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いつまでも可愛くしてると思うなよ!  作者: みまり
〇〇なんて今さらオレが言えるかよ!
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彷徨(さまよ)える本とオレ 後編

 迷惑なのがいなくなって、オレは正直ほっとした。

 ノルティと話し合った結果、とりあえずデイトン商会を目指すことに決める。


 ふと見ると、ノルティが心なしかウキウキしているように見えた。


「ノルティ、何かいいことでもあったのか?」


「うん、帝都の外……出るの初めて」


 そうか、本当に図書館周辺しか出歩いたことがないんだ。


 ちょっと不憫に思っていると、ノルティは目をキラキラさせながら、あちこちを眺めていた。


「本の通り……」


 どうやら、書物で得た知識と現実を照らし合わせているようだ。


「リデル……あれが『鼻つまみ者』って奴か?」


 そこには、酔っ払った傭兵くずれが日も明るいうちから、くだを巻いていた。


「本当にいるのだな」


 しきりに感心するノルティ。


 どうでもいいけど、指で指さないでほしい。

 ほら、こちらを睨んでるから。


「おい、お前ら!」


 やばっ。


 傭兵くずれが近づいてくるのを見るや、オレはノルティの手を取ると一目散に逃げ出した。


 いきなり、トラブるのは避けたい。


 走りながら、いくつかの角を曲がり、雑踏に紛れ、追ってこないのを確認すると、立ち止まって息を整える。


「ノルティ、頼むから、やっかいごとを起こさないでくれ」


 いつも、オレがクレイに言われている台詞をノルティに言う。


 オレの問いかけにノルティの返事がない。

 見ると、ノルティは目の前の建物を見上げていた。


 その視線の先にある表札に書かれていたのは『デイトン商会』だった。

 

 全体的に黒っぽい外観の建物で、小さな入り口が一つだけ見える。

 どう見ても流行っている店とは思えない。

 オレ達は開け放たれた入り口から、恐る恐る中へと入った。


 エントランスには簡単な待合席があり、奥に受付用のカウンターがあった。

 カウンターには人相の良くない若い男がいて、オレ達を見咎めると横柄に聞いてくる。


「何じゃ、お前ら……あん?」


 睨みつける表情は堅気の人間には到底思えなかった。


「あの……聞きたいことがあってきたんですけど」


 可愛らしく言ってみると、受付の男は相好そうこうを崩し、オレの身体を舐めるような目付きで上から下まで眺めた。


「何だい、お嬢ちゃん。仕事を探してるんだったら、いい仕事があるぜ」


 絶対、お断りだ。

 どう見ても、貞操の危機を感じる。


「違うんです。イグナス子爵を探していて……お屋敷にも行ったんですが、誰もいなくて。何か心当たりはありませんか?」


「あいつとはどんな関係だ?」


 少し真顔になって、訝しげにオレを見つめる。


「あ、私の母も子爵にお金を貸していて……」


「そりゃ残念だな。イグナス子爵は破産して、財産の大方はうちが差し押さえてるからな。あんたの母親の取り分はないだろう」


「そうですか……では、せめて差し押さえた財産品目の一覧を見せていただくことは出来ませんか。父の形見の品も子爵に預けていたものですから……」


「それは、できない相談だな……だが、あんたの心がけ次第で、デイトン様に掛け合ってもいいぜ」


 好色そうに舌なめずりしながら、カウンターから出てオレに近づく。


 大体、言わんとすることはわかった。

 こりゃ、ちょっと痛い目に合わなきゃ、協力してくれそうにないかなと思って拳を握りしめたとたん、奥から鋭い叱責が飛んだ。


「ボルノオ! 何故、持ち場を離れている」


「ひゃい、申し訳ありません!」


 先ほどまで、蛇のようにぬらりとした態度だった彼が、直立不動で返答する。

 緊張のためか、声まで裏返っている。


 よっぽど、恐ろしい存在らしい。


 興味津々で声の主を見てみると、オレとそう変らない身長の小柄なばあさんが屈強そうな男を背に従えて立っていた。


 ぎょろりと周囲を見渡す眼光がただ者とは思えない。


「何だい、あんた達は?」


「え……、オレ、いや私は……」


「ええい、早くお言い。時間の無駄になるじゃないか」


 どうやら、せっかちな性格らしい。


「私はリデル・フォルテ、この子はノルティ・ヴィオラです。私達、デイトンさんにお尋ねしたいことがあるんです」


 目の前の尊大なばあさんをデイトン本人と見込んで、オレはイグナス子爵の行方とその財産品目を知りたい旨を告げた。


「ふむ、あんたの知りたいことはわかった。で、いくら出すね?」


「え?」


「当たり前じゃないか、情報を知りたいんなら、それ相応の報酬が必要さね」


 全くもってその通り。 

 情報はお金になる……しごく当然だ。


 オレはいくばくかの金貨を提示した。

 けど、ばあさんの要求した金額とは一桁違っていた。


「ばあさん、そりゃ暴利だろ?」


 思わず丁寧口調も忘れて、オレが不満をもらすと、ばあさんは意地悪そうに笑った。


「必要なのはあんたらの方で、わしは教えなくても全然困らんからのぉ」


 嘘付け、情報料を取りたいくせに。


 オレはしばらく考えて、ばあさんの言い値を払うことにした。

 実はオレ、いささか大金を所持していたのだ。


 というのも、先日のデイブレイクとの試合で得た報酬がかなりの高額だったからだ。

 クレイがヴァルトに支払った額に比べたら微々たる金額だったけど、反省して穴埋めを申し出たら断わられた。

 曰く、クレイのは賭けによるあぶく銭で、オレのは正当な労働の対価だそうだ。

 受け取ってもらえなかったので、トルペンの本を買い戻すことも想定して、こうして持ってきていたのだ。


 使い道としては悪くないだろう。


 お金を払ったことで、ばあさんの態度はいきなり丁寧になった。

 お客様に格上げになったのか。

 それともオレが裕福とわかって懇意になろうとしているのか。


 先ほどのボルノオさんに目録を持ってくるように指示すると、ばあさんは機嫌良くイグナス子爵について話し始めた。


「あたしとしても、いい金蔓づるが無くなって、がっかりさ」


 苦笑しながら、謎めいたことを言う。


「どういうこと?」


 イグナス子爵の財産は借金のかたで抵当に入っていたけど、彼が経営していた事業自体は順調だったらしい。

 なので、毎月きちんと利息を入れてくれるイグナス子爵はデイトン商会にとって優良債権と言えたのだ。

 それが先月、急に利息の支払いが滞り、日延ばしにしてきたが、とうとう払えずに破産してしまったのだそうだ。


「どれ、これが差し押さえた財産目録さ」


 デイトンばあさんは、ボルノオが持ってきた目録を広げてオレ達に見せてくれた。

 ノルティと二人でくまなく目を通したけど、トルペンの写本は見当たらなかった。


 オレ達が目に見えて落胆すると、ばあさんは言った。


「そこになければ、差し押さえになる前に金にした公算が強いねぇ」


 誰に売ったかと問うと、そりゃあ、本人に聞くしかないねとばあさんは笑った。


「イグナス子爵は今どこに?」


「さあね、金にならん奴のいどころなんざ、興味がないさね」


 どうやら、振り出しに戻ったみたいだ。


 オレ達が礼を告げて帰ろうとすると、デイトンばあさんはしきりにオレを押しとどめる。


「なあ、リデルさんとやら。あんたにうってつけの仕事があるんだ……どうだろう?」


「謹んでお断りします」


 オレはにこやかにきっぱり拒絶する。


「まだ、何も話してないじゃないか。ちょっとお聞きよ。悪い話じゃないんだから。あんたほどの器量良しなんて、そうはいないよ。だから、あんたはただ座ってにこにこしてるだけで、お金がざくざく入ってくるという仕事があるんだ……」


「お・こ・と・わ・り……します!」


 絶対にまともな仕事とは思えない。


 オレは食い下がるばあさんから無理矢理逃げ出した。



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