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警察庁特定未開領域犯罪捜査課  作者: 華洛
道頓堀ダンジョン連続暴行事件

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02話 発覚


 大阪府警本部庁舎の会議室には、昼下がりの光が差し込んでいた。

 だが、その明るさとは裏腹に、室内の空気は重く沈んでいる。

 長机を囲む捜査員たちは誰一人として背もたれに寄りかかろうとせず、資料を前に黙り込んでいた。

 すでに察しているのだ。この会議が、ただの進捗確認では終わらないことを。


「それでは、状況報告に入ります」


 司会役の警視が短く告げると、一人の捜査官が立ち上がった。

 淡々とした口調だったが、無意識に喉を鳴らす仕草が、内心の緊張を物語っている。


「昨日、ダンジョン内で発見された女性の身元が判明しました」


 壁面のモニターに、一枚の写真が映し出された。

 制服姿の少女が、少し照れたように微笑んでいる。


「府内在住、高校二年生。名前は西永風花さん。一ヶ月前に失踪届が出されていました」


 誰かが、静かに息を吐いた。


「現在、被害者は市内の医療機関に入院中です。しかし――」


 捜査官は一瞬言葉を切り、慎重に続けた。


「意思疎通は困難な状態です。医師の診断では、強烈な精神的外傷による重度の解離性障害。自我の大半が閉ざされているとのことです」


 それは、命は助かったが、心は帰ってきていないという宣告だった。

 モニターが切り替わり、今度は一覧表が映し出される。

 名前、年齢、失踪日時。いずれも、十代から二十代前半の女性ばかりだ。


「西永風花さんのご両親の許可を得て、魔術で記憶を覗かせていただきました」


 会議室に、わずかなざわめきが走った。

 記憶読取術。ダンジョンの出現と同時期に確立された、魔術の一種だ。本人の同意、もしくは法的保護者の許可があれば、限定的に使用が認められている。


「記憶はほとんどが壊れかけた状態でしたが、辛うじて残された断片から、この画像の少女たちも同様の被害に遭っていることが確認されました」


 モニターに映し出された顔写真。

 どれも、笑顔だった。家族と撮ったもの、友人と撮ったもの。日常の、何気ない一コマ。


「いずれも過去半年間で、同様の失踪事案として個別に処理されていましたが、今回の件を踏まえ――」


 捜査官は、視線を上げた。


「単なる失踪ではなく、連続性のある事件である可能性が高いと判断しています」


 一拍の沈黙。


「ダンジョン絡みいうわけか」


 誰かの呟きが、室内に落ちた。

 ダンジョン。

 百年前、世界各地に突如現れ、人類社会の構造そのものを変えた存在。資源と力をもたらす一方で、法と倫理の網をすり抜ける犯罪の温床ともなってきた。

 警察権力が及ばないわけではない。だが、通常の捜査手法が通用しない場所であることもまた事実だった。


「さらに、もう一件」


 別の捜査官が立ち上がる。その表情は、明らかに硬かった。


「被害者が発見されたダンジョンの階層についてですが――」


 一拍。


「発見からおよそ一時間後、前兆なく再生成が発生しました」


 わずかなざわめきが走る。


「再生成?」

「そんな急な例、あったか」

「記録上、極めて稀なケースです」


 モニターには、簡易的な内部構造図が映し出されていた。

 発見時のものと、現在のもの。同一地点とは思えないほど、形が異なっている。


「再生成により、当該階層の内部構造は完全に変化しています。現場は、事実上消滅しました」


 ダンジョンの再生成。

 内部構造が不規則に書き換えられる現象であり、その法則はいまだ解明されていない。そして、それが意味することは一つだった。


「再生成前に存在していたものは――」


 捜査官の声が、低くなった。


「すべて消失すると考えられています」


 証拠も、痕跡も、そこにいた人間すら。


「つまり」


 沈黙を破り、誰かが口を開いた。


「発見が、あと一時間遅れていたら――」

「被害者は、見つからなかった可能性が高い」


 会議室に、重たい沈黙が落ちた。

 探索者の女子大生二人が、あの時間、あの階層を選ばなければ。少女は、最初から存在しなかったことになっていた。


「出来すぎている」


 本部長が、低く呟いた。


「再生成のタイミング。偶然にしては、都合が良すぎる」


 視線が集まる。


「この事件は、ダンジョンの性質を理解した者による犯行だ」


 本部長は資料に視線を落とした。


「西永風花さんは、発見時、低体温症の一歩手前でした」


 別の捜査官が補足する。


「ダンジョン内の平均気温は摂氏十二度。裸で一ヶ月も生存できる環境ではありません。にもかかわらず生きていたということは――」


「定期的に、何者かが世話をしていた可能性がある」


 誰かが結論を口にした。

 会議室に、新たな沈黙が落ちる。

 

 長期間の計画的な監禁。

 

「ご両親は?」

「面会を希望されていますが、現状では……」


 捜査官が言葉を濁した。

 医師の見解では、娘が誰なのかすら認識できない状態だという。母親の顔を見ても、反応はない。名前を呼んでも、何も返ってこない。

 ただ、虚空を見つめているだけだ。


「……行方不明の少女は、分かっているだけで十名を超えている」


 本部長が、ゆっくりと口を開いた。


「更に増える可能性がある。これ以上、被害を増やさないためにも専門部署へ協力要請を出した」


 少しだけ会議室がざわついた。

 本部長が言った専門部署。それは、警察庁特定未開領域犯罪捜査課――通称・未領域課のことである。

 警察庁特定未開領域犯罪捜査課。

 正式には、警察庁刑事局に属する特別部署だ。

 ダンジョンが全国に三百箇所以上存在する現在、通常の都道府県警だけでは対応しきれない。人員不足、専門知識の欠如、縦割り行政の弊害。

 そこで設立されたのが、ダンジョン内犯罪に特化した機動捜査班だった。

 警察庁直轄のため、都道府県の壁を越えて活動できる。逮捕権も持つが、実際の身柄確保は所轄警察に委ねる。縄張り意識への配慮だ。建前上は「支援」だが、実質的な指揮権は未領域課が握る。


「一番近くにいて手が空いているのは機動七班だ。色々と噂を聞いているとは思うが、協力して捜査に当たってくれ」


 ざわつきが一段と高くなった。

 機動七班。

 全国各地を周る班も幾つかあるが、その中でも一番、良くも悪くも名を馳せている。

 一癖も二癖もある警察官の集まりであり、以前にも大阪府警からの捜査協力で訪れた際、少し騒がしいことが起きていた。

 だが、それ以上に。

 彼らは、結果を出す。

 本部長は資料を閉じ、全員を見回した。


「被害者は、まだ生きている。それだけが救いだ」


 短い沈黙の後、彼は続けた。


「だが、他の少女たちがどうなっているかは分からない。一刻も早く犯人を特定し、身柄を確保する。それが我々の使命だ」


 会議室に、静かな決意が満ちた。



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