第31話
「普通、断らない? なんで受けちゃうかな」
ムスッとした顔つきで、隣に座るレオンス様が文句を言う。
仕方がないじゃない。あなたとの婚約は秘密なのだから。
リサおばあ様に、学園で起こった出来事を話し、ネメシオ様を諦めさせて欲しいと告げれば、だったらいい機会だからデートしておいでとセッティングされた。
もちろん、デートの相手はレオンス様。
「断ったわよ。でも食い下がるし、クラスメイトが煽るし。ないとは思うけど、既成事実を作ろうなんて考えられたら嫌じゃない」
まだ私は12歳だからないとは思うけど、貴族社会ではあり得る話だと習った。
婚姻まで純潔を保つ。初婚なら当たり前の常識。まあ貴族だけの話みたいだけどね。
平民は好きな人同士が結婚するようだから。
「いいか! 変な事されそうになったら、魔法をぶっ飛ばせ!」
慌ててそう言うレオンス様。
それしたら私、魔法博士になれなくなっちゃいます。
「心配してくれてありがとう。でもあなたと婚約していると知れば、諦めるわよ」
って、言っていいならあの時に言ったのに!
まあ、内緒にさせるようだけどね。嘘でごまかすより、事実を伝えた方がいいだろうとなった。
「ファビア嬢! ……って、あれ? どうして君がここに」
私を見つけたネメシオ様が嬉しそうに駆け寄って来たけど、隣にいるレオンス様を見て、驚きの表情をする。
「どうも。いつぞかぶり。一応自己紹介するよ。私は、レオンス・タカビーダ。彼女の婚約者だ」
「は? どういう事?」
「そのままその通りだよ。ファビアと婚約したんだ。残念だったね。一足遅いどころか無駄足だったって事だよ」
「それって、すでに決まっていたって事?」
凄い形相でネメシオ様が、私達を見た。
わぁ。かなりお怒りだ。
レオンス様が、そんな言い方するから余計によね。
「ご、ごめんなさい。内緒にするように言われていて……」
「へえ。で、婚約式は行ったの?」
何この人、引く気ないの?
婚約には二種類ある。穏便に婚約解消できる婚約と、出来ない婚約。
前半は、一応婚約はしたけど世間には公表せず、内々で婚約解消しても家名に傷がつかない。
レオンス様が、前回行った婚約ね。
一方、婚約式を行って世間に婚約しましたと宣言まですれば、必ず結婚しますと言った事になり、普通は婚約解消はあり得ない。
侯爵家などは、トラブルを避ける為にも婚約式を執り行う事が多い。
つまり、今現在のこの様な状況を避ける事ができる!
「行いますよ。彼女が魔法学園を卒業後に」
「結婚ではなく、婚約式をですか?」
「えぇ。私達は、あなたと違ってまだ若いですから、貴族学園に通う予定なのです」
だから煽らないでってば!
もうなんで、そこまで突っかかるのよ。
「ファビア嬢、本当なのですか?」
「えぇ」
「というか嘘だったとしたら、君とは結婚する気はないって事だろう」
「レオンス様!」
私は、いい加減にしてとレンス様を睨みつける。
まだ彼とは学園で顔を合わせるのよ。平穏な学園生活を送りたいのだからやめてよね!
「どうして? あなたなら彼女でなくてもいいではないですか。もっとあなたには相応しい人がいます。彼女を僕に下さい」
「はい!?」
何を言ってるのこの人!
相手は侯爵令息よ。
「お前、俺に喧嘩売ってるのか!」
「わぁ。レオンス様、地が出てるって」
胸倉を掴む勢いのレオンス様を慌てて止めた。
「あなたなら選び放題ではないですか! 家督を継がないとしても、侯爵家と同じだけの権力を持てるのだから!」
「あぁそうかよ。でも俺は、そういうので相手選んでないから。俺は、ファビア個人を選んだんだ」
「……それって好きになったって事? ファビア嬢は、それでいいの?」
「え?」
「無理やり……」
この人、なんなのよ。私が無理やり婚約させられているように見える? あなたに迫られて困っている様には見えないの?
「あぁもう! 無理やりはあなたではありませんか! 断っても断ってもしつこく誘ってきて。本当に迷惑! ちゃんと諦めて頂く為に、本当の事をお伝えしているのです。私も彼がいいので、ご心配はいりませんわ。もちろん、家柄関係なく!」
「………」
「へえ。俺がいいのか~」
「はい!?」
凄くご機嫌になってる……。なるほど、レオンス様が機嫌が悪い時には、褒めるのがいいのね。
「……なにこれ。内緒だとは言え、もう決まった方がいますって、最初から言ってくれればいいじゃないか。そうしたら最初から違う相手を探したのに!」
いやネメシオ様、あなたにそう言ってもきっと、断る為の口実だとか言って信じてくれなさそうです。
断る口実を言っている時点で、ダメだと諦めてくれる方ではなさそうなので、こちらは困っているのではないですか!
「最初から言ったら諦めていたか? 俺にはそうは思えないけど? これ以上ファビアに近づく様なら、貴族お得意の権力を使って、学園を追い出すぞ」
レオンス様が本気顔なのですが。
「う……」
「一つ言わせていただくと、レオンス様とダメになったとしても、あなとだけはないわ」
彼は愕然として項垂れた。きっと、プライドが高い方だと思う。子爵家で、Bクラスになったのだもの。
魔法博士になればいいという考えだけではなく、優位に立ちたいと思っていたのでしょうね。
でも現実は、Bクラスになっても優位に立てなかった。同じクラスの伯爵令息に小ばかにされ、見返したいと思っていたはず。
婚約相手も見つからなかった。きっと伯爵令嬢を狙っていたのでしょうね。高望みをした結果、卒業までに婚約出来なくなりそうになり、保険で声を掛けていた私に狙いを定める事にした。
あの時断らなかったから、このまま強引に行けばと思っていたが、婚約者がいてしかも相手は侯爵令息。
それでも諦めきれなかった。何せ結婚出来なければ、男爵と同じ権力しかない。
私には、それだけで十分だと思うのだけどね。




