彼らの事情とオレ④
「デイブレイク……わかったよ。あんたの気持ちは確かに受け取った……でも、あんたこれからどうするんだ?」
「前にも言ったが、それを決めるのはケルヴィンの役目だ。私はそれに従うだけだ」
「任を解かれるだけじゃなく、処罰の対象になるかもしれないよ」
「承知の上だ」
うん、どうしようもない頑固者だ。
「デイブレイク先生……」
今まで沈黙していたオーリエが突然、思いつめたように口を開く。
「もし、良かったら、グレゴリ傭兵団に来ませんか?」
顔を赤くしながら……けど、まっすぐに問いかける。
ああ、そうか。
オーリエはデイブレイクがグレゴリ傭兵団にいたこと知らないんだ。
気になってデイブレイクを見る。
「ありがとう。しかし、グレゴリ傭兵団の世話にはなれない」
ずっと、緊張した面持ちで身の上話をしていたデイブレイクは、表情を和らげ優しい瞳でオーリエを見つめた。
「どうしてですか? 先生ほどの実力なら、入団には誰も文句をつけないし、きっと待遇も良いはずだと思う」
オーリエの切羽詰った声に、デイブレイクは一呼吸置いて、囁くように言った。
「オーリエ……君はあの頃と少しも変らないね」
「え?」
「最後に会ったのは、確か君が5歳頃だろうか。今と変らないまっすぐな女の子だった」
懐かしむようにデイブレイクは目を細めた。
混乱して二の句の告げないオーリエにオレが補足する。
「さっきの話のデイブレイクが育った傭兵団って、オーリエんとこだったんだよ」
言われた言葉の意味を反芻するようにオーリエは黙り込む。
「私がグレゴリ傭兵団に入ったのは、君が2歳になるかならないかの頃だった。当時の傭兵団は私のような身寄りのない子どもを他にも数人、面倒をみていたのだ。そして、団長の奥さんで子育て中のリザさんがその養育を一手に引き受けていた」
ルマの武闘大会で団長を叱り飛ばす奥さんの姿が思い浮かぶ。
さぞかし、みんなにとって怖くて優しいお母さんだったのだろう。
「君は覚えてないだろうが、リザさんに頼まれて、私は君の面倒をよくみたものだよ。もっとも3年ほどで私は正団員に昇格し、リザさんの元を離れ各地を転戦するようになったが……」
「5歳の頃……もしかして、よく遊んでくれた……アール兄ちゃんなの?」
驚きのあまり、オーリエは掠れるような小声で問いかける。
「ああ、覚えてくれていたんだ」
とたんにオーリエの目に涙がたまる。
「忘れるわけない……ずっと待ってた」
とんでもなくベタな展開にオレ達は唖然として二人を見つめるしかなかった。
「オーリエ、どういう意味?」
オレは二人の話に水を差すのを承知で確認した。
「私は小さい頃、アール兄ちゃんと遊ぶのが大好きだった。いつも一緒にいたいって思ってた。でも、お兄ちゃんは大きくなると私達のところから出て行って二度と帰ってこなかった。私はずっと待っていたのに……」
わずかに恨みがましい目付きでデイブレイクを見つめる。
オーリエの子どもっぽい仕草が何だか可愛らしい。
「『不屈のアール』か……あんたの噂は団で何度も聞いたぜ」
沈黙していたディノンが急に口を開く。
「ちょうど、あんたとすれ違いで入団した俺は年齢も近かったせいで、よく引き合いに出されて、困ったもんさ」
軽い口調とは裏腹に目は笑っていない。
たぶん、比較されて苦労したことが多かったのだろう。
「それはすまなかった。迷惑かけたようなら謝ろう」
「いや、そいつはいい。単に俺の実力が足りなかっただけだからな。それより、嬢ちゃんの申し出を断わるとは、どういう了見だ?」
「……私は自分の我を通し、皆の好意を踏みにじって退団した人間だ。今さら、戻る資格などない」
「そんなこたぁ、わかってる。だが、嬢ちゃんがそれを望んでるんだ。あんたの言い分なんて関係ねえ。腕ずくでも言うこと聞かせるぜ」
「私は剣しかとりえがない男だ。それで語れというのなら、受けて立とう」
二人の視線が絡む。
「先生、ディノン!」
驚いたオーリエが一触即発の二人の間に割って入ろうとしたその時、場の空気にそぐわない可愛らしい声が響いた。
「皆さん、お茶が入りましたよ~、好きな席にお座りくださいね」
いつの間にかお茶の用意をしたユクがヒューと二人でにこにこしながら、茶器を差し出す。
一瞬、何が起こったのかわからなくて、みんなとまどいの表情をみせたけど、気がそがれたのか言われるままに思い思いの席についた。
「ルーウイック様が仰ってますが、この部屋の接待用の茶葉はとっても良いものだそうですから、きっとおいしいですよ」
「ユク様、私の立場は護衛なのですから、ヒューとお呼びくださいとあれほどお願いしましたのに」
「あ、ごめんなさい。でも、あたしには無理ですぅ」
あまりのふわふわした二人の会話に、先ほどまでの緊迫感とのギャップでオレは眩暈を覚えた。
デイブレイクは大人しく従ったけど、立ったままのディノンは収まりがつかないようだった。
「白銀の騎士! あんたには悪いが、水を差すのは止めてくれ。これは俺とあいつの問題だ」
優雅な仕草で茶器をテーブルに給仕するヒューは、ちらりとディノンを一瞥し静かに答える。
「主人の気持ちも思いやれない護衛なら、私なら願い下げですけどね」
一瞬、氷のような冷気を感じる視線を向けると、すぐにいつもの穏やかな表情に戻る。
その刹那の殺気にディノンが息を呑むのがわかる。
「ディノン、悪いことは言わん。恐らくこの中で、その御仁とまともに闘えるのはリデルぐらいのもんだぞ」
クレイがそう声をかけると、立ちすくんでいたディノンは悔しい表情でソファーに大きな音を立てて座り込んだ。
「クレイ、それは買いかぶりですよ。リデルといい勝負できるのは、貴方の方でしょう」
ヒューは謙遜しながら、一同を振り返った。
「それに恐らくですが、守備隊長の任は解かれないと思いますよ」
「それはどういう意味ですか? ルーウィック殿」
ヒューの発言にオーリエが食いつく。
おや、わかりませんかという顔をしたヒューはオレへと視線を向ける。
「……たぶん、黒の闘王の正体が守備隊長だったという噂は流れると思う」
ヒューの期待する目にオレは仕方なく答える。
「でも、その噂の出所を明らかにできる人物はいないのさ。だって、ここは非合法の会員制の闇闘技場なんだから。好き好んで、デイブレイクを見たと名乗りを上げられる勇者は恐らく皆無なはずさ」
オレがため息交じりにそう言うと、クレイが言葉をつなげる。
「噂の真相を調査するかどうかの判断は、ケルヴィン局長の胸ひとつだ。だが、彼がそれを命ずるとは思えない。何故なら調査となれば、必ず査問会が開かれる筈だからな。あんた聞かれたら、何て答える?」
不躾な質問をデイブレイクに問いかける。
「無論、事実だと答える」
やっぱりな、とクレイは頭をかきながら苦笑する。
「ケルヴィンはあんたの性格を熟知しているだろうから、そういう展開にはしないってことさ」
オレもそう思う。
ケルヴィンが腹心の友であるデイブレイクを手放すとは考えにくい。
彼の協力なしでは、彼の思い描く絵図の完成は覚束ないだろう。
「そうか…ケルヴィンは私のために……」
いや、たぶんケルヴィン自身のためだけどね。
善意のデイブレイクは真剣に考え込んでいるようだった。
「とにかく、守備隊長を辞めなけりゃ、その後の進退について考える必要はないってことだよ」
オレがそう結論づけると、ヒューは正解を述べた生徒を見る教師のように大きく頷き、心配そうだったオーリエは安堵の表情を浮かべた。