第62話
それは、総練習の時に起きた。
「はあ? 指揮者?」
「要らなくないか?」
「一度も練習に参加しないから、参加しないのかと思っていた」
ホールでの総練習となった時に、初めてレオンス様が指揮者だと周りに知らされた。
私は、てっきり知っているものだと思っていたわ。
文句を言ったのは、2年と3年の生徒。
流石にレオンス様も困り顔だ。
言われた通り、一度も練習に顔を出していなかったからね。
「ごめんなさい。知らせてあるとばかり」
焦ったのは、クリステル嬢。
チラッとクリステル嬢が、サルバドル様を見た所をみると、彼が伝える事になっていたのでしょうね。
なるほど。レオンス様を参加させない様にする為だったのね。
まさかこうなるなんて。
「待て。楽団なら指揮者は必要だ。私は、彼自身から指揮者だと聞いていた。文句を言うのなら彼にではなく、まとめ役の彼女にだろう」
イルデフォンソ殿下がそう言うと、流石にピタッと文句が止まった。
「申し訳ありませんでした。伝達が不十分でした」
謝ったのはクリステル嬢一人。サルバドル様は頭を下げなかった。
「では、始めよう。皆も楽団は協力して音を奏でる。気持ちを切り替えてくれ」
イルデフォンソ殿下の言葉に、皆『はい』と返事を返す。
まあ、否って返せるわけないものね。
レオンス様の指揮で、曲が始まる。
一番初めは、一通り通してみた。
それぞれが上手なので、後は音を合わせるだけなんだけど、微妙にずれている様な気がする。
それをイルデフォンソ殿下が的確に指摘して、直して行くのだから驚いた。
残念ながら王子には必要ない才能だわ。今回は、役に立っているけどね。
それとイルデフォンソ殿下と他の人との熱量に違いがあるわね。
王子だから文句は言わずに従っているけど、ちょっと熱が入り過ぎね。
「今日と明日しか練習できないのだから、もっと気を引き締めてやってほしい」
なんであんなに気合が入っているのかしらね。
あ、婚約者にいいところを見せたいとか?
確か、私達より一つ下よね。きっと見に来るのね。
「指揮者が下手でやりづらいんだよな」
わざとらしく、誰かが言った。
誰よ。そんな事を言うのは。思ったよりレオンス様の指揮者の姿は、様になっているじゃない。
上手なのかはわからないけど。
「もうしわけない。これでも練習はしたのだが」
とっても申し訳なさそうにレオンス様が言う。
「なるほど。では、君が指揮をしてみるか? レオンス。君はヴァイオリンは弾けるな」
「「え……」」
イルデフォンソ殿下の言葉に、レオンス様と文句を言った二人の驚きの声が重なった。
「イルデフォンソ殿下。ちょっと落ち着け。彼に指揮者をやらせても意味はない。そこまで完璧を求めても無理だ」
「す、すまない。つい高ぶって。少し休憩しよう」
マルシアール殿下が助け舟を出すと、皆安堵する。
王子がやる気だと、やりづらいわぁ。
「レオンス。様になってる」
「笑いながら言われてもな」
エメリック様が声を掛けると、ホッとしたようにレオンス様が答えた。
だいぶ気疲れしているようね。
「レオンス様。大丈夫ですか?」
「まあな。もう少し考えて、練習を見に来ればよかった」
図書館に行くという用事がなければ、きっとそうしたのでしょうね。
休憩が終わり、また練習が再開された。
そしてまた、イルデフォンソ殿下がヒートアップしてくる。
もう同じ所ばかり……手が疲れてきた。
「ファビア、思いっきりずれている!」
「はい! すみません!」
ひぃ。気を抜いたからズレちゃった。って、あれ?
凄く注目されている?
って、レオンス様が睨んでる。
あ! イルデフォンソ殿下が呼び捨てで呼んだからだわ。
私があまりに下手なせいかファビア嬢と呼んでくれなくなったのよね。いや、普段はちゃんと嬢をつけて呼ぶんだけど。
イルデフォンソ殿下は、今の失態? を気づいていないのね。
人前で呼び捨ては、親しい間柄の時のみ。異性に関しては、家族か婚約者以外は、一般的にはない。
まあ先生などが生徒を呼び捨てというのは、ありみたいだけど。それでも、人前ではしない。
結局、そのまま練習が進み、不機嫌顔になったレオンス様にイルデフォンソ殿下以外は、やりづらそうにしていたのだった。
――◆――◆――◆――
呼び捨てってどういう事だよ!
いつの間に、そんなに仲良くなったんだ。
くそぉ。こんな事なら図書館などに行かずに練習に参加するんだった。
まあ今回は、迂闊だったのは認めよう。
指揮者でも色々やり様はあると、高を括った俺の失態だ。
俺を使ってルイスの姉であるクリステル嬢を貶める為だったみたいだしな。
ルイス自身ではなく、姉である彼女を貶める事によりルイスに復讐か。
自分自身より家族に被害が及ぶ方が、ルイスにダメージが大きいのは確かだ。
練習に参加しなくても大丈夫ですと言ったとはいえ、ずっと参加しないとは思ってはいなかっただろうけどな。
「おい、レオンス侯爵令息」
「うん? 何かごようですか」
ルイスが俺を睨みつける様に話しかけて来た。
相手の方が爵位が上だと面倒くさいな。
「まさか、姉上を嵌めたわけではないだろうな」
「私が、そんな事をして何か特になりますか。それより、本番の舞踏会に何かあるかもしれません。ご用心下さい」
囁くようにルイスに告げ、ムッとしたままのルイスから怯えた様子を見せるファビアのもとへと向かう。
「あ、あれは、怒りが爆発して嬢をつけ忘れただけなの!」
と、俺が近づくと一生懸命言い訳をしている。かわいい。
「ふーん」
「そこまで怒らなくてもいいじゃない」
「機嫌直るおまじないがほしい」
「え……」
馬車の中、隣に座りファビア側の自身の頬を指さし言えば、顔を真っ赤にする。
そして、ほっぺにチュのおまじないをしてくれた。
もうかわいいから、許す!
許すまじは、イルデフォンソ殿下!
人前で呼んでいいのは、俺だけだ。
――◆――◆――◆―― レオンス




