訳ありの聖石はいかがですか?
俺達の目の前で、まさに奇跡が起きようとしていた。願いを叶えるという聖石は輝きを放ちながら、厳かな口調で問う。
「汝らが、我に願うことは何ぞや?」
俺の名は『リデル・フォルテ』17歳、女みたいな名前だが、性別は男だ。
髪の色も瞳の色も黒で、顔は……まあ、あれだ、童顔っていうのか、相棒が冗談で言うには『男にしとくにはもったいないぐらいの別嬪さん』なのだそうだ。
全然、嬉しくない。
何故なら、俺が目指しているのは、男も惚れ込むようなニヒルで渋い屈強な戦士だからだ。
それなのに、相棒にくっついて酒場に行くと、綺麗なお姉さんに『僕……可愛いわね、いくつ?』なんて必ず言われちまう。確かに身長は少し低いし、筋骨隆々ってわけじゃないけど、それなりに身体は鍛えてるっていうのに。
全く、頭に来る。
俺の職業は、相棒と同じ傭兵なのだが、この見た目のせいで、ずいぶん損をしている気がする。大体、俺の傭兵としての売りは、この俊敏さにつきると言っていいので、筋力や頑丈さは二の次なのだ。
加えて剣さばきだって、俺が知る範囲では『例外』を除いて負けることはないと自負している。
まあ、もちろん上には上がいるのは知っているけど、大概の奴には負けないつもりだ。
だけど、その程度じゃダメなんだ。俺の崇高な目的のためには、もっと強くならなきゃいけない。
そう、誰にも負けない強さが欲しいんだ。
「おい、リデル。願いは何かって聞いてるぞ」
隣から声をかけてきたのは、俺の相棒の『クレイ・ハーグリーブス』だ。少し優男に見えるが愛嬌のある顔付きで、髪は栗色で瞳はブラウン。背が高く細身の身体の要所にしっかり筋肉がついていて、しなやかな獣を思わせる。
まったく、俺の体格と交換して欲しいくらいだ。
クレイとは4年前に同じ傭兵団で一緒になって以来の付き合いで、信頼できる男だ。ただ、俺をからかうのが趣味だと公言するのは絶対に止めて欲しい。いったい何が楽しいんだか、俺にはよくわからない。
年齢は20代半ばというのが本人の弁だ。生い立ちは聞いても答えないが、どことなく品があるので本当は裕福な家の出かもしれない。
そして、剣の腕はさっき言った『例外』にあたる。
こいつは、本当に強い!半端なく強い。戦場で敵を叩き伏せる姿は、さながら悪鬼のようで、口に出しては言わないが、正直こいつには勝てる気がしない。
今も見せている普段の優しい雰囲気とのギャップには驚かされるが、そこがいいと惚れる女も多い。
くそぅ、なんか羨ましくて、だんだん腹が立ってきた。
「どうした、さっきの戦いの傷でも痛むのか?」
俺の仏頂面を見て心配そうに近寄るクレイを無視して、俺は聖石に向き直る。
『イオの聖石』――この世界『イオステリア』にいくつか存在するという奇跡を起こす石。
在る者は、その力で王国を築き、また在る者は英雄となり伝説を残したと言われる。
既におとぎ話の領域にあるその伝承を俺は信じていた。
否、事実であると知っていた。
何故なら、死んだ親父がその在り処を教えてくれたからだ。
親父は言った。
もし、真実を求め、何事があろうと力を必要とするなら、そこへ赴けと。
クレイは笑って言う。
「もし、聖石が本当にあるんなら、なんでリデルの父さんは貧乏な傭兵稼業のまま亡くなったんだ?」
知るか!
そんなこたぁ、墓の下の親父に訊け。
それよりも、聖石だ。
ダメ元でもいいじゃないか、あれば見っけもんだ。
俺とクレイが、親父の言う聖石が隠されている遺跡に到着したのは、三日前のことだ。
そして、迷宮の守護者を倒したりトラップを回避するなどして、ようやくこの聖石の間にたどり着いたというわけだ。
「願いか……」
俺の願いは決まっている。
『この世界で最強の男になる』ことだ。
そうすれば、彼女をあらゆるものから護ることができるはずだ。
彼女……そう、俺はエクシーヌ公女に一目ぼれしていた。
何て表現したら良いんだろう?
あいにく、俺には詩人の才能なんて全くないので、適当な言葉が見つからない。でも、あんな美しい人は今まで見たことがなかった。
至上神イオラートの寵愛を一身に受けたという女神シェリルナ……金色の髪は日の光のように輝き、その肌は新雪のように白くきめ細やかで、星々が瞬きを忘れるほどの美しさだったという。
まさしくあの人こそ、地上に現れた女神シェリルナのようだと俺は思っている。
彼女と結ばれたいなどという大それた望みはない。
ただ、この俺に力があれば彼女の傍らで、全ての災厄から護ってあげられるのに……。
「言っちゃ悪いが、リデル。お前、相当趣味悪いな。あの女は絶対、表と裏があるタイプだぞ」
うるさい!お前には彼女の素晴らしさが、何故わからないんだ。可哀想な奴め。
って、何で俺の考えてることがわかるんだ?
「いや、お前が口をあけてニヤニヤしてる時は、たいていあの女のことを考えている時だからな」
心底、馬鹿にしたように俺を見る。
別にいいんだ、お前が彼女に興味がないなら、強力なライバルが一人減るってもんさ。
「汝らの願いを叶える前に、伝えなくてはならぬことがある」
俺達の馬鹿話が終わるのを辛抱強く待っていたかのようなタイミングで、聖石が再び厳かに言葉を発した。
「なんだよ、勿体つけずに早く言えよ!」
「リデル……願いを叶えてもらう聖石様になんて物言いだ」
「え、だって。聖石って言っても、石ころに変わらないじゃん」
「…………」
「…………伝えることとは、我の願いを叶える力は、後の一度しか使えぬということなり」
「えっ!」
同時に俺とクレイは叫び、お互いの顔を見る。
その刹那、俺のパンチが奴のみぞおちに突き刺さる。
思わず崩れ落ちるクレイを尻目に俺は叫んだ。
「俺を……俺をこの世界で最強の……」
『男』にと言おうとした時、膝を折ったはずのクレイが横から割り込んで叫んだ。
「美少女にしてくれ!」
「その願い、叶えよう……」
間髪いれず聖石が厳かな声で宣言した。
「え、ええええええぇ!」
突然、まばゆいばかりの光が俺を包み込む。
俺は気が遠くなりつつ、かすかにクレイの笑い声が聞こえた気がした。