〜2〜
沈みかけた夕日をバックに、二列縦隊に並んだ野球部の部員達がグラウンドの周りを走っていた。オレンジ色に染まったグラウンドの片隅を彼らの影がゆらゆらと縫っていく。
僕は、彼との会話に戻るために、描きかけのスケッチブックから顔を上げた。
「四年ぶりの再会」
彼は、別段感情を込めた風もなく、そう言った。
「そうだね」
僕も彼の真似をして、感情を込めないように努めて、声を出す。だが、それも上手くいかず、僕は肩をすくめて、描きかけのスケッチブックに目を落とした。
「確か」
そう言って、彼は言葉を止めた。おそらく、僕が顔を上げるのを待っているのだろう。彼の言葉にゆっくり顔を上げると、図っていたように彼は続きを口にした。
「四年前にいなくなったお前の幼馴染、だよな」
いなくなった、という言い回しは、彼の気遣いだった。
「幼馴染、じゃないんだけど」
僕はそう言ってから、ふふ、と笑った。
「彼女が死んでからさ」
死んだ、という言葉に、無愛想な彼の顔がピクリと揺れた。多分、気を遣わなくていいよ、とは伝わったと思う。
「初めてなんだ。あの頃の夢を見たの」
「そうか」
彼はそれだけ呟くと、僕の心中を察したように、虚空に目を留めた。これだけ、僕の話を真面目に聞いてくれるのは、彼以外には多分いないだろう。
うん、そう。僕はそう呟いてから、スケッチブックを閉じた。ぱたん、という音が、僕と彼以外誰もいない教室内に、妙に大きく響いた。
「よくは知らないけど」
彼は虚空を見つめたままそう声を出すと、ゆっくりと僕に視線をなぞった。黒ぶちの野暮ったい眼鏡には合わない、彼の整った顔立ちは、相変わらず無表情を作っていた。
「そのことに、何か意味があると思うか?」
「どうだろうね」
それが正直な答え。そして、彼の予想していた答えだと思う。
「じゃあ、会ってみたいとは思うか?」
ただの質問も、彼が口にすれば、それは試されているような気がしてくる。彼は、僕なんかよりずっと世の中を知っているし、絶対的な自分の世界を持っている。だから、彼はその容姿端麗さにはそぐわない扱いを周りから受けていた(放課後の教室に、僕と二人っきりでいることからもそれは明らかだ)。つまり、彼の目から放たれる特別な光線は、特徴であって特性ではない。だからこそ、彼は別に僕を試しているわけでもなかった。
「それは、夢の中じゃなくて、ってこと?」
「ああ」
あくまでも、どこにでもある日常会話でのほんの一節にすぎない。つまりはそういうことだ。
カチカチカチ……。
時計の針は確実に時を刻んで、小刻みな音を奏でていた。
僕は、目を閉じてその音に耳を傾けた。
もし、この時を刻む音をさかのぼることができるなら――。
目を開けると、変わらず光線を放っている彼と目が合った。僕は、一度彼から目をそらして、もう一度そこに目をやった。
「一つだけ、どうしても彼女に伝えたいことがあるんだ」
「そうか」
彼は、何も追及せずに、また虚空に目を留めた。彼には、つまり、どういうことかをいちいち説明する必要はない。だから、僕は彼にいいづらいことでも何でも話すし、彼も無表情で真面目に、何でも応えてくれる。
遠くもなく、近くもなく。限りなくあいまいなところに目を留める彼の横顔を僕は眺めた。
どうがんばっても、彼の瞳に映るものを見ることは出来そうになかった。