〜10〜
少ししてから、美咲さんがカレーをタッパーに入れて届けにきてくれた。なるべくいつもどおりに振舞う努力はしたつもりだったけど、それが上手くいった自信はなかった。
「あれ?」
そう言って、美咲さんが真美の靴に気づいたときには、僕の心臓は口から飛び出しそうになっていたし「もしかしてお邪魔だった?」と耳打ちされたときには、危うく、ひっくり返りそうにもなっていた。
「どうしたの?」
もし美咲さんにそう聞かれていたら、僕は本当のことを話し出していたかもしれない。でも、美咲さんは不思議そうな顔で「大丈夫?」と声をかけて、僕が首を縦に二回振るのを確認すると、何も追求せずに自分の部屋に帰ってくれた。
「別に、指名手配中の凶悪な殺人犯をかくまってるわけじゃないでしょ?」
キッチンの影から僕と美咲さんのやり取りを見ていたらしい。僕がキッチンに入ってくるなり、真美はそう言った。
「だからだよ」
僕は不機嫌に声を出して、椅子に座った。
「どういう意味?」
「ここに座ってる未確認生物と顔を合わせれば、指名手配中の凶悪な殺人犯も裸足で逃げ出す。ってことじゃない?」
「こんなかわいい女の子なのに?」
「こんなかわいい女の子なのに」
同じ口調で言ってやると、真美は不満そうに頬を膨らませてから、ぺろっと舌を出した。
「失礼しちゃうわ」
僕はため息をついた。
確かに、父さんは真美のことが好きだったし、真美も父さんのことが好きだった。別に、それはそれでいいと思うし、文句を言うつもりはない。
でも、さすがにそれはないと思う。
久しぶりだね。そう言って抱き合う二人を眺めながら、僕は思った。
「いやあ、本当に久しぶりだ。ええ、なあ」
「うん、おじさん」
真美はそう言うと、父さんの胸から顔を離した。父さんも真美から離れると、うん、うん、と何度もうなずいてから、真美の顔をまじまじと見つめた。
「まさか夢でしたってことはないだろうな」
真美は首を横に振った。
「私にも分からないの。でも、夢じゃないみたい」
「そうか。うん、そうか。なに、気兼ねせずにゆっくりしていくといい」
「ありがとう、おじさん」
それは、順序を無視した、限りなく不自然なやり取りのはずだった。少なくとも、普通なら、死んだはずの人間が目の前に立っていれば、いきなり「久しぶり」とはならないはずだ。つまり、それはないだろと思いながら、父さんと真美のやり取りが、ごく自然なことで、それが当たり前のように見えてしまっていて、さらには死んだはずの人間に「久しぶり」とこの二人と同じように言ってしまっている僕は――。
つまり、なんなのだろう?