母の同情と美しく映える緑色
母の口から、自分の父親が凄かったということと、食事は時が経てば腐ってしまうという驚愕の事実を聞かされてから、自分は生きていくことを諦めようとしていた。食糧を捕る能力も無ければ、食糧を保管しておく能力も無い。そんな自分には生きていくことそれ自体が不可能のように思われた。
「今は上手くいってないだけよ。」
「時がくればあなたも必ず目覚めるわ。」
そう言って母は自分を励ましてくれていたが、それは自らが産んでしまった子供に対する、精一杯の同情としか思えなかった。母はまた、こういう話をすると、いつも最後の言葉は決まっていて、自分にとってはそれが最も我慢できなかった。
「だってあなたはあの人の子なんだから。」
この言葉で母の同情のための会話が終了する。これがいつからか自分と母とのお決まりのようになっていた。あぁ、能力の低い自分には言い返す資格も無ければ、言い返す勇気も無い。父と自分を比べないでくれ!とか、もうほっといてくれ!とか。そんな言葉を心の中だけで言い返しながら、自分は今日も、母が手に入れて帰ってきた食事を食べている。
草むらに積もった雪も溶け、桃のような色の花が木に生い茂ってきた。またこの時期がやってきたことに自分は喜びを覚えている。なぜなら食糧となるものがこれからドンドンと増えるからだ。この前の雪の頃は母の捕ってきた食事で乗り越えられた。次は大丈夫かなぁ…。
密かに保管していた食事たちを棄てることにした。母の言う通り、もう食べられないような状態だったし、そんなもの隠し持っていても何の意味もないからだ。それでもこの日まで棄てずにおいたのは、まだ何か役に立つのでは、という馬鹿な希望を持っていたから…。
(こんなに貯めていたのか…)
自分でも驚くほどの量の死骸を両手に抱えて、それらを川へと運ぶ。これがいきなり食べられる状態に戻らないかな、なんてことを考えながら。
…突然背後に気配を感じた。同じ種族の気配。振り返ってみると自分でも気づかぬうちに両手の大量の死骸を床に落としていた。
太陽の光に美しく映える、鮮やかな緑色。綺麗に研ぎ澄まされた手。それはいまだかつて見たことのない同じ種族の女性だった。
「あの…それ…食べないのなら頂けますか?」
最初、その言葉に反応できずにいた。すると彼女はまったく同じ言葉を繰り返し、自分はやっと反応できた。
「あ、いや、でも…これ…全部腐ってますよ…?」
「いえ、腐っててもいいんです。食べられれば…」
「いや、でも…」
自分はこの女性の柔らかい物腰に対応できないでいた。女性の友達なら何人かいるのに、この人にだけはどうしてか上手く接することができない。とりあえずこの自分が保管していた食事たちはあげることにした。どうしても欲しそうな目で見てくるので、腐ってるとはわかっていたのに断りきれなかった。そしてこれが自分と彼女の、最初の出逢いである。