求道者とオレ 前編
結果から先に言えば、デイブレイクの件はヒューの言葉通り不問に付された。
と言うより、その話そのものがなかったことになった。
ケルヴィンとヴァルトとの間でどんなやり取りが交わされたかはわからないが、何らかの利害関係が成立したようだ。
追放を訴えていたオーナーのセイジェルもデイブレイクが闇闘技場に今後一切関わらないことが確約されるとその要求を取り下げた。
後日、律儀にもオレ達へその報告にやってきたデイブレイクは自嘲気味に言った。
ケルヴィンの判断に否を唱えるつもりもないし、文句を言う気もない。
感謝しているのも事実だ。
だが、それでは自分の中でけじめがつかない。
そう言うと、デイブレイクはしばらく謹慎する意志を明らかにした。
もっとも表向きは、今までの功績をねぎらうため長期の休暇を取得するという触れ込みであったけど。
全くもって面倒な性格だ。
足しげく謹慎場所である兵衛府の官舎に通っているらしいオーリエは、今日も朝食を済ませると、いそいそと出かける支度をしている。
「オーリエの趣味をとやかく言うつもりはないけど、一緒にいて息がつまらないのかなぁ」
食堂で不思議そうに呟いたオレを、くすくすとユクが笑う。
「リデルさんはクレイさんと一緒にいて、息がつまりますか?」
「え? 別にそんなことないけど……」
「そういうもんなんですよ、きっと」
「……?」
ユクの謎かけに疑問符を頭にのせていると後ろから声がかかる。
「俺はあんなに頑なじゃないぜ」
振り向けば、苦笑いするクレイがいた。
「なんだ、クレイか」
興味なさげにオレが呟くとクレイは傷ついたような顔をした。
「リデル、授業が終わった後、外出する予定はあるか?」
気を取り直してクレイがオレに尋ねる。
「今のところはないけど」
「じゃ、俺は所用で少し出かけてくるから。もし、外出することになって護衛が必要になったらヒューを借りていけ。いいかな、ユク?」
「あたしは構いませんけど」
「じゃ、決まりだ」
「ちょ……クレイ、どこへ行くんだ?」
「秘密だ。女、子どもには教えられない」
「オレは男だぞ」
クレイにしか聞こえない小声で反論する。
「元だし、お子様だからダメ」
「何だと!」
「悔しかったら、ダラム酒一本も空けられるようになってみろ」
手をひらひらさせながらクレイは食堂から出て行った。
「全くクレイの奴、オレがこんなに苦労してるのに、自分だけ好き勝手やりやがって」
オレが憎まれ口をたたくと、背後から底冷えする空気を感じた。
「安息日にそのクレイ様を好き勝手に引っ張りまわしたのはどこの誰でしたでしょうか?」
朝食の片づけをしながら、シンシアは氷のような視線をオレに向ける。
「や、あれはオレの提案じゃないし……不可抗力だよ」
「(闘技場では)ずいぶんと活躍なさったと聞きましたが?」
「…………返す言葉もありません」
オレがしょんぼりと素直に頭を下げると、驚く素振りを見せたシンシアは、別に私に謝る必要はありませんと顔を赤くして言葉を濁した。
「そんなことより、リデル様に用向きがあるようですよ、後ろのお嬢様は」
えっと振り向くと、すぐ後ろにノルティが立っていた。
相変わらず、ぼんやりとしていて存在感が薄い。
「えと……何か用かな?」
「オーリエ……今日も……いない」
抑揚の無い声でぼそりと言う。
そうか、オーリエの姿が見えないんでオレのところへ来たんだ。
「今日の1時限目の『神学』の授業が先生の都合でお休みになったから、各人自主的に勉強することになったんだ。昨日、お知らせがあったけど、知らないの?」
「……知らない」
「そうなんだ。時間が出来たんで、オーリエは出掛けてるけど、2時限目までに戻ると思うよ」
デイブレイクは謹慎中の身なので、オーリエが立ち寄ることに難色を示していたけど、無下に拒絶することはないようだ。
傭兵団や実戦の話など共通の話題も多かったから、話し相手としては最良だったのだろう。
もっとも必ずディノンが付き従っていたので、三人一組での会話になり、お世辞にもロマンティックな雰囲気ではなかったようだけど。
「…………」
ノルティはオレの答えに頷いたけど、立ち去ろうとはしなかった。
「ノルティ、どうかした?」
「…………」
あれ? 止まってる?
「ノルティさん、今から『神学』の復習するんですが、良かったら一緒にお勉強します?」
ユクが優しく問いかける。
「……勉強?」
ぎぎっという効果音が聞こえてきそうな動きで、ユクの方へ顔を向ける。
「はい、勉強です。みんなでやると、きっと楽しいですよ」
「……楽しい?」
「そうですよ、一人じゃ寂しいでしょ?」
「……ボク……ずっと一人」
感情の読めない瞳に、悲しい色が見えた。
「よし、決まりだ! 図書室へ行って、みんなで勉強だ」
オレは椅子から勢いよく立ち上がると、ノルティの腕を取った。
表情の乏しい顔にほんの少し赤みがさす。
口元を見るとほころんでいるから、たぶん嫌じゃない。
オレはにこりと笑って、連れ立って歩こうとした。
「ノルティ様!」
突然、声をかけられてノルティはびくっとして足を止めた。
ノルティの反応を不思議に思いながら、声のした方へ目を向ける。
にこやかに笑いかけるメイド姿の綺麗なお姉さんが立っていた。
年齢はソフィアとそう違わないように見えたけど、メイド服の胸元のはちきれそうな量感に圧倒される。
無意識に自分の胸を押さえたことに気付いて、オレはちょっとへこんだ。
とにかく、男性を悩殺しそうなスタイルと男好きしそうな顔立ちはメイドにしておくにはもったいないほどの色香だった。
「リューゼさん……」