求道者とオレ 中編
「リューゼさんではありません。どこへ行くんです? ノルティ様」
強い口調で言われ、ノルティはおどおどとリューゼの顔色を窺う。
オレは萎縮するノルティをかばうように二人の間に割って入った。
「今から、オレ達と勉強に行くところなんだ……あ、オレ、リデル、よろしくな」
がちゃ……と後ろで音がしたので振り返ると、食器を抱えたシンシアがめちゃくちゃ怖い顔で睨んでいた。
「あ……え~と、わたくしはリデル・フォルテと申します。これから、ご学友のノルティさんと一緒にお勉強するところなのですが、貴女はどちら様かしら?」
うえっ、自分で言ってて気分悪くなりそう。
「これは、申し遅れて申し訳ございません。私はノルティ様の身の回りのお世話をさせていただいる侍女のリューゼと申します。リデル様……以後、良しなにお取り計らいくださいませ」
「もちろんです。それより、ノルティさんにご用事があったのではありませんか?」
「はい、その通りでございます。……ノルティ様!」
リューゼがオレからノルティに視線を移すと、ノルティが緊張するのがわかった。
「ノルティ様……まだ、朝食がお済になっておりません」
え……ノルティ、朝食まだ食べてなかったんだ。
「……朝食……いらない」
「ノルティ様!」
「ノルティ、ごめん。朝食まだなのに連れて行こうとして」
「ちが……」
「リデル様からも一言、苦言をお願います。ノルティ様は度々、朝食を抜かれることがあるんです」
「そうなの?」
顔を覗き込むと、俯いて眼鏡の奥の目を伏せた。
「だって……朝、食欲ないから……」
「そんな我がままを言うようでは困ります!」
リューゼの迫力にノルティがさらに縮こまる。
「リューゼさん、お気持ちはわかりますが、そんなに叱らなくても……」
ユクが助け舟を出そうとしてリューゼにキッと睨まれて黙り込む。
オレはちらりと後ろを気にしながら、リューゼに言う。
「そう頭ごなしに言っても、相手には通じないぜ。そんなきつい言い方だと、かえって逆効果になるって」
背に刺さるような視線を感じながら、オレはノルティをかばった。
ホント、オレにもたまには優しい言葉で接して欲しいよね。
「だから、今日のところはオレに免じて許してやってよ」
オレの口調に面食らったような顔をしているリューゼに、いつの間にか横に立ったシンシアが言葉をかける。
「お話中に失礼します。私はリデル様付き侍女のシンシアと申します。リューゼさん、誠に申し訳ありませんが、我が主は一度言ったら絶対、後には引かない性格なのです。不本意でしょうが、ここは折れていただけませんか」
絶対、後には引かない性格……本人を目の前にして、よく言うなぁ。
「……そうですか。わかりました、シンシアさん。今回だけは大目に見ましょう。……お互い苦労しますね」
そう捨て台詞?を残すと、ノルティを一瞥した後、皆に頭を下げ食堂から出ていった。
「何なんだ、あの人?」
呆気に取られて見送った後、ノルティに向き直る。
「いつもあんな感じなのか?」
「……うん」
「仕事熱心かもしれないけど、ちょっと嫌な感じだなぁ。どういう経緯で侍女になったんだ?」
「……何も、ボク一人で来たから」
「ああ、行政局が手配してくださった方なんですね」
ユクが納得したように言った。
そう言えば、最初の説明の際に侍女や護衛を連れて来てない者には、ケルヴィンが用意するって言ってたっけ。
「なら、担当を替えてもらえば?」
「…………」
その考えは持っていなかったのか、ノルティは目を見開いた。
「今からでは少し無理かもしれませんね」
オレの提案にシンシアが眉根を寄せて答える。
「えっ、ダメなの?」
「本物の姫様ならまだしも、姫様候補ですから。リデル様達のように共の者を連れてきた候補者もいますが、そうでない者も多くいます。行政局としても割ける人員はそう多くないでしょう」
ちらりとオレを見てシンシアはさらに続けた。
「それに、仕える者を使いこなすのも、姫様の重要な素養の一つと言われるのがオチです」
悪かったな、使いこなせてなくて。
大体、オレが姫様なんてものになる可能性は皆無なんだから、そんな素養必要ないじゃないか。
オレの不満そうな顔を見てシンシアは苦笑しながら言った。
「リデル様、せっかくの自主学習の時間が無くなってしまいますが……」
そうだった、図書室へ行くんだった。
「ユク、ノルティ、図書室へ行くよ」
二人を伴って廊下へ出て、しばらく歩くと見知った顔に出会う。
宰相補付きのシリアトール補佐官だ。
小柄で痩せ型の彼は30代後半と聞いているけど、年齢より老けて見えた。
いつもトルペン先生の後始末ばかりしているせいで、眉間に皺を寄せている表情が見慣れた顔となってしまっている可哀想な人物だ。
「おはよう、補佐官」
「ああ、リデル様、おはようございます」
「朝から相変わらず疲れた顔してるねぇ、身体、大丈夫?」
「わかりますか?……事後処理と通常の業務でてんてこまいなんです」
「大変だね、ところでトルペン先生はどこで何にしてるの?」
「それを知っている人物がいたら、ぜひ私に教えてもらいたいですね」
深いため息をつく彼に同情の念を禁じえなかった。
彼の忍耐力は尊敬に値するとオレは思うね。
本来なら、宰相不在時の宰相補付き補佐官であれば、帝国運営の中枢を担う役目と言って良かった。
けど、その職務はケルヴィン局長に取って代わられ、もっぱら宰相補のしでかす事件の後始末と苦情処理に費やされる毎日に苦悩しているのがよくわかった。
「そう言えば、宰相補がリデル様に聞きたいことがあると言ってましたよ」
「ふ~ん、授業中以外なら付き合ってもいいよ。あ、そうだ。オレの方もトルペン先生に聞きたいことがあるって伝えてくれる?」
トルペンなら帝都にあるという聖石について何か知ってるかもしれない。
「わかりました、次に会ったら必ず伝えます。ただし、気長に待つことになりますよ。なにしろ私もなかなか会えないんで。……それでは、所用があるので失礼します」
一礼して立ち去るシリアトールの背中に中間管理職の悲哀が透けて見えた。
ふと、気がつくとノルティが目を輝かせてオレを見ていた。
「ノルティ?」
「リデル……トルペン先生と……親しい?」
「えっ、親しいっていうか、オレを姫様候補に巻き込んだ張本人だからな。個人的に話すことはできるかな」
「リデル……羨ましい」
「へ?」
何か今、妙なフレーズを聞いたような。
「トルペン先生と……話せて」
「ちょ……ノルティ、大丈夫?」
思わず肩を掴んで覗き込む。
眼鏡の奥の瞳がきらきらとオレを見つめている。
マジか?
「ノルティ……まさか、君はトルペンのこと好……」
「尊敬してる」
「尊敬?」
「そう……トルペン先生は……凄い人」
確かに凄く変な人だけど、ノルティの言う意味とは違うみたい。
「リデルさん、ノルティさん。話の続きなら談話室でもできますよ」
廊下で話すオレ達を見かねてユクが声をかける。
「そうしよう。じっくり、話も聞きたいし。いいかな、ノルティ?」
ノルティは、少し考える素振りを見せた後、こくりと頷いた。