プロローグ
父は、この魔界で誰もが知る存在だった。
魔王城の王にして、魔王その人。
魔王は代々受け継がれてきたが、父の代は特別だった。
圧倒的に長く、そして強大だった。
――だが。
その日常が崩れるのは、一瞬だった。
魔王城を守る数多の魔物は蹂躙され、父は勇者に討たれた。
長きにわたる魔王時代は、こうして幕を閉じたのだ。
人間界は歓喜に沸いた。
一方で、魔界は地獄と化した。
魔王城はただの城ではない。
軍事、行政、経済の中枢。
そこに関わるあらゆる職が失われ、失業者が街にあふれた。
貨幣を刷っても経済は回らず、魔界政府は頭を抱えた。
――そして、出した答えがこれである。
「次の魔王は……お前だ」
俺。魔王の次男。
なぜ長男じゃないか? 簡単だ。
長男は、魔王城最後の番人として戦い、既に命を落としていたからだ。
拒否権? あるわけがない。
かくして俺は、強制的に“新魔王”へと就任した。
……問題はここからだ。
魔王としての心得なんて知らないし、引き継ぎもない。
そもそも魔王とは何をするものなのか。
茫然と立ち尽くす俺の視線の先には、黒焦げに崩れた魔王城。
その瓦礫を見つめながら、ただひとり、ため息をつく。