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変わらない美しさは自分じゃないとダメなんだ

 あれから3日間、自分はひたすら食糧を捕り、それを食べ、その日を過ごす、という生活を続けた。いや、続けられた、というべきか。少しずつではあるが捕れる食糧の量も増え、なんとか“生きていくための能力”を身につけられたのだろう。

 (母さん、自分はもう大丈夫だよ。母さんを失ったことは悲しいけど、ずっとこのままじゃいられないから…)

 そうだ、もう自分は、昔の自分ではない-。



 太陽は激しく大地を照りつけ、水が何よりも恋しくなってきた。そして自分は、あの場所へ向かう。少量の食事を持って。

 彼女はまだ来てくれているだろうか。それだけが不安で、そして、もし彼女がまだ来てくれていたら、という期待もあって、もう自分の頭の中はゴチャゴチャだ。


 (久しぶりだなぁ…ここも。少し前は毎日来てたのになぁ…)

 基本的には夜になれば暑さは和らぐものだ。でも今日はまだまだ暑い。…これはこの時期のせいなのか?それとも…。

 何かが、誰かがいる。気持ちが高揚してくる。まずなんて言おう…。長い間来れなくてゴメン、か?コレ、良かったら食べて、か?

 ザッ…という音の後、姿が見えた。…兄弟の姿だった。

 「あれ…?お前…」

 「え…」

 「1人か?…母さんは?」

 兄弟たちは母がヒトに捕まったことを知らない。

 「母さんは…ヒトに捕まったよ…」

 「は…?今なんて?」

 「だから…ヒトに捕まったんだって…」

 「お前…ふざけんなよ!!」

 耳の中まで響く怒鳴り声だった。兄弟も母のそんな最期を信じたくないのだ。自分に数分間、罵声を浴びせ続けて、兄弟は言った。

 「お前のせいだろ…?能無しのお前のせいで…」

 (確かに…それは…否定できない…)

 「なんか言えよ!!…この能無しがぁ!!」

 そう言って兄弟は、自分が持っている食糧に目を落とした。けむしを睨むような目つきで。

 「けっ!なんだそりゃ…貧相な食事だな」

 風の音も聞こえない、無音が少し続いた。その無音の空気を破ったのは、彼女だった。

 「あ…あれ…?…もしかして…」

 顔が急に熱を持つのがわかった。相変わらず、美しい緑色に変わりはない。

 (そうだ、まず謝ろう)

 そう思って動きだした自分より少し早く、兄弟が彼女のもとへ駆け寄っていた。何か話してる。それが何かまではわからないが…。兄弟が彼女のもとを離れて自分に近づいて聞いてきた。


 「お前…あの娘と知り合いなのか?」

 頷く自分。

 「チッ…お前はあの娘のことは諦めろ。お前じゃあの娘を幸せにできない」


 まるで兄弟から死刑宣告を受けた気分だった。諦める…?彼女を…?

 (彼女のおかげで生きる意味を見つけられた。彼女がいたから今の自分に“生きていくための能力”が多少なりともある。その彼女を…諦める…?)


 「それは…お前が彼女を幸せにする、という意味か?」

 「お前みたいな能無しに“お前”呼ばわりされる筋合いねぇよ」


 またこれだ…なぜ自分はいつもこうなんだ…?やっと食糧も捕れるようになって、彼女もまだこの場所に来てくれてて、彼女を幸せにするために頑張っていこうと思ってたのに…。


 「少し…彼女と話をさせてくれ」

 そう言って次は自分が兄弟のもとを離れ、彼女のもとへ向かった。


 「ひ…久しぶり…」

 「はい…」

 上手く言葉が出てこない。

 「ゴメン…長い間…来なくて…」

 「いえ…」

 彼女も前によく会っていた頃より言葉少なだ。

 (やっぱり…長い間来てなかったから嫌われたのか…)

 「君はいつもここへ…?」

 「はい…毎日…」

 本当に、本当に、後悔の念しか出てこない。彼女はあの、自分が彼女を幸せにする決意をした日から、毎日ここへ来ていたというのだ。自分はあの日の翌日に、母に決意表明をしてから、母を失い、一度もここへ来ていない。

 「本当にゴメン…いろいろあって…」

 「いえ、大丈夫です…!あなた様はあなた様で大変なこともおありでしょうし…。それに食事もあの人が少し持ってきてくれてましたから…」

 大きなショックを全身が貫いた。あの人とはもちろん、兄弟のことだ。自分が来てなかった間、少し前の自分と同じような時間を、兄弟と過ごしていたのだ。

 「そう…か…」

 その時やっと、自分が彼女のために持ってきていた食事の存在を思い出した。

 「コレ、さ…少ないけど…」

 そう言って彼女に食事を手渡した直後、自分は振り返って走りだしていた。


 恥ずかしかったのだ。何が?と問われると、上手く答えられないが、どうしようもなく、ただただ恥ずかしかったのだ。自分みたいな能無しの根性無しに、彼女を幸せにする、もはやそのために努力する権利すらない。そう思えて胸が痛かった。


 「あ…あの…!」

 彼女の戸惑いを含んだその言葉を背にして走った。もう、終わりなんだ…。


 「ハァ、ハァ…」

 足が、止まった。体力的な問題で、ではない。

 (彼女は、自分じゃないと、ダメなんだ)

 そんな言葉が、自分自身のどこかから聞こえてくる。でも、自分の声ではない。

 (諦めちゃ、ダメだ…。そりゃあ確かに、兄弟のほうが食糧を捕るのも上手で、彼女を幸せにできる確率は高いかもしれない。でも、それを決めるのは自分でも、兄弟でもない-)


 振り返って、彼女と兄弟のいる方向に向けて、今まで出したことのない大声で叫んだ。

 「明日ー!もう一度だけー!ここへ来てくれますかー!?」

 「何言ってんだ、能無しがぁー!」

 という、兄弟のこだまのような大声のすぐ後だった。

 「必ずー!必ず来まーす!!」


 「アハッ…ハハハ…」

 安心と、嬉しさを混ぜ合わせたような笑いをして、家路についた。とにもかくにも、これで舞台は整った。明日は兄弟も、もちろん来るだろう。

 なぜだろう、今、妙に、自分は生きている!という実感が沸いている。

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