不運な男とオレ 中編
しゃべることに全力を費やして、ぐったりしているノルティを座らせると、オレはシクルスに向き直った。
「オレ達は本の行方を知りたいだけなんだ。頼む、子爵の居場所を教えてくれ」
頭を下げると、シクルスは深くため息をつくのがわかった。
「そうだな……」
シクルスはオレへと向けていた視線を店の奥に向ける。
追うように視線の先を見ると、店の一番奥まった場所に呑んだくれてテーブルへ突っ伏した男がいた。
「……イグナス子爵?」
シクルスがかすかに頷くのを見て、オレとノルティはカウンターから離れ、子爵の元へと向かう。
近づいて声をかけようとすると、不意に子爵は酒瓶をテーブルから払い落として唸るように叫んだ。
「ちくしょう、あの女さえいなけりゃ良かったんだ!」
酒に酔った大声にノルティがびくっとする。
声をかけるタイミングを失い、立ち尽くしたオレ達は子爵の様子を窺った。
年齢は40代ぐらいだろうか、疲労とお酒のせいで老けて見えるけど、実際はもっと若いのかもしれない。
お世辞にも美男子とは言えないが、素面ならきっと面倒見の良さそうなおじさんに違いない。
イグナス子爵は、別の酒瓶を抱き寄せると、ぶつぶつ呟きながら再び眠りこけた。
「悪く思わないでやってくれ。屋敷を追い出されてから、ずっとこの調子なんだ」
気がつくと、すぐ後ろにシクルスが立っていた。
「あの女って?」
ああ、と頷くとシクルスが事情を説明してくれた。
前にも言った通り、イグナス子爵は莫大な借金を抱えていた。
それは先代から引き継いだものもあれば子爵自身がつくったものもある。
けれど、鉱山経営を主体とした子爵の事業は順調に推移していて、借金の利息を毎月、デイトン商会に支払いながらも借金は徐々に減っていたそうだ。
それが、先月の豪雨で鉱石の納期が遅れ、利息の支払いが滞ることになった。
手を尽くして資金繰りを図ったが、わずかばかり足りない。
普通なら、長い付き合いのデイトンにしばらく待ってもらうよう交渉すべきところだ。
けど、子爵の悪い虫が騒いだ。
鉄板中の鉄板の賭け試合があったのだ。
対戦者の一方が圧倒的に強過ぎたため、得られる配当はわずかだったけど、デイトンへ支払う利息の不足分を補うには十分だった。
彼は軽い気持ちでデイトンに支払うべき利息を元に、その勝負に挑んだ。
結果、彼はこうして……酒場で呑んだくれている。
「……白き戰姫だと! ふざけた名前付けやがって!!」
イグナスがむくりと起き上がり、そう叫ぶと再び突っ伏す。
い、今なんて……言った?
「まさか黒の闘王が負けるなんてな」
シクルスもやるせない表情で同調する。
オレは冷や汗をだらだら流していた。
もしかしてオレのせいで、この人達、路頭に迷っちゃってたりして?
闇闘技大会への出場がこんなところにまで影響を及ぼすなんて……。
いやいや、賭け事の責任は賭けた本人にあるんだから、オレは悪くない。
……わ、悪くはないけど、何とも後味が悪い。
「リデル……どうしたの?」
ノルティが心配そうにオレを見つめる。
「だ、大丈夫。何でもないよ、はは……」
引きつった笑顔を返す。
「イグナス様は、しばらくはその状態だが、どうするね?」
オレの様子を怪訝そうに見ながらシクルスが聞く。
「少し待たせてもらってもいい?」
「構わないさ、けっこうな時間寝てるから直に起きるだろうよ」
そう言うとシクルスはカウンターに戻った。
立っているのも何なので、子爵のテーブルの隣のテーブルに二人で腰かける。
ルマの闘技大会でも恨みを買ったけど、今回も同様に恨んでる人がいるかもしれない。
白き戦姫の正体がオレだってバレないように気をつけなきゃ……。
オレがそんな物思いに耽っていると、突然目の前に影が差した。
顔を上げると赤ら顔のにやけた男がオレを見下ろしている。
「やあ、こんな可愛い娘がこんなところにいるなんて……なあ、俺達と遊ぼうぜ」
酒臭い息を吐きながら、馴れ馴れしくオレの肩に手をかけた。
思わず鳥肌が立ち、その手を払いのける。
「悪いけど、そんな気分じゃないんだ。他を当たってくれ」
オレとしては極力、穏便に済ませたつもりだ。
いきなりぶん殴らなかっただけでも自分を誉めてあげたい。
けど、相手にはその温情が伝わらなかったようだ。
酒で赤くなった顔を更に赤くして、まくし立てる。
「このアマ、優しくしてりゃ、つけ上がりやがって……」
どうして、こういう輩って皆おんなじ台詞を吐くんだろう。
大体、あんたに優しくされた覚えなんてないんだけど。
オレに拒絶された男が激昂しているとテーブルにいたお仲間らしき連中も集まってくる。
全員、思い思いの武装してるところを見ると、傭兵か用心棒ってところか。
「お客さん! 喧嘩は困ります。それに女の子に絡むなんて、ちょっと恥ずかしくないですか?」
オレ達が注文したものをカウンターからテーブルに運ぼうとしていたシクルスの奥さんが割って入る。
言ってることは正しいけど、酔っ払いには通用しない。
「うるせぇ、ばばあ!」
振り払った手が奥さんの持ったトレーに当たり、料理や飲み物が床に落ち大きな音を立てる。
オレはゆっくり立ち上がると、底冷えする視線を男に向け静かに言った。
「表へ出ろ……店の迷惑になる」
「はあ~ん? 何言ってやが……」
鼻で笑おうとした男は、オレの目付きに息を呑んだ。
オレは相手に構わず、先に立って店の外へ出ようとする。
「貴女、私は大丈夫だから、無茶しないで!」
奥さんが慌てて押しとどめる。
後ろからシクルスさんも駆け寄ってきた。
「二人とも安心する……リデルとても強い……らしい」
ノルティ、補足説明ありがとう。
オレが外へ出て振り返ると男達も連れ立って飛び出してくる。
1、2、3……5人か。
相手にとって不足はないけど、丸腰なのが不安材料だ。
通りの連中も何事かと集まって遠巻きに見ている。
あちゃ~、めちゃくちゃ目立ってる。
それに、今オレ制服着てたっけ。
ス、スカートが短すぎる……。
早めに決着をつけよう。
「謝るんなら今のうちだぜ。そうしたら、後でたっぷりベッドの中でお仕置きしてやるよ」
絡んできた男が下卑た笑い声を上げる。
仲間も呼応して一斉に笑い始める。
いや、連中の後ろで一人だけ笑わないで腕を組んでいる男がいる。
さっきから、仲間の醜態を苦々しく見ていた気がする。
こいつは、他の奴と違う……そう、オレの直感が告げた。
「おい、何とか言ったら、どうなんだ?」
後ろの奴に気を取られていると、最初の男が焦れたように叫んだ。
「……わかったから、さっさとかかって来いよ」
面倒になって無造作に言い放つと、相手の顔色が怒りのため赤を通り越して赤黒く染まる。
「もう、我慢ならん!」
キレていきなり殴りかかってくる。
怒りに我を忘れた直線的な攻撃だ。
しかも、酔っ払っている上、相手を少女と見くびっているので、全く隙だらけだ。
男の殴打をひょいと避けると、防具の無い腹に一撃を加える。
ぐえっと情けない声をもらし、腹を押さえながら、自然に頭を下げる。
ちょうど、オレの前に下がってきた顔をめがけて更に痛打を浴びせた。
本気の打撃を与えると命に関わるから、軽く手加減したつもりだけど、それでも男は弧を描いて吹き飛んだ。
笑っていた仲間たちは、あまりの出来事に一瞬、呆気にとられたが、我に返ると血相を変え、次々と襲いかかってくる。
けど、どこか女だと思って甘くみているのか、動きに無駄が多い。
相手の実力や周囲の状況を瞬時に正しく判断できることが、戦場で生き残る鉄則なのに……。
二人目の男は、ニヤニヤしながら役得ばかりにオレを抱きすくめようとして、オレの飛び膝蹴りを顔面に食らって、ひっくり返る。
三人目は腕力に自信があったようで力任せに殴りかかってきたけど、左手で難なく受け止め、お返しに右の拳で顎に一発与えると前のめりに倒れこんだ。
四人目は、さすがにこれはおかしいと気付き、間合いを取ろうとするも、時すでに遅くオレの回し蹴りを側頭部に受け、あえなくダウンする。
瞬く間に、腕を組んで傍観していた五人目の男以外、地面に這いつくばった。
立っている男に目を向けると、面白そうにオレを眺めていたが、突然、表情が険しくなる。
手傷を負った男達が起き上がって一斉に剣を抜いたからだ。
手加減してダメージを抑えたのが仇になったか。
「女だと思って、手加減してやったら調子に乗りやがって……切り刻んでやる」
手加減したのは、こっちの方なんだけどな。
鼻から血を流した最初の男は怒りに身体を震わせながら、オレに剣を向けた。
む……さすがに素手と剣じゃ、分が悪いか。
何か得物があればいいんだけど……ときょろきょろと辺りに視線を走らせる。
「これを使ってくれ!」
叫ぶ声を聞いて振り向くと、シクルスが護身用の剣をオレに投げて寄こした。
オレは下着が見えるのを承知で、地面を飛んで一回転して剣を拾う。
立ち上がって剣を握り締めたオレは感触を確かめる。
使い込まれたブロードソードだった。
市販品だけど、悪くない。
剣を構えて男達を見ると、最初の男以外は躊躇う表情を見せる。
どうやら、集団で連携して戦うことに慣れていないようだ。
互いに先を譲るような素振りを見せると、やはり最初の男が突進してくる。
オレは刃先を使わず、剣の平を向けて相対した。
さすがに、ここで人死にが出るのまずい。
防具があるところへ攻撃すれば、悪くても骨折ぐらいで済むだろう。
そんな風に考えていると、相手の攻撃が始まった。




