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警察庁特定未開領域犯罪捜査課  作者: 華洛
道頓堀ダンジョン連続暴行事件

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07話 ラプラス

 パトカーが走り去っていく。

 サイレンの音が、夕暮れの道頓堀に溶けていった。

 後部座席の窓越しに、男の青ざめた顔が見えた。意識を取り戻したのか、あるいは恐怖から覚めただけなのか。

 いずれにせよ、彼はもう七罪を振り返らなかった。


 七罪は、パトカーを見送った。

 特に感慨はない。人間が恐怖するのは、ごく自然なことだ。

 自分の常識が通用しない存在を前にした時、人間は必ず畏怖する。今までそうだったし、これからもそうだろう。

 橋の上には、まだ野次馬が残っていた。

 スマートフォンを向ける者、興奮気味に話し合う者、遠巻きに様子を窺う者。騒ぎはすでに収まりつつあったが、人々の視線は七罪と澪の二人に向いていた。

 澪は、そのことに気づいていた。

 視線が痛い。だが、それ以上に、隣に立つ女性の存在が気になってしかたがない。


 逢魔七罪。


 銃で撃たれ、弾丸を口から吐き出し、魔力で銃を暴発させた。そして平然とたこ焼きを食べていた。

 今もその表情には何の動揺もなく、ただ気だるげに、去りゆくパトカーを眺めている。

 これが、自分の相棒だ。

 澪は、心の中で深く息を吐いた。

 警察学校で優秀な成績を修めた。実技も学科も、常に上位にいた。

 配属先が未領域課だと告げられた時も、動じなかった。どんな環境でも対応できる。そう思っていた。

 だが。

 目の前の現実は、警察学校のカリキュラムに一切含まれていなかった。


 その時、七罪のスマートフォンが鳴った。

 流石に目立っている自覚があるのか七罪は道頓堀橋から移動を始めた。

 七罪は画面を一瞥し、通話ボタンを押した。スピーカーモードにしたのか、相手の声が二人の間に流れ出す。


『シチミンはさぁ。大人しくするってことができないの☆』


 明るい声だった。やたらと楽しそうな、どこか芝居がかったトーン。


「私は悪くないよね。私は撃たれた側」


 七罪は歩きながら、淡々と答えた。反省の色は微塵もない。


『シチミンならあんなことしなくても、避けるなり、他のこともできたよね☆』

「仕方ないでしょう」


 七罪は、わずかに目を細めた。


「『挑まれたら応じなければいけない』……それが私にこっちに居る間に課せられた規律の一つなんだから」


 澪は、その言葉に引っかかりを覚えた。

 こっちに居る間に課せられた規律。

 それは何を意味するのか。どこから来た規律なのか。誰が課したのか。問いたかったが、会話の流れがそれを許さなかった。


『まったく。シチミンはほんとに……』


 相手は小さく息を吐いてから、話題を変えた。


『そうだ。第一発見者の大学生二人は、GPSで探ったところちょうど道頓堀ダンジョンにいるみたい☆』


 澪は反応した。


「GPS……よく許可が下りましたね」


 市民のGPS情報にアクセスするには、令状か上位機関の許可が必要だ。手続きには時間がかかる。

 被害者の女子大生二人が対象であれば、なおさら慎重を要する。

 だが、相手の返答は澪の予想を裏切った。


『――電子の海を泳いでいたら偶然見つけたんだ☆』


 一拍、沈黙。


「もしかして無許可! 違法じゃないですか!」


 澪の声が、思わず上がった。


『時は金なり。お偉方の許可を取る時間って面倒だよね☆』

「分かる」


 七罪が、即座に同意した。


「分からないで下さい!」


 澪は七罪に向けて言った。

 この人は本当に警察官なのか。いや、そもそもこの人は人間なのか。


「そもそも通話の相手は誰なんですか!」


 澪の問いは、スマートフォンの向こうへ向けられていた。だが、それに答えたのは、電話の相手だった。


『初めまして、鈴仙澪。私はラプラス。全てを計算する悪魔。ネットの海は私の庭なんだ☆』


 ラプラス。

 その名前に、澪は聞き覚えがなかった。

 澪が疑問を抱いていると、七罪が淡々と補足した。


「遊佐纏のアバターでAI。それがコイツ」


 遊佐纏の名前は、機動七班のメンバーの資料で見た。

 機動七班の情報処理担当だと記憶している。


「澪は気をつけたほうがいい」


 七罪が、ぽつりと言った。


「こいつはネットの情報をすぐ見つけてくる悪魔のようなヤツだから、気をつけなよ、澪」

「――いきなり名前呼びですか」


 澪は思わず指摘した。まだ自己紹介をしたばかりだ。姓で呼ばれることすら、まだ慣れていない。

 だが、七罪は不思議そうに首を傾げた。


「? 人間は名前を呼ぶのが仲良くなる一歩ってchatgptに聞いたら答えたけど……違う?」


 ……。

 澪は返答に詰まった。

 理屈としては間違っていない。だが、参照元がAIであることを堂々と提示されるとどう反応すれば良いのか分からなかった。


「……」


『沈黙は肯定とみなすよ☆』


「みなしません」


 即座に否定する。

 ラプラスは気にした様子もなく、軽い調子で続けた。


『迅から伝言。第一発見者に直接状況を聞きたいから、探して地上に連れ戻すようにだって☆ 道頓堀ダンジョンの入口にあるカメラには、ダンジョンに入っていく二人しか映ってなくて、出ていく姿はなかったから、まだダンジョン内にいる☆』

「私が聞いてもいいけど?」


 一拍の沈黙。そして。


『絶対にやめよ☆』


 ラプラスの声から、珍しく笑いの色が消えていた。


『感情を逆撫でする様が、私じゃなくても予想できる。ね☆』


 澪は、その言葉の意味を瞬時に理解した。

 西永風花を発見した女子大生二人。

 彼女たちは、ダンジョンの奥で全裸の少女を発見し、救助した。その心理的ダメージは、計り知れない。

 そこに人への感情を把握できていない七罪が話を聞きに行けば、どうなるか。


「……ノーコメントです」


 澪はそう答えるしかなかった。


『警察から要請された探索者たちのお陰で、再生成後のダンジョンのマッピングのデータあるから案内は任せて☆』


 夕暮れの道頓堀。ネオンが本格的に灯り始め、川面が七色に輝いている。

 観光客の波が戻りつつあり、騒ぎの痕跡は急速に日常へと吸収されていく。人間の日常とは、そういうものだ。

 非日常を飲み込み、何事もなかったかのように流れていく。


「どうして彼女たちはまた潜ったんでしょう」


 事件の第一発見者。

 木之下真琴と南條結衣。

 あの場所で何かを見た。何かを感じたのだろうか。彼女たちを再びダンジョンへ引き戻したのか。それとも、単なる偶然なのか。

 いずれにせよ、安全に事情を聞くために連れ戻す必要がある。

 澪の疑問に、ラプラスは軽く答える。


『トラウマの上書き、好奇心、あるいは自責。人間は不合理だから面白いよね☆』


七罪は、ラプラスの言葉に小さく頷いた。


「理解できない」


 人間が不合理であることは理解できる。だが、それが腑に落ちるかどうかは、別の話だった。


「理解しようとして下さい」


 澪の言葉に、七罪は肩を竦めた。

 七罪たちは階段を下りて、道頓堀橋の下にあるダンジョンの入口へ向かった。

 鋼鉄の扉の前に辿り着くと、七罪がスマートフォンを端末に翳す。カチリとロックが解除される音がした。

 扉が開き、湿った冷気と僅かな魔素が流れ出してくる。

 女子大生二人は、今もその中にいる。


「行くよ」


 澪は、その背を追いながら、改めて考えた。

 自分は今日、何を見たのか。

 隣を歩く七罪の足取りは、相変わらず気だるげだ

 先ほど銃で撃たれた痕跡は、スーツの小さな穴を除けばどこにもない。

 だが、銃弾を体内に受け、それを吐き出し、魔力で武器を破壊したのは紛れもない事実。

 そして「こっちに居る間に課せられた規律」という言葉。


 ――逢魔七罪は魔人だという噂がある。

 澪はその噂を、今日初めて信じる気になっていた


 魔人。ダンジョンに棲む魔物の中でも、人語を解し、人と意思疎通が可能な稀有な存在。

 見た目は人間そのもの。だが思考は決して交わらない。そして……例外なく強い。


 色々な考えが、澪の頭の中で浮かんでは消えた。

 澪は魔人のことを知っている。知識としてではなく、もっと個人的な形で。だが、それは今考えることではない。


「道頓堀ダンジョンは七階層。初心者向けだけど、一応気をつけて」

「……分かっています」


 七罪が、振り返りもせずに言った。

 澪は答えた。警察学校でダンジョン実習は受けている。だが、実戦経験はほとんどない。


『GPSによると再生成が起こった地下二階に反応がある☆』

「分かった」

『ただ急いだ方がいいかも……見つけてからずっとGPSが動いてない☆』

「……ダンジョン内で動かないというのは、あまり良くないね。ちょっと急ごうか。ラプラス。最短ルートをナビゲーションして」

『了☆』


 七罪のスマートフォンには、現在する階層の地図が表示され、最短ルートが提示された。


「澪。走るけど、ちゃんと着いてこれる?」

「大丈夫です」

「それじゃあ……走るよ」


 七罪は脚部に魔力を込めると、人とは比べ物にならないスピードで走り出した。

 澪も同じように魔力を脚部に込め、七罪の背中を必死で追った。




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