今日はごめん。心配かけて、ホントにごめん」
「いえ、お気になさらないでください。身の回りを世話する者として、心配するのは当然の勤めですから」
「そう……なんだ」
暗に仕事だから……そう聞こえた。
気落ちしたオレに対し、シンシアは表情を改め、更に言葉を続けた。
「誤解があるようなので、はっきり申し上げますが、私がリデル様にお仕えしているのはクレイ様の命があったからです。それ以外に他意はありません。ですから、特別な感情を私に期待するのはお止めください」
きっぱり言われて、少し寂しかったけど、同時に気持ちがすっきりした。
シンシアらしいとも思った。
「わかった……でも、これだけは言わせてくれ。それでもオレは嬉しかったんだ。シンシアがそんなオレを心配してくれたこと……」
オレはシンシアに近づき両手を取ると、
「ありがとう、シンシア」
気持ちを込めて頭を下げた。
「リデル様……」
柔らかい吐息を頭の上に聞き、顔を上げてシンシアを見ると、何だか得心したような顔付きをしていた。
「貴女は……本当に不思議な人ですね。曲がりなりにも私はあなたの侍女ですし、当たり前のことをしただけなのに、そんな風に礼を述べられるなんて……」
「オレは、シンシアを友だちだと思ってる」
オレがまっすぐシンシアを見つめると、彼女は自嘲気味にかすかな笑みを浮かべる。
「主従関係の礼儀作法からすると、落第の解答ですね…………でもそういうの、個人的には私も嫌いではないですよ」
オレへとまっすぐ返す瞳は心なしか照れているようにも見えた。
「さあ、リデル様。あの宰相補と言えども殿方にお会いするのですから、それなりの準備をいたしませんと……」
てきぱきと支度を始める彼女はいつものシンシアだった。