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第七話 売名行為

●7.売名行為

 「合島君、さっきもこの道を走っていないか」

助手席に座る冴場は、ゾルタクスのデジタル・データをノートPCで分析しながら、時折外を見ていた。

「えぇぇ、そうかしら、カーナビの通りに運転してますけど」

「時間的にみて、そろそろ着くはずだが」

「街並みや道路が似てますが、ちゃんと進んでますよ」

「合島君、そこのドラッグストアの駐車場で停まってくれ」

「所長、トイレですか」

合島がハンドルを切り、ラボのミニバンは駐車場に入っていった。

「あそこに停まっている車は、さっきもここに停まっていたぞ。ぐるぐる同じところを回っている」


 駐車している車内でノートPCのキーボードを叩いている冴場。

「どうしたんですか。所長が行かないなら、あたしがトイレに行って、ついでに飲み物でも買ってきます」

「ちょっと待て。見つけたぞ。これを見ろ」

「なんですか。これ」

合島が覗いているノートPCの画面には、角の生えた駕籠かき人足の姿が映っていた。

「ナビの邪鬼だ。横柄な性格で正反対の道案内をしたり、狡猾に騙して道に迷う人間を見るのを大好物としているデジタル妖怪だ。危険な運転を誘うこともあるし、渋滞している道に導くこともある。しかし全て反対なことを理解すれば、正しい道案内になり、安全でスムーズな運転ができる面もあるのだ」

「誰だ、わしのことを噂している奴は…」

独特の低い声が車内のスピーカーから響いてきた。

「いつの間に、俺の車のナビに棲み付いた」

「いつでも良いだろう。俺様の勝手だ」

「生憎だがな、俺はお前の言うことが全て正反対なことを知っているから、全然喜びは得られないぞ。棲み付いても結構だが、お前が欲求不満にならないかが心配だよ」

「そうかな。浅はかな人間よ」

ナビの邪鬼はせせら笑っていた。

「所長、悠長なこと言ってないで、さっさと退治しましょうよ」

「放って置け、この後は俺の言う通りに運転しろ」

「それでしたら、所長が運転してくださいよ」

「いや、君には優秀な助手としてナビの邪鬼に慣れてもらいたいのだ」


 「その先の交差点を右に曲がってください」

カーナビ本来の女性の声がしていた。

「合島君、左折だ」

「聞えないのか、そこは右だ右折しろ」

ナビの邪鬼の怒鳴り声が聞えてきた。合島は左にハンドルを切っていた。

「なんか、遠回りしているようですが」

「距離的には遠くても時間的には早いはずだ。ナビの邪鬼の反対を行っているから間違いない」


 「その土井晴翠って、どんな人物なんだ」

「陰陽師で高い地位にある家系の当主だからプライドが高くて全てに厳しいそうよ」

合島はハンドルに手を置いたまま言っていた。

「向こうさんから、話があるって呼び出しておいても時間に厳しいのかな」

「とにかくゾルタクスを見たことがあるって言うし、特別な霊力の持ち主だから、機嫌は損ねないようにしないとダメじゃないですか」

「そうだな、それじゃ、急がないと」

冴場たちが乗るミニバンはノロノロと進んでいた。


 「そのまま直進して、高速に入ってください」

カーナビの女性の声。

「所長、どうします。どう見ても下の道は渋滞してますし、高速の方が早そうですが」

「…そう見えるかもしれないが滞っていても流れている、たぶん高速に乗れば、事故渋滞にはまるかもしれない」

「でも、入口には事故渋滞の表示がありませんけど」

「とにかく、俺の言う通りにしてくれ。高速に入るな」

「わかりました。ああ、でももう遅かったです」

合島がウィンカーを出しても隣の車線の車は道を譲らなかった。冴場がパワーウィンドゥーを開けて手を出して合図していた。すると後続の車が速度を落としてくれた。

「合島君、ほら行けるぞ」

冴場が言うとミニバンはすんなりと隣の車線に移動できた。ちょうどその瞬間に入口に事故渋滞が表示された。合島は気付いていなかったが、冴場はニヤリとしていた。


 冴場たちのミニバンは、土居晴翠の研究所に約束の時間の5分前に到着した。研究所は新興宗教の道場のような建物で敷地内では数人が円形に並んで空を仰ぎ見ていた。


 「あぁ、これはこれは。冴場さん、よくぞ、いらしてくれました」

土居は冴場に握手してきた。 

「何をしているのですか」

冴場は、作り笑顔を見せていた。

「ゾルタクスのUFOを呼び出しいる所です」

土居は揺るぎない自信に満ちているようだった。

「あのぉ、地球外にルーツがあるとしても、ゾルタクスはデジタル妖怪の一種だと思いますが」

「こんな方法で呼び出せないというのですな。これは陰陽師としての私なりの呼び出し方です。冴場さんたちには馴染みが薄いことで驚かれた思います」

「何らかのデジタル信号でないと、無理ではないかと…」

「まぁまぁ、とにかく中に入ってお話ししましょう」


 土居の信者と思われる女性が空になった湯呑を見るとすぐに新しいお茶を注ぎに来る。

「私は10年前からゾルタクスと交信を続けています。私が彼らの神託を受けて、皆に伝えることで、迷える者たちを救うことができました」

「10年前ですか。私の独自の分析によりますと、およそ2年程前に現われたと思われます。それ以前には、ゾルタクスのデジタル信号は一切確認できませんから」

冴場はどうも話がかみ合わないことに少し不安になってきていた。

「そうですか。それでデジタル妖怪業界で著名な冴場さんとコラボしたゾルタクス・イベントをこの夏に開こうと思うのですが、いかがでしょうか」

「イベントですか…、私はそう言うのは苦手でして」

冴場は合島の方をちらりと見ていた。合島は、そう言うこともあるのかなぁ、という表情で聞いていた。

「あぁぁ、合島君。次の予定はどうだ」

冴場は土居に見えないようにウィンクしていた。

「えぇぇ、予定ですか…」

「東都大学の学園祭の特別講演の打ち合わせの件だが、早まったよな、ほらぁ」

冴場は見えないように必死に合図を送っていた。

「あ、講演の打ち合わせは明日の夜ですよ」

「あぁぁ、ダメか、気づけよ」

冴場はため息をついていた。

「そうでしたか。それなら、充分時間はありますな」

土居は鬼の首でも取ったように嬉しそうにしていた。

「あのぉ、いろいろと準備がありますので」

冴場は苦し紛れの言い訳をしていた。

「そ、そうなんです」

ようやく合島が気付いてくれていた。

「そう、おっしゃらずに。まぁここは一つ、私の顔を立てて、今日はゆっくりと泊まっていってください」

土居の決意は揺るぎそうにもなかった。この間に信者たちが続々と現れ、歓待の準備を始め出した。


 「冴場さんたちは、ディナーの支度が済むまで、こちらでおくつろぎください」

土居はよく手入れされた日本庭園が見えるテラス席に案内した。

「何かお飲み物でもお持ちしましょうか」

「いや、大丈夫です。このところ寝不足だったもので、ちょっと寝ても良いですかね」

冴場はソファに深々と腰かけた。

「わかりました。私はこちらで失礼しますが、ディナーでまたお会いしましょう」

土居はゆっくりとその場を離れて行った。

 「ヤバそうな連中だな」

「豪華なディナーだ、なんてっ言って、眠り薬とか入れられないかしら」

「さっさとおさらばしたいが、あそことその向こうに、さり気なく見張っている奴がいるな」

「あの、庭を掃いている人たちですか」

「そうだ。妙な笑顔で目がイッてるし、根っからの信者だろう」

「どうしますか」

「俺に考えがある。ついて来てくれ」

冴場は、立ち上がると近くにいた信者にトイレはどこかと尋ねてから歩き出した。

 冴場たちは建物内の通路を歩いていた。すれ違う信者たちは、皆笑顔で会釈していた。

「所長、そっちはトイレじゃないですけど」

「わかっている。駐車場に行くんだ」 


 デジタル妖怪ラボのロゴが付いたミニバンに乗り込む二人。冴場は車の電源を入れるとノートPCのキーボードを素早く叩いていた。

「ナビの邪鬼、まだいるのか」

「…ん、電源を切られては、ネットに接続もできぬわ」

「あんたに、ちょうど良い、行き先が見つかった。そこで喜びを堪能してくれ」

「この駐車場にある車で俺らを追ってくるものがあれば、そいつのカーナビに侵入しろ」

「どういう風の吹き回しだ。まぁ、とにかくお前らの車にいては不満が募るから、行ってみるか」

「ど派手に頼む」

「そこまで言うのなら、楽しむとするか」

「ありがとう。恩に着るぜ」

冴場はそう言うと、エンジンをかけていた。

 「どうなさいました」

駐車場にいた信者が怪訝そうな顔をして近寄ってきた。

「ちょっと急用を思い出した。ここで失礼するよ」

「教祖のご許可はございましたか」

「あったような気がする。よろしく言っておいてくれ」

「教祖に逆らうとゾルタクスの罰があります」

「ご忠告、ありがとう。そんじゃ」

冴場は、ミニバンを急発進させた。


 暗い山道を下って行くミニバン。後続のヘッドライト群は、それぞれトンでもない方向に向かって行った。

「所長、もうゆっくりと走っても大丈夫そうですよ」

「そうだな。ナビの邪鬼の奴、さぞかし喜んでいるだろう。それにしても売名行為に利用されそうになるとは、注意する必要があるな」

冴場は、ハンドルを握り直していた。


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