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第八話 コピー

●8.コピー

 顔色の悪い冴場は、船縁にしゃがみ込んでいた。

「あんた、今日はそれほど荒れてないのに、もう船酔いか」

合島孝三郎は見るに見かねてバケツを渡していた。冴場は、吐こうとしていたが、もう吐くものがなくなっていた。

「爺ちゃん、これじゃデジタル妖怪の第一人者も形無しだわ」

合島は冴場の背中をさすっていた。

「合島君は、こんなに大荒れで揺れているのに平気なのか」

「所長、これぐらいじゃ荒れのうちに入らないけど」

「嘘だろう。ゲボッ」

冴場は苦しそうに肩で息をしていた。

「平気なのは血すじかしら」

合島は祖父の方を見上げていた。

「美羽、この人と結婚するのかい。うちの婿には無理そうだな」

「えっ、爺ちゃん、そうじゃなくて、上司なんだけど」

「そうかい、しかし飛び切り新鮮なサバを食わしてやろうと思ったが、漁場はさっぱりだな」

孝三郎は魚群探知機のモニターを見てから海を眺めていた。


 漁船はまた別の漁場に移動した。この海域は穏やかで、船の揺れはほとんど抑えられていた。孝三郎は、いつもの手順で息子たちと共に巻き網をしていた。

「合島君のお父さんは、あの人か」

ようやく、立ち上がることができた冴場は漁師たちの作業姿を見ていた。

「いいえ、あれはおじさんで、その向こうの漁船でこっちを見ているのが父よ」

「2隻で漁をするのか」

「最近はそうみたい」

合島が言っていると孝三郎が苦笑しながら近寄ってきた。

「わしの勘が鈍ったかな。あの海の下にはサバの群れがあるはずなのにモニターを見ると何もなく、今度はモニターに群れが映っているのに、巻き網をしても空振りになる。これも温暖化のせいなのか。さっぱりわからん」

「ここに来た、目的が果たせそうです」

冴場はノートPCの電源を入れていた。

「あんた、孫娘の結婚相手ではなかったよな、さっそくこの魚群探知機をなおしてくれ」

「もちろんです。新鮮なサバが目的ではありませんから」


 冴場はノートPCの画面をじっくりと見ていた。

「お爺さん、ここで間違いないですか」

「うん。わしが直感と経験で絶対に群れがいると踏んだ海域はここだが、ご覧の通り魚群探知機は無反応だ」

「わかりました。合島君、サーチ・シーケンス126をクローズアップしてくれ」

冴場が言い終える前に画面が切り替わっていた。その一瞬、半透明の魚のようなノイズが見えた。

「やはり。いたぞ」

冴場は勝ち誇ったような表情になっていた。

「冴場さん、何がいたのですかな」

孝三郎は、目が泳いでいた。

「ウオノタンチがいました。これはデジタル妖怪の一種でして、魚のような半透明な姿を持ち、デジタル・ノイズやピクセルで構成されています。光る大きな目が特徴で、長い尾の先からデジタルノイズ放出することもあります。魚群探知機に潜み、魚群を見つけやすくしたり隠したりして魚群データを操作することができます。非常に気まぐれな性格で、いたずら好きとして知られています」

冴場はきっぱりと言い終えた。

「…なんだかわからないが、そんなものがなんで、わしの探知機に忍び込んだんだろう」

「近年の温暖化で漁場が移動しているので、それに追従して混乱させているようです」

「迷惑な話だ。冴場さん、何とかしてくれ」

孝三郎が言っている最中、漁船の無線のスピーカーのノイズが徐々に大きくなってくる。

「それだけではない。海水温が上昇し、群れや漁場が動いてしまうのは、人間の所業によるものだ。少しは懲らしめて、やらねばならぬ」

無線のスピーカーから漁師っぽい男性の声が聞こえてきていた。孝三郎は目が飛び出しそうになっていた。

「ウオノタンチ、お前の言うことはわかるが、ここにいる漁師さんたちを困らせても何の解決にはならんぞ」

無線のマイクを持つ冴場。

「ほざくな。何もしなければ、愚かな人間は改めないだろう。できることからやっているまでだ」

「そう言うがな。人間もできることから対策は始めているのだぞ」

「効果的ではないようだ」

「しかし、もっと他のデジタル妖怪に働きかけて、政治でも動かすとかないのか」

「それを言うなら、人間の数を減らせば、良いというゾルタクスの提言がある」

「…ゾルタクスか…、お前は接触したことがあるのか」

「……」

別のノイズが大きくなり、言葉らしいものは何も聞えなくなった。それと同時に魚群探知機のモニターが、サバの群れを示していた。

「所長、ウオノタンチのデジタル・データがどんどん遠のいていきます」

「何か不都合でもあるんだろう。姿をくらましたか。まぁ、これでこの魚群探知機は正常になったな」


 「所長、ここの海鮮丼はお得だわ。やっぱ漁港近くの道の駅は、いいですね」

合島はウニといくらを頬張っていた。

「ん、どうもNFT的に曖昧で辻褄があわない」

「とにかく魚群探知機のウオノタンチは追い出せたし、解決じゃないですか…、所長、あのぉ、そのマグロ丼は食べないんですか。まだ船酔いで食欲がないのなら、あたしが食べますけど」

合島が箸を伸ばしてきた。冴場は、素早く彼女の手の甲を叩いていた。

「再度データを分析してみたのだが、あのウオノタンチはオリジナルてはなくコピーの可能性がある」

冴場は自分の箸でゆっくりと一口だけマグロ丼を口にしていた。

「デジタル妖怪ですよ。そんなことできるのですか」

「ゾルタクスなら、できるかもしれない」


冴場たちは漁協の職員と共に漁港に停泊している漁船の魚群探知機を一つ一つ調べていた。

「冴場さん、この船の魚群探知機にウィルス感染の兆候はありますか」

漁協の若い男が冴場の後ろから声をかけていた。

「これで5隻目だが、ウオノタンチの痕跡は見られる。西原さん、この漁港の船は全部で何隻でしたっけ」

「16隻です」

「とするとだいたい3分の1の船にいたことになる」

「所長、でも一匹が次々に移動していることはありませんか」

「ない。ログデータを分析したところ、同時刻に5隻に存在している。これはやはりコピーという結論に至る」

「あのぉ、それで冴場さん。それぞれの魚群探知機に問題はあるのですか」

西原は早く終りにしたそうな顔をしていた。

「全て、いなくなっていますから、問題はありません。しかしまた、いつ忍び込むかは予測がつきません。とりあえずウィルス除去ソフトで侵入時間を手間取らせるしかなさそうです」

「他に調べることはありますか」

「いいえ。これで調査は終了です。どうもありがとうごさいました」

冴場が言うと途端に笑顔になる西原。


 「ゾルタクスという奴はデジタル妖怪のコピーを味方にしているようだが、まだ完全ではないらしい。そこまでは、わかったが、早い所、地球から追い払わないと、面倒なことなるな」 

「所長、あたしたちに味方してくれるデジタル妖怪はいるんですか」

「今のところゼロだが、ナビスコンあたりから説得してみるか」

冴場は漁協の駐車場からデジタル妖怪ラボのミニバンを出そうしていた。


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