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サキュバスさんは摩擦式。  作者: 矢坂楓


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2/5

一話 一識 満世

「お前はしばらく牢屋暮らしだ」

「出られるとは言ってないぞ」


 目鼻立ちが近しいわりに、「別種族だ」と言われた方が説得力のある二人組のサキュバス看守達は、そう言って牢屋の鍵を閉めた。このテの地下牢は鉄格子かと思ったのだが、普通に現代様式のドアと壁。後ろには嵌め殺しの窓……土しか見えないと思うが、なぜこんなものを? 僕は訝しんだ。


登校中に迷い猫を見つけてから捕まえるまでに一悶着あり、飼い主へ届けていたら遅刻寸前。慌てて向かっていたら見知らぬ場所に連れてこられ、搾取(性的な意味で)を宣言されるもその可能性を即座に否定。更には、今回の件を主導していた女性……ティーゼヒメ(姫?)と呼ばれていた女性の頬を感情に任せて張り倒した。以上が、僕の今朝から今に至るまでの流れだった。


 しかし異世界召喚とは。

 近頃、雨後の筍のように生えては枯れる創作物の山がそう言ったものなのも知ってるし、図書室に並んでいるのも見覚えがある。


 訳知り顔の大人が「現実逃避の言い訳として異世界を望む人間が作り出した創作ジャンル」、などと貶めているのを見たことがあるが、ナルニア国物語を読んだことがないのだろうか? まあ、僕もないんだけど。


「そりゃあ、分かり易くて簡潔な説明をどうも……ところで、僕はあなた方のご希望に沿わない人間だったわけですが、これからの沙汰はどうなるので? いつまでも穀潰しの異世界人を置いておけないでしょう。何かと不足していると聞きますが」


「その話は姫様とホレ婆様を中心に決める。お前は大人しく処分を待てばいい。……でも臭いから多分、風呂が先だ。決定までの間に死なれても困るから衣食は認められると思え」


「喜べニンゲン。お前のような世界のオスは何回か搾り尽くしてる。その時に得た知識で、お前達が死なない程度の食事は用意できる」


 閉じた扉越しにだが、看守姉妹は話を続けてくれるようだ。なんとお優しい。


 しかし、姫様ってはっきり言ったな。

 あの時止めに入った老婆が「ホレ婆」って人だろうけど、大層な年齢に見えた。あの人は異世界(こんなところ)に人を喚ぶ理由とか、能力(スキル)とかいう「いかにも」な要素について詳しく知っているだろう。にしても、扱い悪くないな僕。


「こう言っちゃ失礼ですが、意外と文明的なんですね。てっきりサキュバスというのは、僕達の世界とかに現れては男を食い散らかして死なせるだけの『消費者』だとばかり」


「……ニンゲン。その神経の図太さは生まれつきか?」


「私達が姫様に強く申し出て、処刑も辞さないと考えなかったのか?」


 安心したからか、思わずとんでもない暴言を吐いてしまった気がする。ものの本で読んだ限りではそうだったからだ。看守姉妹(仮)からは、扉越しでもわかるほどの殺気を感じた。


「あ、いや、申し訳な」


「間違ってない。少なくとも、私達の世界でいうと500年くらい前まではそうだった」


 間違ってないんかい。

 瞬時に霧散したさっきに拍子抜けしつつ、内心で突っ込んでしまった。


「私達の祖先は、代々他の世界のオスから精力を吸い上げてポイしていた。会話をするだけならそれでよかったから」


「やっぱり野蛮じゃないですか」


「でも先祖様の、すごく賢い人が気づいた。相手の脳から好みを読み取って上辺だけ真似て誘惑するよりも、ちゃんと文明を理解したほうがいいって。その方が濃いのが出て死ぬ」


「嫌な学習動機だなあ……」


 余りにもあんまりな動機であるが、より多く、より良質な精気を吸い上げて命の糧にする、という意味ではサキュバスなる幻想生物に夢魔としての側面があるのも合点がいく。彼女達は異世界のあらゆる文明を学び、それらを消化したから……儀式部屋を除いて、やたらと内装が近代的だったのか。


「あれ、でもおかしくないですか?」


 そこまで聞いて、そして今日の流れを思い出して、僕は首を捻る。違うのだ、物事の順番が。明らかに何か、大事な見落としがある。


「口数の多いニンゲンだな」


「私達の話に間違いがあるのか?」


「違います違います、単純な疑問ですよ。あなた方は昔、いろんな異世界で精力を集めていた。今は、理由は知りませんが、回数制限のある召喚に頼っている。ここまでは間違いないですか?」


次元渡り(プレーンシフト)が使えるサキュバスが減った。魔力が足りない。だからなけなしの魔力を溜めて召喚する。一世代、一回。それだけ時間がかかる」


「前の世代は絶倫を引いて大当たり感出てたけど、それでも一世代分もうかどうか。ハズレを引いてもすぐにはダメになる世界じゃないけど、徐々に危ない」


「「だから本当にがっかり」」


 かなり棘のあるトーンで突かれると、正直しんどいものはある。が、こればかりは選んだ側に問題があって僕が悪い訳じゃない。そして本当に聞きたいのは、そこじゃない。


「もう少し根っこの話をしましょう。他の世界に渡って男を漁ってたってことは、それもかなりの労力ですよね? そもそもこの世界に、オスの知性体はいないんですか? 僕の世界にはインキュバスと対になる存在がいるはず」


「滅びた」


「え?」


「吸いすぎて末代まで吸い尽くされる勢いで滅びた。あっちも吸えるはずなんだけど、その頃の女王が《暴食妃》って呼ばれてたから、どうしようもなかった」


「別にサキュバスだけが知性持ってたワケじゃないけど、他のも含めてぜーんぶ。だから、私達は同じサキュバスでもナリが違うってワケ」


 「もういい?」「お風呂沸かすね」という牧歌的とすら思える言葉を背景に、足音が遠ざかっていく。


 そもそも、サキュバスが他の世界(例えば僕が生まれた世界とか)に足を向けていること、そして今は召喚に頼っていることが違和感のスタートラインだった。


 なぜなら、種と世界の存続を所謂「ガチャ」みたいなシステムに委ねるのがおかしい。それが「劣化」なら、異世界渡りも不要なものだった、と仮定。結果が予想の三回転半くらい酷くて、思わず膝から崩れ落ちてしまった。


 とはいえ、この世界がどの程度逼迫しているのかは充分理解した。生態系のバランスすら無視してこの世界の男を駆逐した個体がおり、それだけの暴食から多くの子孫が生まれた。爆発的な女の繁殖を担保する精力は安定供給の道が絶たれ、外の世界に糧を求めた。


 ……だが、その《暴食妃》とやらがいなくなっても、大量の子が残ればリソースの消費は速かろう。如何に外世界から精力をかき集めたとて、内製が立ち行かないなら必然としてサキュバス達が生きるだけでも、この世界の魔力を食い潰していく。そして魔力が減ることで数を保てなくなり、次元渡りのような収支が目減りしたものを切り捨て、ギャンブルよろしく召喚に頼るようになった。おそらく、そういう真実だ。


「話のスケールが小さいのは、サキュバス達が極々少数で固まっているから世界に広く目が向けられない、から……? だとすれば、僕が《ハズレ》だったとしたら」


 背筋が凍る。

 一世代か二世代か、或いはもっと先か。

 わからないが、非常に俗な物言いを旧友から借りるとすれば、ガチャでSSR(さいこう)を引き続けなければ、早晩彼女達はこの世界から消える。


 この世界の非知性体が魔力がなくとも生きていけるのならそれてもいいが、楽観視が過ぎる。ゆるやかに、この世界は滅びに向かっているといえた。


「風呂が沸いたぞ、ハズレニンゲン」

「独り言がうるさいぞ、ハズレニンゲン」


 そこまで考えたところで、唐突に看守姉妹に声をかけられた。にしたって、この呼び方は……。


「誰がハズレニンゲンですか。僕には 一識(いっしき) 満世(みちよ)という名前があるんですよ!」


「ミッチーだ」

「ミッチーで」


「誰が鬼嫁ですか」


「どうでもいい。ミッチー、その獣臭い服は洗う。乾くまでお前の服は布一枚だ」

「裸で放り出さないんだから感謝しろ」


「布一枚?!」


 ……とかなんとか諸々あり、今、僕はサキュバス達のやたら豪奢な大浴場に


 ではなく、ゴリゴリ木製の風呂に浸かっていた。香りからして、ヒノキの近縁種なのだろうか。サキュバス達が異世界人の知識を貪欲に取り込んでいるとは聞いていたが、地下牢の有様に比べると、一世紀近くは先進的な作りに見える。多分これは、『風呂』に特別な意味が(恐らくサキュバス的な意味で)あるがために、凝りに凝った結果なのかもしれない。


「しかし、石鹸からシャンプーから何から何まで、似せて作ったものがあるのは凄まじいですね。風呂に限って気合い入ってるあたり、サキュバスらしいと言うか。建築様式が中世から昭和中期くらいなのに、風呂周りだけは最新……」


 ともあれ、これは非常に喜ばしかった。

 これからどうなるのかと言う不安が石鹸で洗い流され、湯船の熱で溶けていくようだ。


 風呂にそこまで情熱を注いだことは短い人生でなかったが、これかはらは人生観が変わりそうだ。


「湯加減はいいかミッチー」

「体を泣かしてやろうかミッチー」


「『泣かす』? 流すではな、」


 そこには、一糸纏わぬ(ように見える)看守姉妹の姿があった。

 体つきや耳の特徴などから、人間の因子と耳長の種族の因子とを各々受け継いだであろう彼女らは、細かいところで違いがあるのだろう。濃い湯気で細部は見えないが、裸である……と、思う。


 これが即刻吸い尽くされるような高校生男子なら飛びついていただろう。級友の猿渡あたりならそうだ。


 または、恥じらって顔を覆って背けるものもいただろう。委員長がまさにそれだったはず。


「あー……もう上がるんで服とタオルだけいただけませんか。回れ右回れ右」


「うわマジかミッチー」

「文字通りピクリともしないどころか無視とはやるなミッチー」


 だが、僕は違う。

 恥じらいや欲求というのは、同じ人間、ないし性欲の対象物として向き合ったものに対して湧き上がるものだ。余程の狂人でもなければ、歩き回る犬や猫、まして虫に欲情などしないだろう。


 牛の乳房に、犬猫の生殖器に、花のめしべに。『一般的な』人間が欲情するだろうか? 答えは否だ。


 少なくとも、僕には彼女らの裸体はなんら「同じ生き物」としての枠組みでは見えていない。が、他の何かがそう見えるかと言われればそれも違う。


 無性愛者(アセクシャル)…‥とも違う。恋愛も欲求も感じないのだ。家族愛を確かに感じたこともあったが、今はもう分からない。この有り様でも、人の世界なら生きて行けただろうにサキュバスの支配する世界とは。


 世界は滅びたがっているのだろうか?

 僕を《救世主》と呼ぶのなら、ぜひその意味を辞書で引くべきだ。世界を滅ぼすなら、立会人などつけなければ良かったろうに。


 僕は用意されていた布、というか貫頭衣を身につけると、呆気に取られた看守姉妹を促して地下牢へ続く道を踏み出した。

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