6話 統一歴1216年 秋 町の人々との出会い
田んぼを横切って東西に流れる川を横切っておかれた飛び石をおっかなびっくり渡り終えて、さらに南へ向かうと、遠くの田んぼで作業をする人が現れた始めた。
「これは、ご隠居様~!お久しぶりです~。」
農作業しているおじさんが大きく手を振って、こちらに近寄りながら爺さまに声を掛けてきた。
「田吾作か~。久しいのぅ。みな元気でやっておるか?」
「はい。お陰様で、長男はもう結婚して先月孫も生まれました。」
「あの鼻ったれ小僧だった田吾作にもう孫が生まれるか!お主もいよいよ爺の仲間入りじゃな。」
「なぁに、わしはまだまだ現役ですぞ。冬の間に、もう一人くらい子供をこさえますから、そのときはまた名づけ親をよろしくお願いします。」
田吾作さんが、ニカッと笑いながら、こぶしを握った右腕を体の前で突き上げてみせると、爺さまがあきれた顔で答えた。
「はぁ、おぬしはまだ若いのう。まぁ、そのときにわしがまだ生きておったらな。」
「何を言いなさる。ご隠居さまこそ、小さな子をお連れじゃないですか。いや、まだまだお盛んですなぁ。」
「これ、年寄りをからかうでない。この子は…、まぁ、天からの授かりものじゃ。太郎、こやつはここらあたりの農民をまとめとる田吾作じゃ。挨拶をせぇ。」
爺さまに言われて、田吾作さんの方を見てぺこりと頭を下げて挨拶をした。
「はじめまして、田吾作様。太郎と申します。よろしくお願いします。」
「あれ!こりゃ半兵衛様に負けず劣らず賢そうなお方で!わしはここら辺の5軒の農家のまとめ役をやってる田吾作です。ご隠居さまもお江さまにも昔からお世話になりっぱなしなもんで、何かあったら力になりますんで、いつでも言いつけてくだされ。」
田吾作さんも、ペコペコしながら挨拶を返してくれた。賢そうって言われちゃった。照れる。えへへ。
「うむ、今日は先を急ぐでな。またゆっくり話そうぞ。田吾作、ではな。」
「へぇ、お江さまにもよろしくお伝えくだせぇ。」
それからも、誰かと出会う度にみんなが「ご隠居様!」「ご隠居様!」と声を掛けてきてくれるに挨拶を返しながら町へ向かって歩いていった。爺さまがみんなに慕われてるのが嬉しくて誇らしくてお尻がむずむずした。
しばらく歩いて田んぼを抜けると「中山道」という街道に出た。街道は山にあるような獣道とは違って、両脇に木が植えられてて、五人以上の人が横に並んで歩けそうなくらい広くて、砂利でしっかりと踏み固められてた。これも人が作ったんだ。やっぱり町の人たちはすごい!
街道に出てから西の方へ進んでいくと、ちょっとずつ道幅が広がって街道沿いの建物が多くなり、行きかう人の数もどんどん増えていった。生まれて初めて見るたくさんの人にびっくりしながら歩いていると、気づいた時にはすでに建物が密集した町の中に入っていた。町の中では誰もが爺さまに声を掛けてくるわけではなかったけど、それでも爺さまに声を掛けてくる人がたくさんいて、だんだん爺さまのまわりに人だかりができてきた。
「ご隠居様!お久しぶりです。今回は何日くらい滞在されるのですか。ぜひうちの宿にいらし…」
「いや、それなら飯はうちに来てくださいよ。ちょうどさっき伊勢からまだ生きてる大きな海老が届いたところで、ぜひご隠居様にご賞味してもらいたく…。」
「おい、伊勢屋!そんなゲテ物をご隠居様にすすめんじゃねぇよ。」
あまりの人の多さと、みなが一斉にしゃべりだす声にびっくりした。子供たちじゃないけど、これが佐助さんがいってたうじゃうじゃ集まるってやつか。うじゃうじゃの真ん中にいるからか、だんだん息が苦しくなってくる。俺はここで佐助さんの死骸みたいになっちゃうのかなと考えて、だんだん頭がくらくらしてきたところで、よく知った声が聞こえてきた。
「ご隠居様!今日到着でしたか!というか、太郎も来たのか!」
「佐助さん!」
「おぉ、太郎。町で会うのは初めてだな。いや、なんだか顔色が悪くないか?」
死骸になってなかった元気な佐助さんは、近づいてくるなり俺の目線まで屈んで顔色を見て心配してくれた。
「ちょっと、たくさん人がいるのにびっくりしちゃって…。」
「こりゃいかん。ご隠居様、とりあえず屋敷まで太郎を連れて行きましょう。」
「おっ、太郎、大丈夫か。みな、すまんの。今日のところは、ここで一旦解散じゃ。」
それから、佐助さんが俺の背嚢を肩に担いだ上で、俺を抱きかかえて、大きな門をくぐった先にある立派な屋敷へと運んでくれた。よく知った人に会ったことで安心できたのか、屋敷に着いたころにはもう気持ちも落ち着いていたんだけど、念のためということで、屋敷の庭に面した縁側に腰を掛けて少し休ませてもらうことになった。
「太郎、気が付かんで悪かったの。」
「ううん。俺、爺さまがみんなから慕われててすごく嬉しかったんだ。」
爺さまが謝ってくれたが、嬉しかったのも本当だ。それにしてもあんなにたくさんの人が同時に話し出してびっくりした。爺さまくらいになったら全部ちゃんと聞き取れるのかな?
「山を出たのも初めてじゃし、人がたくさんいて驚いだじゃろ。」
「うん。あんなにいろんな人がいっぺんにしゃべるなんて思わなかったから、誰の声を聴けばいいのかわかんなくなって頭がくらくらしちゃった。」
「だよなぁ。太郎は今までほとんど人に会ったことなかったからなぁ。これからはちょくちょく町に降りてきて慣れてかないとな。」
「うん。」
佐助さんが、慰めてくれて、ついでにまた町にくる機会があるように誘ってくれた。次に来る時までに人の多さに慣れていかないと!
それから爺さまと佐助さんは、山から持ってきた荷物を屋敷の人に渡してくるからしばらくここで待つように、といって荷物を持って屋敷の裏手の方に歩いて行った。
一人で縁側に座って待っていると、屋敷の庭に何本か植えてある松の木の陰から、6人の子供がこちらを覗いているのが見えた。
『おい、あいつ誰だ?』
『ご隠居様と佐助さまと一緒だったから、山にいるっていう太郎って子じゃないの。』
『ふむ。そう考えるが妥当だな。』
『太郎氏って、佐助さまが言ってた何でもできるすごい子のこと?』
『見た感じ、そんな風に見えないけどね。』
『あっ、気づかれた!』
隠れている子供たちの方に、俺の方から声を掛けた。
「や、やぁ、こんにちは。おれ太郎。七歳です。山から来たんだ。」
緊張して挨拶をすると、四人の男の子と、二人の女の子が木の陰から出て、こちらに歩いてきた。
まず、他の子供より一回り大きくて、しっかりしていそうな男の子が上品な礼をしながら挨拶を返してくれた。
「太郎殿、拙者は武藤源三郎と申す。お主のことは佐助さまから聞いておった。よろしく頼む。」
源三郎くんが挨拶をすると、その隣にいた人懐こい感じの男の子が続けてしゃべりだした。
「私は、源三郎兄上の弟で、源二郎です。同じ歳だから仲良くしようね。」
「喜兵衛さんの息子さんたちだよね。佐助さんから聞いてるよ。よろしく!」
「俺は、江間小四郎、九歳だ。こっちは弟の五郎だ。喜兵衛様の屋敷で世話になってる。」
「俺、五郎。俺も源二郎と一緒で太郎と同じ歳だよ。よろしく~。」
続いて、ちょっとぶっきらぼうの感じだけど、笑顔に愛嬌がにじみ出てる小四郎くんと、かわいい顔をしていて調子が良さそうな五郎くんが挨拶をしてくれた。
「2人は伊豆ってところから来たんだっけ?伊豆がどこなのかよくわからないけど…。」
「よく知ってるね。でも、俺も伊豆がどこなのかよくわかってないんだ。あはは。」
五郎くんが、調子よくニコニコ笑って答えてくれた。
「山には子供は俺しかいないから、佐助さんから聞いて、会ってみたいなぁってずっと思ってたんだ。よろしくね。」
「おう、仲良くしようぜ!」
小四郎くんがニカッと愛嬌のある笑顔を見せてくれた。みんないい人たちみたいだ。最後に、四人の男の子の後ろに隠れていた女の子二人が前に出てきて挨拶してくれた。
「わたしは、小松。こっちは、お阿波ちゃん。わたしたちは町で商売をしてる商人の子なんだけど、佐助さんに誘われて、半年くらい前から、みんなと一緒に手習いを教わってるの。よろしくね。」
「お阿波です。よろしく…。」
「はじめまして。太郎です。よろしくね。」
ハキハキしていて明るいのが小松ちゃん、おっとりしていて優しそうなのがお阿波ちゃん。よし、覚えた!2人とも俺と同じくらいの背で、歳も同じ七歳だった。
人懐っこそうな源二郎くんがニコニコしながら聞いてくる。
「ねぇ、太郎氏ももう二桁の掛け算までできるって本当!?この中で二桁の掛け算がちゃんとできるの、まだ兄上だけなんだよね。」
「うん、掛け算はたくさん練習したらからわりと得意だよ。」
おぉ~!という反応でみんなが驚く。だ、大丈夫だよね。掛け算なら二桁かける二桁までちゃんとできるようになったし…。
「すげぇな。太郎はまだ七歳だろ、俺より二つ下なのに。」
「あら、私も掛け算できるわよ。ににんがし、にさんがろく、にしが…」
小四郎くんの言葉に、小松ちゃんが二の段をそらんじ始めると、五郎くんがさえぎった。
「小松は一の段と二の段だけだろ。俺は九の段まで全部できるぜ。」
「でも、五郎くん、この間の七の段の試験の時、こっそり手に書いてたの読んでたじゃん。」
「べ、別にいいだろ。ばれなかったんだから。七の段は難しすぎるんだよ。」
確かに七の段は難しいよね。俺も何度も間違えた。七の段で躓くのは俺だけじゃなかったんだ。良かった。すぐに、源三郎くんが、五郎くんに注意を始めた。
「確かに七の段は難しいけど、試験のときに手に書いたの読んじゃ駄目だろ。すぐにズルをしようとするのは良くないぞ。」
「でもさぁ、大切なのは間違えないように計算するってことでしょ。実際に仕事に使うとなったら、間違えるくらいだったら何かに書いたのみて確かめた方が良くない?」
五郎くんの意見も確かに少し頷ける。まぁ、九九はちゃんと覚えておかないと、その先の計算ができなくなるから結局は覚えないとだめだけど…。でも、それを言おうと思っても、話がポンポンつながっていくから、なかなか会話に入る隙がない。
「お前は屁理屈だけは達者だよなぁ。兄としてどうかと思うぞ。」
「でも、兄者だって九の段のとき手に書いてたよね。」
「しかも、それが佐助さまにばれて、おやつ取り上げられてたね。ふふふ。」
「むぅ。あのときのおやつ、うまそうだったのに…。」
小四郎くんが、そのときのお菓子を思い浮かべているのか目をつぶって苦悶の表情をしていると、五郎くんがそれをからかった。
「兄者はいつも詰めが甘いんだよね。もっとうまくやらないと。」
「ほう。五郎はいつもうまくやれてるんだな。」
「まあね!俺は兄者とは違って、今日だって…って、あれ」
俺たちの後ろから近づいてきていた佐助さんが、背後から五郎くんのこめかみを両手のこぶしでグリグリし始める。
「い、痛いよっ!えっ、さ、佐助さま!」
「『今日だって』って、何をしたんだ?その続きを聞かせてもらおうか?」
「えっ、俺、今日はまだ何にもしてないよ~。」
「さっき何か言いかけてなかったか?」
佐助さんは、力を緩めずグリグリし続ける。
「い、いててっ!あ、あれは、今日だって…、て…、手習いを早く終わらせて、空いた時間で、太郎くんから修練のコツをいろいろ聞くんだって、言おうとしたんだよ~。」
「本当か?五郎はこういうときだけは、びっくりするほど頭と口が回るからなぁ。」
「本当だよ~。離してよ~。」
佐助さんが、手を五郎くんの頭から離すと、五郎くんはこめかみを手でスリスリさすりながら、涙目で訴えた。
「俺、何にも悪いことしてないのに、ひどいや!お詫びにおやつを一品増やしてもらわないと…」
「「「七の段…」」」(ボソリッ)
「ま、まぁ、佐助さんが反省してくれるなら、許してあげるよ。俺、寛大だから!」
五郎が斜め上の方を見ながらしらばっくれてる。ふふっ、あんなに声をそろえてボソッと同じことを言えるなんて、みんなの連携がすごい!いつもこんな感じで楽しそうなのかなぁ。俺も一緒に混じれるようになりたいな!
「太郎、ご隠居様がそなたを半兵衛様に会わせたいそうだ。だが、その前に、旅の汚れを落とさんとな。源三郎、太郎を水場で洗ってやって、半兵衛様のところへ案内してくれるか。」
「はい、佐助さま。太郎、こっちへ。」
「他の者は、もう手習いを始める時間だぞ。三ノ間で準備を整えておくように。」
「「「「は~い。」」」」
俺は、源三郎くんに促されてみなと離れて水場の方へ向かった。
「みなが騒々しくてすまんな。」
「ううん。いつも爺さまと婆さまと三人だけだから、にぎやかですごく楽しかったよ。」
「うむ。世の中にはいろんな人間がいるからな。ただ人には良い面だけでなく悪い面もある。ズルをするのは悪い面だ。マネはしないようにな。」
源三郎くんは、その見た目通りすごく真面目みたい。
「ふふふ。でも、五郎くんは味方にいる分には頼もしいよね。いざ戦いになったときは、相手にズルいと思われるようなことをしてでも、勝たないといけないから。」
「そなたは、すでに誰かと戦うことまで考えてるのか?」
冷静そうな源三郎くんが、びっくりした顔で聞いてきた。
「う~ん。例えば…、山で直接戦ったら絶対勝てないくらい強い獣でも、罠を仕掛ければ勝てるよね。それは、獣からするとすごいズルだけど、それを見抜けないと結局命を落としちゃうんだから、ズルして勝つのも、強いことのと変わらない気がする。」
「太郎殿は、その歳にして、なかなか柔軟なものの考え方をしているのだな。私は、父からもよく真面目過ぎて頭が固いと言われるのだ。ズルも強さか…。」
あんまりうまく説明できなかったけど、源三郎くんにはちゃんと伝わったみたい。
「でも、修練をズルをして手を抜くのは違うけどね。手を抜いて修練をさぼったら結局強くはなれないから。敵と戦いになったら最終的には相手のズルさを見抜ける頭が良さがあるか、相手のズルをものともしない力を持っている方が勝つと思うよ。」
「なるほど!自分を鍛える場面ではどこまでも真面目に取り組んで貪欲に強さを求め、相手に勝つのが目的の場合は、使える物は何でも使って何をしてでも勝ちにいくのか。言われてみればその通り。いや、勉強になった。」
源三郎くんに褒められちゃった。てへっ。まぁ、爺さまくらいになると、組手のとき、こっちが色々考えて何か仕掛けても、全部あっさりかわしてやり返されちゃうし…、婆さまなんか、こっちが何かを仕掛ける前に勝負を決められちゃうから、俺はまだまだズルしたくてもできないんだけど…。
水場まで移動して、水浴びをしてから、用意してもらったこざっぱりした小袖に着替えて、袴を履かせてもらった。それから源三郎に案内されて廊下を奥まで進んで、松の絵が描かれたふすまの前で、座るように言われた。
「半兵衛様、太郎殿をつれて参りました。」
「うむ。入れ。」
「失礼致します。」
源三郎くんが廊下に座ったままふすまを開け、「あちらへ。」とうながしてくれる通りに中へと進んだ。俺が部屋の中に入り、源三郎くんがふすまを閉じようとときに「源三郎も、こちらへ。」と声がかかると、源三郎くんは「はっ。」っと答えて、すっと部屋へ入ってからふすまを閉じた。源三郎くんの所作はキビキビとして上品な感じで格好良い。それに比べると。自分の動きがやぼったくてちょっと恥ずかしくなった。
部屋の一番奥でこちらを向いて座っている無表情のおじさんがたぶん半兵衛様で、その右手前にいる優しそうなおじさんがたぶん喜兵衛さん、その向かいに佐助さんがいた。爺さまが手前に座っていて、俺は手招きするので、その隣に座った。源三郎くんはふすまを閉めた位置にそのまま座っていた。
「半兵衛、この子が前々から話していた太郎じゃ。太郎、挨拶を。」
「はい。半兵衛様、はじめまして。爺さまに育てられている太郎です。七歳です。」
「うむ。すでに存じておるだろうが、私がこの町の領主をしている竹中半兵衛だ。そなたの言う爺さまの孫でもある。なので、そなたのことは親族と同様と考えておる。」
「あ、ありがとうございます。お役に立てるように頑張ります。」
「い、いや。そんなに気張らずともよい。まだ子供なのだから、のびのび生活すればよいのだ。」
半兵衛様は聞いていた通り、まったくの無表情の能面だったけど、優しい言葉をかけてくれた。パチパチ瞬きをしてるのは、慌ててるときだったっかな?
「太郎殿。わしは武藤喜兵衛と申す。すでにうちの息子たちとも会ったと思うが、息子たちはそなたと年齢も近い。仲良くしてやってくれ。」
「はい。先ほど六人と会いました。源三郎くんは言葉づかいも所作も綺麗で格好いいです。俺もあんな風になりたいです。」
喜兵衛さんが源三郎くんの方を見てにやりと笑った。
「所作が綺麗とな。源三郎、褒めてもらえてよかったじゃないか。」
「わ、私なぞ、まだまだです。」
「太郎殿、源三郎はな、これでなかなか、ええかっこしいでな。何度も何度も格好いい動きを考えては一人で黙々と練習しとるんじゃ。」
あの動きは練習の成果だったのか!俺にも教えてほしい!
「源三郎くん!こんど俺にも格好いい動き方、教えてください!」
「お、教えるなどっ!い、一緒に練習するだけなら、まぁ…。」
「よろしくお願いします!」
「ほっほっ。太郎、よかったの。」
「うん!爺さま。よかったです!」
それから一呼吸置いて、半兵衛様が落ち着いた声で話しかけてくれる。
「さて、太郎は山でどんな生活をしておる?」
「はい、半兵衛様。まず朝起きたあと、柔軟して田んぼ周りを走ってから、農作業をします。一段落したら、爺さまか婆さまについて山に罠の様子をみたり山菜を取りに行ったりして、山に行かないときは、爺さまから組手をならったり、婆さまから飛び道具を習ったりします。」
「ほう、太郎殿は飛び道具も使えるか。何を習っているのだ?」
喜兵衛さんが興味津々という感じで聞いてきた。
「いまは棒手裏剣と弓を練習しています。棒手裏剣は走りながら婆さまが投げた的を狙う練習をしてるけど、まだ三回に一回くらいしか当たらないです。弓は止まってる的ならだいたい当たるようになってきたけど、婆さまが投げる的に当てるのはまだ全然です。」
「なんと、動く的を狙う練習をしてるのか?」
「はい。婆さまが言うには、手裏剣や弓で狙われてるのに止まって待っていてくれる相手なんかいないから、動く的に自在に当てられるようにならなければ実戦では使い物にならないって…。俺もそうだなって思うから、まだ実戦では相手が油断して止まっているときしか使わないようにしてます。」
「ほう。なかなかに厳しく教えられているようだな。ひょっとして半兵衛殿も子供の折はそのように学ばれたのですか?」
喜兵衛さんが、半兵衛様に尋ねた。そういえば、半兵衛様も昔は爺さまと婆さまと一緒に暮らしてたって言ってたっけ。
「い、いや。私は子供のころは身体が弱かったからな。手習いは厳しく教えられたが、体術については手加減をしてもらっていた。七歳の子にそのような厳しい修練を課すとは…。いや、お婆さまならやりかねんか…。」
半兵衛様が、鼻の穴を大きく開いている。これは何の仕草だったかな?
「それで、修練の後はどのように過ごすのだ。」
「修練の後は夕飯の準備を手伝って、夕飯を食べた後は、爺さまから読み書きや算術をならってます。手習いが終わったら、爺さまや婆さまの手仕事とか、脱穀を手伝ったりして、最後、寝る前に錬成をしてから寝ます。」
喜兵衛さんからも質問された。
「ふむ、前に佐助殿から聞いたところによると、そなた学問もかなりできるらしいの。」
「はい。爺さまの持ってる本のうち、半分くらいは読めるようになりました。算術は難しくてまだ三桁の割り算がちゃんとできなくてそこで止まってます。」
「さすがの太郎どもも、算術は苦手か…。ん、三桁?二桁の割り算ならできるのか?」
喜兵衛さんが怪訝な顔をした。ちゃんとできるようになるまで、もっと割り算の勉強しておけばよかった。
「はい、二桁までだったらなんとか頭の中で考えられるんだけど、三桁になると数が大きくなりすぎてどこまで計算してたのか、わからなくなっちゃいます。」
「そ、それは大人でもそうであろう。では、七十二割る十八、これは答えられるか。」
「え~っと、ん~っと、たぶん四です。えっと、合ってますか?」
「む、合ってるぞ。では、六十三割る十四は?」
「え~っと、え~っと、ん~と、四、あまり七…ですか?」
「ははっ!わからん!適当に問題出したからな!ははっ!半兵衛殿どうだ?」
「…正解です。」
ちょっと自信がなかったけど、合ってた!半兵衛様は、すぐに正解がわかったみたいだけど、どのくらい計算できるんだろう。間違えにくいやり方とか教えてくれないかな?喜兵衛さんが興奮した感じで爺さまに尋ねていた。
「ほっ!すごいな、太郎殿は!ご隠居様は一体どうやって教えてらっしゃるんですか?」
「いや、太郎が次から次へと問題をねだるでの、たくさんやらせておって気が付いたらどんどん難しい計算までできるようになっておった。教えるこっちも大変じゃ。」
「いや、その歳でたいしたものだ!源三郎、上には上がいるの!」
「はい。私も太郎殿に負けぬよう精進いたします。」
どうやら、俺の算術は子供にしてはかなり上達していたみたいだった。爺さまや婆さまに恥をかかせなくて済んで、ちょっとほっとした。
「うむ。太郎殿と一緒に過ごせば、子供たちにもいい手本になりそうだな。どうだ、太郎殿、このまま町で過ごしてみないか?」
「えっ、町で…。」
一瞬、源三郎くんたちと一緒に楽しく過ごすのを考えて心が動いたけど、山で待っている婆さまのことが思い浮かんで、すぐにそれをかき消した。
「町も楽しそうだけど、まだまだ爺さまや婆さまから学びたいこともいっぱいあるし、爺さまや婆さまと一緒にいたいから、町にはいられないです。ごめんなさい。」
「まぁ、そう言われると至極当然だな。この歳の子を育て親から引き離すわけにはいかんか。」
喜兵衛さんが残念そうな顔でそう言うと、佐助さまが声を上げた。
「喜兵衛様、それなら太郎をこちらに来させるのではなく、源三郎たちを山に送ってしばらく生活を共にさせてみてはどうでしょう。」
「佐助!それはなかなかいい案だな。ご隠居様、山で子供らを預かることはできませぬか?」
「ふむぅ、太郎に友ができるのはありがたいが、山の家はそこまでに広くないし、山の生活は過酷じゃからのぅ。今でこそ、太郎も山の中をそこそこは歩けるようになったが、子供らの足では山の家までたどり着くのすら難しいと思うがの。」
たしかに俺も山に慣れるまで何カ月も家の近くで歩く練習したし、普段、町で生活してる源三郎くんたちが山まで来るのは大変そう。爺さまは、あんまり乗り気じゃないみたい。残念…。でも、佐助さんが粘ってくれた。
「では、まずは年嵩の源三郎と小四郎の二人のみを送るのはどうでしょうか。日頃から私が鍛えているので、ある程度の体力は付いています。とりあえず、途中の山小屋まで私も一緒に連れて行ってみて、その時点で無理そうであれば引き返させましょう。」
「ご隠居様、差し出口、申し訳ありません。是非、私からもお願いしとうございます。短い時間でしたが、さきほどからしばらく太郎殿と接し、どうしても共に学んでみたくなりました。」
源三郎くんも山に来たいみたい!小四郎くんも一緒に山に来られたら楽しくなりそう!俺がワクワク期待した目で爺さまを見ると、爺さまがやれやれという顔で、源三郎くんの方に顔を向けた。
「ふむぅ…、そうじゃのぅ…。では明日、そなたと小四郎…じゃったか、2人がどれほどの力を持っているのか試させてもらおう。その上で連れて行くかどうかを判断させてもらうことにする。半兵衛、それでよいな。」
「それでようございます。」
やった!二人と一緒に山に行けるかもしれない!
「ご隠居さま!あと一つよろしいでしょうか?」
「なんじゃ、源三郎。」
「明日の試験、できれば、源二郎と五郎も受けさせてもらえないでしょうか。そしてもしよろしければ、太郎殿にも一緒に参加していただけると、皆のよい刺激になると思います。」
なんと!俺も一緒に試験に参加できるみたい!面白そう!その提案に佐助さんも後押ししてくれる。
「なるほど!ご隠居様、私からもお願いします。最近、源三郎以外の三人は修練に慣れてきたからか、どうにもたるんでるので、ここで上には上がいることを骨身に沁みるくらいわからせてやるのも奴らのためになると思います。」
「わしは別にかまわんがの。太郎はよいか。」
「はい。私も同じ歳の源二郎くんや五郎くんと一緒に修練してみたいです。」
「では、決まりじゃの。」
なんだかするすると話が進んで、明日、みんなが山の家で過ごす実力があるかどうかを試す試験をすることに決まった。ふふっ、みんなと一緒に山に行けたら楽しいだろうなぁ。
その日の夜は、初めてたくさんの人に会って疲れてて、夕飯を食べさせてもらうと、すぐに眠くなり、夕食の後、半兵衛様たちの前で錬成をしてみせたら、眠気に耐えられなくなって寝所にいくこともできずにその場で眠ってしまった。