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告白

 「最近は忙しかったのですか?」

 彼女の笑顔に見とれてボーッとしていた自分はハッとして受け答えた。

 「あ、うん。いろいろあってね…」

 「何か…大変だったみたいですね…」

 「え?」

 「だって手も荒れてらっしゃいますし…。お顔にも疲れのような色が見えますよ」

 「そうですか…」

 手が荒れている理由は最近やっと自分で食糧を捕れるようになって、手を研ぐ時間と獲物を狩る時間の比率が逆転してしまったからだ。顔が疲れているのは母がヒトに捕まったことと、目の前で同族が、-兄弟が-、ヒトに捕まるところを見てしまったことが原因だろう。

 (母さん…自分は彼女と一緒に生きていきたい。そのために食糧も捕れるようになったし…)


 「私…わかるんです」

 少し間を空けて突然彼女は言った。

 「あなた様は凄く頑張ってらっしゃるって…。そのお顔もその手も、それを証明してるんでしょう?」

 彼女がすべてを見通すような目をして言う。自分は怖くなっていた。彼女を怖れているわけではない。

 (もう…バレてるんじゃ…。少し前毎日のように会っていた頃にあげていた食事のことが…。)

 この時はもう兄弟のことは忘れていて、食事のことで身体一杯に汗をかいていた。嫌われる、その一言が自分の頭の中を支配していた。少しの沈黙の後、彼女は続けた。

 「食事、嬉しいです!また明日来てもらえますか?」

 待って、待ってくれ。これじゃあいつもと一緒。少し前と一緒。でもそんな大それたことは言えない。頭の中はグチャグチャで、心ここにあらず、虚ろな目を彼女に向けていると、彼女は少し困ったような笑顔で自分を見返す。

 そうだ、自分はそれなりに決意をしてきている。今日の対決ですべてを決めて、彼女に胸の竹を伝えようと…。そう考えると勝手に口から言葉が紡ぎ出されていた。まるで自分に自信を持っていて、且つ能力も高い人が乗り移ったかのように…。


 「自分は、今1人で暮らしています!」

 「え?」

 「母は…母は…」

 「…」

 「ヒトに捕まりました…!」

 「……」

 「自分は1人では何もできない、食糧さえ満足に捕れない能無しでした…!」

 「………」

 「君のおかげで、いや、あなたのおかげで変われました!」

 「…………」

 「だから、その、あの~…」

 「……………」

 「感謝…してるんです…。だから…」

 「だから?」

 「だから…これからもずっと、あなたを…」

 「私を…?」

 「………支えていきたいんです…。できればすぐそばで…!」

 「あなた様が私に感謝してらっしゃるように、いや、その3倍ぐらい、私はあなた様に感謝してるんです…!」

 「え…?」

 「私の母もヒトに捕まったのです。もう随分前に…。そして私は食糧を捕れない、能無しなんです」

 「あ、いや、そういう意味じゃ…」

 「フフ…冗談です。でも食糧が捕れないのは本当で…。あの日は空腹で死にそうでした」

 「あの日…。初めてここで会った?」

 「はい。あの日あなた様がここにいらっしゃらなければ、私はもうすでに死んでいたでしょう。本当に、本当にありがとうございます…」

 「あ…泣かないでください…。あの…笑ってる顔…好きなんです」

 「やっと…おっしゃっていただけましたね…」

 「あ…」

 「フフ…アハハハ…」

 「ハハハハ…」


 夜の河辺に2人の笑い声だけが響いていた。それは決して大きな音ではなかっただろう。でも自分は今までの人生で一番大きな声で笑った気がする。



 昨日はどうやら自分も彼女と一緒に泣いてしまっていたらしい。朝目が覚めると両方とも赤く腫れていて、恥ずかしかったのでいつもより長く寝て休むことにした。

 そう、昨晩から我が家は2人で住むことになったのだ。憧れの彼女と。

 (今日はゆっくり休んでゆっくり準備をして食糧を捕りに出掛けよう)

 今日から自分は1人じゃない。帰りを待ってくれる大切な人がいる。そしてその人は自分を頼りにしてくれている。それらのことが嬉しくて、今日は16個もの食糧を捕って帰ってきてしまった。


 「こんなに食べきれませんよ」

 昨日も魅せた困り笑顔で彼女が言う。

 「大丈夫!2人いれば食べきれるよ。それに余ったら保管しておけばいいし」

 「もう、それはやめてください!」

 「…今日からはその喋り方は止めない?」

 「え?」

 「いや、もう夫婦だから…」

 「…」

 すべてが上手くいったら必ず言おうと思っていたことだった。ただの話し言葉を変えてもらうだけで、2人の距離はもっと近づくような気がした。

 「…はい!じゃなくて、うん…。これで…いい?」

 「う、うん!バッチリ」

 恥ずかしがる彼女。また新しい彼女を見つけられた。そして2人はその夜、夫婦としてさらなる一歩を踏み出した。それは夫婦なら誰もがすることだった。

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