第九話 ブリーフィング
青天が続き、共同ガレージからモニタールームへと向かう脇の花壇では向日葵が咲き、何もしていなくても汗が滲む季節となっている。
「せ~ん~ぱ~い~! 暑いです!」
「これでも空調は効いている方だ」
古い設備しかないモニタールームには熱気が籠っており、ぼさぼさの黒髪を汗で湿らせたチーザが、最近調子の悪いクーラーを睨みながら不満を口にしていた。
「せ~ん~ぱ~い~! 暑すぎだろ! 何とかしろ!」
「うるさい、黙れソルティ。とっとと始めるぞ」
ソルティは扇風機を独占してその金髪を揺らし、パイプ椅子に思いっきり体を預けてだらりとしている。チーザのモノマネは正直気持ち悪いので、こんな蒸し暑い日には勘弁して貰いたいものだ。
空調の不安定な音と扇風機の風音を咳払いで跳ね除け、本題を開始した。
「では、明日からの本戦トーナメントに向けてのブリーフィングを始める」
チーム《エクリプス》は無事、予選を突破。
トップリーグチームが蔓延る魔窟とも言える、本戦への出場を果たす。
ドロー表を見たハーベストが、オレンジの瞳に不安の色を携えて弱音を吐く。
「初戦の相手から厳しくはありませんか?」
くりっとした短めの髪も、自信が無さそうにしなびて見えた。
即座にソルティが噛みつく。
「うるせーぞ、ハーベスト! 全部倒すんだからどこでも一緒だ! ネガ発言で部屋の湿度をあげんじゃねーよ」
「フッ。ソルティさんの言う通りですね。イカロスはさっさと塩の焼き鳥にでもしてしまいましょう」
初戦の相手はチーム《イカロス》だと言うのに、少し前までのクロワとは違い、新調した眼鏡から自信の光が見え隠れする。少しさっぱりした青い髪も涼しげで、どこか頼もしく感じた。
モニターにイカロスの過去の対戦映像を映し出し、それぞれが気付いたことを述べていく。チームのイカロスに対する認識を把握しておきたかったのもあり、最初は自由にディスカッションする形を採った。
「どう考えても、イカロスのキーパーは僕より格上ですよ。サークルへの撃墜回数ゼロは異常です」
夏服の整備ジャケットを汗でびっしょりにして、眉尻を下げるハーベスト。その後ろ向きな考えに反応し、ソルティが翡翠の瞳を鋭くする。
「けっ! 死蝶なんて大したことねーよ!」
イカロスのキーパーとは戦時中に肩を並べて戦ったことが何度もある。変則的で多彩な操縦技術から『死蝶』という異名がついていた。汗ばむグレーの服に少し目を落とし、当時と大きく変わった立場を思い返す。
当時から不仲のソルティが投げやり気味に続ける。
「連携なんか全然考えてないし、あのヤロー、人の言う事をきかねーんだよ!」
「お前が言うなソルティ」
「はい、ソルティさん! 手鏡を貸しますよ!」
ソルティを窘めようとしたら、間髪入れずにチーザが続いた。チーザのジョークがキャメルにはツボだったようで、外に軽く跳ねたダークオレンジの髪を小刻みに揺らし、顔を背けて必死に笑いを堪えている。つられて笑いそうになるここは、腹筋と表情筋の鍛え時だと思う。
「話を戻そう……ハーベスト、今後は建設的な意見に絞るようにしろ」
静かに頷くハーベストの瞳からは、迷いが消えていた。
そこでキャメルが珍しく提案を出してくる。
「ナックさんとソルティさんにアタッカーを任せて、あたいもバックスで出るのは?」
彼女なりに戦力分析をした上で、弱点である積極性を克服しようとしていた。
イカロスは四色のアタッカー陣が有名で、映像を確認してもそれ以外のフォーメーションの前例がない。次もアタッカー4機で来るのは間違い無いだろう。
チーザとキャメルが机に体を乗り出して、映像を食い入るように見始めた。
「チェイサーを入れたこの横ラインは圧巻ですよね!」
「あたいもそう思う。囮のためにもバックスがもう一枚欲しい」
映像には、チェイサーを中央に5機で展開する横ラインが映し出されている。
他チームにとっては恐怖の横薙ぎ。フィールドの約半分を面制圧する横ラインは、キーパーが上下のどちらに逃げるのかを強要する。守りを失くす訳にもいかず、バックスが一枚しか無いと駆け引きが難しい。
「だから、あたいがバックスで出れば安定すると思う」
「ラインの時は、ウチとウェハーさんでカバーするというのはどうでしょうか!」
「チェイサーがいつでも張り付いている訳にはいかないでしょ? チーザ」
チーザとキャメルが活発に議論を交わしているが、蛍光灯を見上げたまま大人しいソルティと、苛立っている様子のクロワが気になる。
「どう? ナックさん」
身を乗り出していたキャメルがこちらへ振り向き、その声と髪が軽く弾む。
「俺としては、そこで爪を噛んでいるクロワの意見を聞きたい。我がエクリプス唯一の正バックスとしてどう思う?」
「……一人で充分です。あの横ラインを捌くためにソルティさんと特訓を続けてきたのですから」
クロワの主張を待っていたのか、嬉しそうに顔を綻ばせるソルティ。後頭部を両手で組んだハンモックから起こし、明るい声を出す。
「そういうことだキャメル! 急造コンバートが上手くいかねーのはわかんだろ?」
定員30名の広い部屋をソルティが見渡すと、全員しっかりと頷いていた。チーム内模擬戦でキーパーを務め、狭い赤サークルへ叩き込まれた記憶は新しいからな。気まずい雰囲気を察したのか、ソルティは扇風機と見つめ合うことにしたようだ。
「フォーメーションは3-2-1-1のまま変えない。いいな?」
そうして話題は『死蝶』と、それを守る番人、光と音の支配者と呼び声の高い『ルーラー』へと移る。
意欲的なチーザとクロワが身を乗り出す。
「この金色のフォルムが印象的ですよね!」
「そちらが無軌道な動きをするから目立つのですよ。最小限の動きで局面をコントロールする『ルーラー』の方が私は厄介だと思います」
映像を再度映しておさらいをしていく。
掴みどころの無い死蝶。ひと鉈で戦局を決めかねない横ライン。
その両方を下支えするのが、BDのルーラーだ。
「クロワはルーラーへの対策案があるんだな?」
「当然、候補案はあります。ですが、遮蔽物の確保が難しいのです」
モニターに映る吹き曝しの戦場。セブンスカイズは観客たちの観やすさのため、狭いフィールドで遮蔽物が一切ない。その上で確保という表現を使ったことに成長を感じ、思わず頬が緩む。
一部には難しかったらしく、質問が相次いだ。
「そうだな。俺が答えるよりも……」
そこで軽く言葉を切ると、見つめる先にいたクロワへ皆の視線も集まっていく。
「クロワ、見晴らしの良い吹き曝しの戦場において、唯一となりうる遮蔽物を答えてみろ」
クロワは湿気で少し曇った眼鏡の手入れをしてから、前を向いてニッと笑う。
「フッ。それは友軍、味方のモービルギア以外にありませんね」
その回答で他の後輩たちも理解が追い付き、クロワを賞賛している。随分と頼りがいのある男になったものだ。
「背中はクロワに任せる。では、本題の死蝶への対策を検討するぞ」
モニターに映し出される死蝶はNo.1キーパーの呼び声が高く、トップリーグでの活躍はまさに黄金の蝶。数々の猛者が掴もうと手を伸ばしても、ひらひらと躱していく。
「キーパーなのに重量感を感じないのが驚きですよね。サイズは僕の機体と大きく変わらないのに」
キーパーへの点数が3倍となるこの競技では、さながらウロボロスのように互いが相手のキーパーを飲み込もうとする。
ゆえにキーパーはレギュレーションで最強スペックにすることが許されていて、追加装甲や強化パーツにより、多くの選手がサイズや重量を一回り上で調整していた。
少し憧れている様子のチーザ。
「本当に軽やかに扱いますよね~!」
「あんな動きは死蝶が強化兵士だからだ。コクピット内で体感するGは常人には耐えられんぞ」
しっかりと現実を伝えておく。多くの選手が動きを真似したくても出来ない理由の一つだ。
逆にハーベストは目を見開いて映像に没頭している。
「僕は、常に躱すスペースを確保しているのが凄いと思っています。あれだけでも真似できないかな?」
眼鏡を直したクロワが、涼やかな声で返す。
「それを可能にしているのはルーラーの空間支配です。エクリプスでは絶対に無理ですね」
凛々しい顔で堂々と「自分には無理だ」と言い切ったクロワ。確かに正論ではあるので失笑してしまう。
死蝶とルーラーによる絶対的な連携があり、見え方、聞こえ方の両方を支配するルーラーをどう崩すか。そこが一番の課題だ。
チーム内で様々な意見が出ているのを暫く静観していたが、堂々巡りで一向に進展しない状況が続く。
「だ~か~ら! クロちゃんは守りで手一杯になるはずでしょ? 攻撃にも参加するなんて無理だよ!」
「私に不可能はありませんよ」
「二人とも、さっきからずっとループしています。飲み物でも飲んでクールダウンしませんか?」
ハーベストの提案で喉の渇きを思い出し、ふと視線を時計へ向けると、日が傾く頃を針が指していた。
できれば後輩たちに結論まで出して欲しかったが、中々上手くいかないものだ。
「時間切れだ。……チーザ、明日はお前がリーダーとなって攻撃を組み立てろ」
そう伝えると、チーザは素っ頓狂な表情のまま固まる。
再び動き出したかと思えば、血相を変えて机を叩き、こちらへ猛抗議をしてきた。
「無理無理無理! 先輩! 何を言っているんですか!? ウチに戦闘指揮なんて無理です!」
「俺は出来ると判断した。二言は無い」
モニタールームは騒然となり、様々な声が飛び交う。決定事項を伝えたつもりだったが、逆に荒れる事態となった。
不機嫌になったソルティが、不満げに机を蹴り飛ばす。
「おい! ナックが信頼して任せるっつったんだ。俺らはただ信じてそれを成功させる。違うか? あ?」
モニタールーム内の空気はピリッと締まり、チーザたちは真剣な面持ちで頷いた。




