一話 ゲーム同好会
作中に出てくるゲームは全てフィクションです。
実在のゲームなどは一切関係ありません。
カタカタカタカタ
「なあ…………」
「ん……?」
カタカタカカタカタ
「結局、このクラブって何なんだ?」
「何……と言われてもねえ」
ゲーム同好会……なんて張り紙された部屋の中で、俺、小嶺秋は溜め息を吐く。
「ようやく一区切りってとこだな…………後は帰ってにするか」
部屋のど真ん中に一つ置かれた大きなテーブルに置いたノートPCの電源を落とし、何故か備え付けられたポッドに急須を置き、湯を注ぐ。急須を軽く揺すって、湯が淡い緑に色付いたらコップに注ぎ、湯気立つ緑茶を飲む。
「お疲れ様」
頬杖を突きながら目の前のデスクトップPCから目を離さない男子、夕澄鏡がそう言う。
もう一つコップを取り、緑茶を注いでその目の前に置いてやると、鏡が礼を言ってコップを手に取る。
「で…………なんだっけ?」
一息の緑茶を飲み干し、コップを置いた鏡が俺のほうへ顔を向けてそう尋ねる。
それがさきほどの問いのことだと分かると、俺はもう一度告げる。
「このクラブって何なんだ?」
このクラブ(と言ってもまだ同好会だが)の部長に連れてこられてからすでに二週間経つが、俺はこのクラブがゲームしてる姿しか見たことが無い。
「ゲーム同好会だよ?」
そんな当たり前のことは聞いていない。
「何をする同好会なんだ?」
俺のそんな問いに、鏡はひどく驚いたように言う。
「なんだ、知らなかったの? ゲームをする、それだけの同好会だよ」
いや、そんな同好会が存在していることがまず驚きなのだが。
そんな俺の驚きを他所に、再びPC画面に目を移した鏡が話を続ける。
「顧問が見つからなくてねえ…………まだ正式な部に昇格できないんだよねえ」
「顧問が見つかろうと、そんなふざけた内容の同好会が部に昇格できるわけ無いだろ」
「部長が何とかしてくれるでしょ」
「それってありか?」
部長なら本当に出来てしまうあたり、鏡の言が本気なのか冗談なのか分からない。
「金と権力は必要なら惜しむべきじゃないさ」
そう言う鏡の視線の先は、日本の戦国時代をモチーフとした某戦略シュミレーションが映った画面。
「惜しみまくって金がシステムの表示限界超えてるぞ」
9が連続して並び、カンストしてしまった資金表示を見て俺がそう言う。
「キミは中々意地悪なことを言うね」
何で学校の一同好会の部室にあるのか分からない、回転する椅子に座った鏡がクルリとこちらに椅子を回転させて不平そうな表情で呟く。
「それと勘違いだよ…………これは惜しんだんじゃなくて、使いきれないだけだから」
大抵のプレイヤーが金が足りず、金策に苦しむと言われるこのゲームで、どうやったらそんなことができるのだろうか…………。
戦略シュミレーションはあまり得意ではないが、部室にあったので俺も一度やってみたが、一番低い難易度で、一番強い大名家を自プレイヤーにして始めたにも関わらず、三年で金が尽き、どうにも身動きできなくなったところを攻められゲームオーバーとなった覚えがあるから、それがどれだけ異常かが分かる。
そんな俺の視線に気づいた鏡がふっと笑う。
「このゲームはちょっと難易度が高いからね…………でも上級者からすればそのバランスは絶妙だよ?」
と一番高い難易度で一番弱いとされる大名家を駆使して、ゲーム内時間にして僅か五年で東日本の半分を切り取った鏡が言う。
そんな廃人はお前だけだ…………と言いたいところではあるが、良く考えれば廃人はお互い様か、と言葉を飲み込む。
「廃人はお互い様だよ」
そして折角飲み込んだ言葉を正確に読み取って返してくるからこいつは性格が悪い。
「何も言ってないだろ」
「でも思ったでしょ?」
俺の言葉にノータイムで即座に返してくる鏡。二の句が告げないとはこのことか、と内心思ったりする。
「ふふ…………本当にキミは分かりやすいね」
そう言って微笑む鏡に、一瞬ドキリとする。男子の制服を着ているから男だと分かるが、鏡の顔は中世的で性別が分かりにくい、だから仕草の一つ一つが時々まるで女のそれであるかのように錯覚する時がある。
だから、ふと、こんなことを聞いてしまう。
「お前って、男…………だよな?」
普通に誰に聞いても失礼な質問だったが、聞かれた鏡はクスリと笑って。
「さて…………どっちでしょう?」
そう言って微笑み、答えを濁すのだ。
ふと時計を見ると、まだ時刻は四時半…………部活の終了時刻は五時半なのでまだ一時間はある。
「俺もちょっとやっていくか」
独り呟き、部室に置かれたデスクトップPCの一つを起動させる。
ゲーム同好会は、同好会と言うにはあまりにも設備が整っている。
まず備え付けのデスクトップPCが部員の数だけ置かれている時点で普通じゃないが、その上テレビが五台、ゲーム機が全部併せて十三台、携帯ゲーム機が八台、そして各種ソフトが数え切れないほどに置かれている。
この部屋にあるゲームだけでゲームショップが開けそうな品揃えだ、部屋はけっこう広いはずなのに、ゲームが所狭しと並べられている。
ただ、RPGやホラーと言ったジャンルのゲームソフトは少ない…………それは単純にやる人間がほとんどいないからだ。
ゲーム同好会に部員は俺を入れて六人。それぞれが自身が一家言持つジャンルを持つゲーマーばかりで、その系統のソフトがこの部室ではかなりの数揃っているので、放課後は大体全員ここに入り浸ってゲームをやっていることが多い。
因みに俺はシューティング、鏡は戦略シュミレーションを良くやっている。
立ち上がったデスクトップPCに引き出しに入れていたCDケースからCDを取り出し挿入する。
正直、俺の使っているノートPCの数倍性能の良い最新型PCがあっと言う間にCDを読み取り、自動再生を開始する。
「相変わらずの高性能PCだな…………」
「まあねえ…………あの子には感謝だねえ」
俺の呟きに、鏡が苦笑しながらそう返す。鏡曰くのあの子、ももうすぐやってくるだろうな、と考えつつ、そう言えば今日は人が少ないと思い鏡に尋ねる。
「一年は中間考査の結果がアレだったから追加課題やってるらしいよ。部長は今日は忙しいってさ」
ゲーム同好会の部員は、三年が部長一人、二年が俺と鏡の二人、一年が三人なので、一年が来ないと一気に半分は減る計算になる。
「と言うか、結果がアレなのは一人だけだろ」
いつも俺に突っかかってくる少女を思い出しつつ、そう言うと鏡が苦笑して返す。
「まあねえ…………あの子も努力してるんだけど、今一不器用だよねえ」
そんな会話をしている間にゲームが起動したので、備え付けのヘッドホンを付ける。
複数人が同じ部屋でゲームにするにあたり、当然いくつかマナーは生じるもので、音漏れはその中でも重要な物の一つだ。
特に一人、あまり健全とは言えないゲームをするやつがいるしな…………さすがに放課後の廊下に女性の喘ぎ声とか響かせたら廃部にされる。
Zキーでスタートし、自機選択。シューティングにおいて自機選択はかなり重要だ。自身の得意、不得意に合ってないと確実に苦戦することになる…………が、全種類数千回とやった俺にとってはすでにどれでもいける。
シューティングにしては珍しいシリーズもので、自機の種類がある程度同じものが出てくるので、新作でも同じ要領で使えるのは利点と言える。と言っても飽きる、と言う欠点にもなりやすいが。
ゲームは一日二時間以上、プレイ時間千時間からが本番、TASに勝利してようやく廃人。
我が部の活動目標らしい…………最初に見た時はなんつう部活だ、と思ったが。
今は意外とこの場に馴染んでいる自分がいることに、苦笑した。
ゲームは一日一時間です。良い子のみんなは彼らの真似をしたりしないように。
用語解説
デスクトップPC
画面と本体が別々になったタイプのPC。ノートPCより比較的安いが、大きく持ち運びに難があり、バッテリーも内臓されていないので電源プラグが抜けたり、停電するとあっさり本体の電源も落ちる。
ノートPC
画面と本体が一体化し、さらに本体にキーボードを取り付けられたタイプのPC。デスクトップと比較して、性能の割りに値段が張る。さらにCPUが加熱されやすく、熱で電源が落ちることもある。ただ持ち運びは楽で、ディスプレイを閉じれば小脇に抱えて持ち運べるし、バッテリーがあるので、コンセント無しでも数時間は使える。
TAS
Tool-Assisted Speedrunの略。
ゲームのエミュレータの機能に搭載されている機能を使い、実行速度のスロー化やコマ送り、QS/QLによる追記(やり直し)、メモリビューア(乱数など内部数値の覗き見)などを用いて(ツールアシスト)、実機で理屈上可能だが通常の人間のプレイではとても再現できないようなスーパープレイを行なうツール。
ニコニコ動画でTASと人間がスピードを競うような動画が良く上げられる。