〜5〜
彼の第一印象は、品がよくて育ちのいいお坊っちゃん、だった。
多分、誰が彼と顔を合わせても初めはそういう印象を抱くだろう。
そして、彼と三十分同じ時間を過ごせば品がよくて育ちのいい無口なお坊っちゃん、となり、もうさらに三十分過ごせば品がいいわけじゃない育ちのいいわけじゃないお坊っちゃんでもない、無口な人間、になる。でも、あくまでそれは中間距離から観察した場合の彼の人物像でしかない。遠距離から見た彼が品がよくて育ちのいいお坊っちゃんであり、中間距離から見た彼が無口な人間であるなら、当然、近距離から見た場合も彼の人物像は変わってくるだろう。
初めて顔を合わせてから、半年。ようやく彼は僕にその姿をチラッとだけ見せてくれた、ということになるのだろうか。
「俺たちは全てじゃない一部の中で生きてるんだよ」
彼のその言葉を聞いたとき、僕はなるほど、と思った。
半年間、いくら目を凝らしてみても見えないはずだ。彼の見ている世界は、僕が十年前に置き忘れてきた世界と同じだったのだ。
そこでは誰でもスーパーマンになれるし、仮面ライダーにだってなれる。現に僕は小学校二年生の時の夢はウルトラマンになることだったし、それが叶うものだと本気で信じていた。
ウルトラマンになれる。
もちろん、彼は実際にその確率が人類の歴史をぐるっと一回りしても叶いそうもないほど、途方もなく低いものである、と理解はしているだろう。この世界で生きて、僕と同じ高校に通っているのがその証拠だ。でも、彼は全てじゃない一部、の外に目を向けることができる。だから、それがあり得ないことだとは考えない。
「そうならないと決めつけるのはおかしい」
ふむ。
「お前がそうしたいとおもってるなら、それは起こりうる現実だ」
ふむ……。
忘れていた。というより、思い出す機会がなかっただけのことだった。そういえば。ふと、そう思うと、それは自然に僕の頭の中に浮かんでいた。
――そういえば、真美も全てじゃない一部、の世界に目をむけていたのかもしれない。
*** ***
「もし、よ?」
「なに?」
「もし、私が死んでここからいなくなったら、公平はどうする?」
もし、だけのまえふりの後、真美はぶしつけにそんなことを言った。
「もし?」
確認してみせると、真美は肯いた。
そう。もし。そう言って。
「とりあえず、三日間はぼうっとしてるかな」
「ぼうっと?」
「うん」
「じゃあ、三日経ったら?」
「一週間泣きはらして、すっぱり忘れる」
むっと眉を寄せて、真美は僕をにらんだ。僕は苦笑して
「もし、だろ?」
と言った。
「じゃあ、もしそうなったら――」
「もし?」
僕の声には目もくれず真美は言った。
「私に会いたい?」
そして、確かめるように僕を見つめた。