五話 憐れみで賭す命(1)
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自らを役立たずと罵り、塞ぎ込んでしまったティーゼ姫。彼女をを慰め、宥めすかしていたらその流れで、知らないうちにスキルに目覚めてしまっていた。
その効果はかなりのものらしく、知らないうちに姫の消耗を抑える程度には魔力を回復させていたのだという。確かに体から漏れる闇のオーラ的な何かは大幅に減ったように感じるが、それがあの、あられもない姿と関係あるのだろうか。
様子見に、と現れたホレ婆様は疲れて眠ってしまった姫を僕から引き剥がすと、従者用の食堂へと僕を促し、向かい合わせに座った。その表情にはどこか満足げな、姫が喚んだ者が成果を上げたことへの喜びが窺える。
「僕には実感がいまいち湧かないんですけど……これ、『目覚めてる』んでしょうか?」
「ええ、確かに。おめでとうございますイッシキ様、あなたは救世主としてこの世界に光明をもたらす資格を得たのです。……しかし、《愛撫》ですか。この能力は相当な規格外かと思います」
改めて連呼されると最低だなこのスキル名。
「なんだ、スキルに目覚めたのかミッチー。なんかすごく光ってるぞ」
「ホレ婆公認の『規格外』だなんてすごいなミッチー。なんか眩しいぞ」
そうこうしているうちに、(元)看守……現在は僕の世話係を拝命したレニとアニが、食堂の入り口からのぞいていた。やっぱり言われてもわからないのだが、光って見えているらしい。オンオフの別があるのたろうか、ないのだろうか。どうでもいいか、と思い直して、二人に手を差し伸べる。
「実感がありませんけどね。どうですか二人とも、撫でてあげましょう」
「私たちを動物扱いとは頭が高いぞミッチー」
「光ったからって偉そうだぞミッチー」
汚れたモノを見るような顔で、二人はこちらに毒づく。調子に乗ってるんじゃないか、と言いたいらしい。ああ、なんかこの子らも噛みつきそうな野良猫に見えてきたな。
「「あ゛ぁ〜〜〜〜♡」」
で、数分後にこのザマである。
彼女ら、そして姫様以外のサキュバスからは特段に黒いオーラは見られなかったが、それでもやはり、触れていると『渇いている』という感覚を覚えた。それも、しばらく撫で続けていたら薄れていく。
内側から溢れてきた『何か』と指先が触れた錯覚ののち、バチッ、と何かが爆ぜる感覚があった。
「なんか、魔力が満タンになった気分のあとすぐに抜けていく感じだ」
「ミッチーの作った食事の後にすぐお腹が空き始めるやつと似てる」
けど、さっきとなんか違う。
そう二人が話すのと同時に、二人の体がほのかに光を宿しているように見えた。
「そんな、まさか……スキルの伝播まで行えるだなんて、そんな規格外な……!?」
一連の様子を見ていたホレ婆様から漏れた驚愕のうめきに、僕、と横の二人も揃って首を傾げた。感覚的には、何か起きたことはわかる。だが、『何が起きた』のかはわからない。伝播、つまり「スキルを分け与えた」みたいな意味だろうか? つまりそれって、
「もしかして、僕からどんどん、今のスキル使用者が増えていって……魔力不足というか精力不足というか、そういうのが?」
「ともすれば、最終的には……この世界に長らく蔓延していた多大な飢えや渇きを解決し得る。イッシキ様のスキルはそのようなたぐいのものと存じます」
ホレ婆様はそういうと、彼女に見えている『スキル』の詳細を羊皮紙に書き出していく。どうやら会話同様、文字もこちらのは読み書きできるようだ。便利である。
《愛撫》
対象に対して強い慈愛や憐れみを抱いた状態で触れることで、対象に枯渇しているものを満たすことがてきる。
満たす対象は受け手側の任意であり、能力行使に伴う消耗を要さない。
なお、一度満たされた者もこのスキルを行使することができる。
「こちらがイッシキ様のスキルの詳細となります」
「最低な名前だなミッチー」
「やってることと名前の落差が酷いなミッチー」
「散々な言われようですね。本当のことだから仕方ありませんが」
もうちょい直訳なんとかならなかったのか、と思うが仕方ないかもしれない。表現としてはまあ、妥当だとは思うし。
それにしたって能力の性質が破格なのはわかる。要するにこれは、慈悲の心、相手を思いやる気さえあれば代償なしに無から有を生み出すに等しい。このスキルさえあれば、世界すらもひっくり返しかねないのだから。
……サキュバス達にそのテの感情があるのかは著しく疑問だったが、少なくとも同族同士で争った歴史もなければ、社会通念がやや爛れている以外はスキルの使用条件を満たしそうではあった。少なくともレニ達から光が漏れている、つまり誰かを満たす力を持つということだから。
「じゃあ、このスキルを広めて、お互いに満たし合えば自然とサキュバスから世界に、世界からまたサキュバスや他の生物に……の要領で魔力が満たされていって、僕はお役御免で帰れるってことでしょうか。戻れるならすごくありがたいですが」
「すぐにても手配を……と、申し上げられれば幸いなのですが、実はそれは、かなり難しい相談です。無論、今この世界の魔力純度で、世界を繋ぐ儀式を簡単には行えないというのもございます」
流石にそこまで簡単にはことが運ばないらしい。ホレ婆様の顔に苦いものが混じっているのをみるに、本意ではないのは間違いない。だからはいそうですか、と諦めたら多分、僕は早死にする未来が見える。悩ましいというか、なんというか。
「なら、世界が回復してすぐに……とはいかないんですよね? なんとなく思いつくものもありますが、他に理由が?」
「お察しのことかと思いますが、イッシキ様の《愛撫》が周りのものに分け与えられる力……これが、あなたがいない世界で機能するのかがはっきりしていないのが一点。ある程度回復したあとに急に使えなくなった、となれば、世界が今の状態に逆戻りする可能性もあります。次に、イッシキ様をこちら側に召喚できた理由でもありますが、『選んで世界を繋ぐ』という行為は、個別の世界との縁が濃いほど成功率が上がります。ご自身のことなので自覚はありましょうが、あなたは元の世界との縁が薄い。世界を繋いだとて、あなたの故郷か、あなたの時代かは確約できません。これが二点」
あらためて指摘されると、スキルが不安定なのはともかく世間とのつながりが薄いという事実は耳に痛い。少なくとも高校卒業までの学費の目処は立つだろうが、今ここにいる期間がそのまま失踪期間扱いされたら卒業すら危うい。ましてや、別の時間、別の世界に飛ばされたりなんかすれば。考えるだけで寒気がする。
「最後に。これはおそらく、イッシキ様もその身で感じておられることと思いますが……この世界からは、いまだに魔力が失われ続けています」
「それは、新しい世代が生まれたり世界からリソースを得たりすれば当たり前のことなのでは?」
世界を維持するにはエネルギーが要る。エネルギー問題はどこの世界でも起きるし、新しく作る、なんで無法は普通なら起きない。やるとしても、どこから引っ張るかだ。首を捻った僕を見て、ホレ婆様は小さく頭を振った。
「奪っているのは、未来ではなく過去そのもの。《暴食妃》様の魂がこの世界を蝕む限りは、この世界に『満ちる』という言葉はなく、半端に満たした影響下では、その魂を他の世界に押し付け、滅ぼす可能性もあり得ます」
うっすらとだが気付いていた違和感の正体。
おそらく、という推測が喉の奥までせりあがったが、なんとか吐き出さずに抑え込むことができた。
ここで発言を誤れば、今度こそ命がないだろう。
姫に、『それ』が?
などとは、とてもじゃないが、口に出せない。
同席した三人で、僕が何かに気づいた、何か知っている、とは誰も気づかなかったようだ。彼女たちにとっては、考えたこともない事実。御伽話の世界の敵が、すぐそばにいる事実。
選択肢は一つだけ。
そんな義理はひとつもないが。
ただ助けたいだけで、僕は命を死地に晒すことになる。




