第六話 地球外
「行列で有名な所なのに空いているわね。ラッキーだったわ」
合島はソフトクリームを舐めていた。
「天気が悪い平日だからな。しかし俺が清泉寮のソフトを食うのは何年ぶりだろう」
冴場もソフトクリームを舐めていた。
「所長、前にも来たことあるんですね」
「合島君なんかが好きそうな所だから、しょっちゅう来ているんだろう」
「あたしも久しぶりだけど…そうだ、ついでだから萌木の村と吐竜の滝に行きませんか」
「今日は遊びに来ているわけではないぞ。仕事があるからソフトクリームを食べたら行くぞ」
「はぁーい」
合島はちょっとつまらなそうな顔をしていた。
パソコンやモニターなどが雑然と置かれているデスクの前で、白髪がちらほら混じる男と名刺交換をする冴場。窓の外には八ヶ岳と敷地内に立ち並ぶ天体観測用のパラボラアンテナなどが見えていた。
「この清里キャバスは環境が抜群じゃないですか。私もこんな所で働きたいものです」
冴場は『長野工科大学清里キャバス特任教授・原島 亮』と書かれた名刺を名刺入れに入れていた。
「…実績を上げないとこのキャバスは閉鎖になるので、世の中は甘くありませんよ」
「天体観測で大発見でもしないと、ということですか」
「まぁ、そのようなところです。ですが、このところ観測機器の調子が悪くて、度々デジタル望遠鏡に妙なゴーストが発生しまして…」
原島は撮影した画像を見せていた。
「まさにゴーストですね」
冴場は一目見るなり、意気揚々としていた。
「うちの学生が東京の大学とサークルでつながりがあるもので、見てもらうなら冴場さんのラボが良いと言うもので、ご足労願いました」
「ということは東都大学のデジタル妖怪研究会ですか」
「はい」
原島がうなづいていると、教授の部屋に女子学生が駆け込んで来た。
「教授、そろそろ来る頃ですけど…。あぁ、もういらしてましか。あっあの、あたしは長野工科大学デジタル妖怪同好会の時田玲奈です。師匠のお噂はかねがねお聞きしてましたが、お会いできるのは光栄です」
時田は冴場に握手してきた。
「冴場さんたちは、ウィルスやバグなどを妖怪とか洒落て言っているようですが、まさか、本当にそんなことはないでしょうけど」
「教授、安心してください。このデジタル妖怪はデジスコンといもので悪さはしません。しかし頻繁に現れるとしたら、何か伝えたいことがあるのだと思います」
冴場の言葉に原島はあ然としていた。
「デジスコンは、デジタル望遠鏡と人間の姿を融合させた妖怪で、全身は銀色に輝くメタリックな質感で、頭部には巨大なレンズが付いています。レンズの中心には赤い瞳があり、周りには小さな電子部品やケーブルが絡みついています」
「まさにあのゴーストの画像とそっくりだ」
原島は冴場の言うイメージを想像していた。時田は興味深そうに聞いていた。
「人間では感知できない天体観測をしたり、インターネットや他のデジタルネットワークにアクセスし、情報を収集分析する能力を持ちます。科学者や天文学者たちを助けることを好みますが、彼の力を悪用しようとすると厳罰を与えます。このデジスコンがもたらす情報は非常に貴重で、正しく利用すれば新たな発見や革新的な技術の開発に繋がることが多いようです」
「歴史的な背景はどのようなものなんですか」
時田はスマホでメモをしようとしていた。
「一つエピソードがあります。ルーツはレンズ式の
望遠鏡の妖怪で、好奇心旺盛な天文学者が自分の望遠鏡に特
別なデジタル機能を付けようとしましたが、意図せずその望遠鏡が神秘的な力を持つ古代の遺物と融合してしまいデジスコンになったとされます」
「師匠、注意点はありますか」
挙手する時田。その場はデジタル妖怪の講義のようになっていた。
「弱点としては非常に高度な電子機器であるため、強力な電磁波やウイルス攻撃に弱く、古代の力とデジタル技術が融合しているので、時折暴走してしまうことがあるようです」
「あのぉ、それでうちのデジタル望遠鏡はどうなるのですか」
原島が申し訳なさそうに聞いてきた。
「まず、デジスコンを呼び出してみましょう。合島君、シーケンス・デルタ5で行こう」
冴場の指示で合島の指が素早くキーボードを叩いた。
10分程経過すると、教授の部屋のモニター画面にノイズが不自然に揺れ始めた。それが徐々にデジスコンの形になってくる。
「私をお呼びになったのは、あなたですか。それなりに知識がある方と拝察いたします」
デシスコンはゆっくり静かに言ってきた。
「そうだ。俺はデジタル妖怪ラボの所長だからな。何か言いたいことがあるのだろう」
「端的に申し上げますと、最近不審なデジタル・データをインターネット内でよくキャッチしますが、発信源は衛星経由となります」
「あぁ、あれか。ゾルタクスだろう。日本の妖怪や海外の精霊やモンスターなどにルーツを持たない発展形の新種でフェイク好きな奴だろう」
冴場は以前に遭遇したことを思い返していた。
「いいえ。私がこのデジタル・データを分析した結果、ゾルタクスは日本の妖怪や海外の精霊やモンスターなどにルーツを持たないことは確かですが、新種ではなく、地球外のデジタル妖怪と言えます」
デジスコンの声は極めて平板であった。
「本当にそうなのか。地球外ということはエイリアンか何かが作ったデジタル・データということだよな」
「見た目がヒューマノイド型のエイリアンでも中身はわかりませんし、地球に存在しない文字を使っています」
「所長、あのルーン文字のようなものですよ」
合島が言うと時田は羨望の眼差しを彼女に向けていた。
「ゲームやSFにありがちな見た目だし、デジスコンのデータ・バンクにないだけの未発掘の文字ということもあるが…」
「その可能性もありますが、思考形態などが異質で宇宙船の駆動システムが理解を越えています」
「宇宙船って、あれはフェイク画像だろう」
「物体を視覚的や電磁波的に見えなくするクローキング技術に優れていて、宇宙船は存在するものです」
「脅して喜んでいるだけではないというのか」
「はい。その目的は地球に住むものに恐怖を与え、様々な情報を抜き取り征服することだとしています。背景にある意図なども不明です。何らかの接触や交渉もしくは、対策をする必要があると言えます」
「わかったけど、そう言われてもな…」
冴場は、ゆっくりと腕組をしていた。合島と時田は冴場の方を見てから黙っていた。
「あのぉ、私はこのまま観測をしていて、問題ないのですか」
原島は突然の展開に複雑な表情を浮かべていた。
「教授は観測を続けて大丈夫ですが、ことによると、とんでもないことの始まりになるかもしれません」
「とんでもないことですか」
原島は冴場の表情を怪訝そうに見ていた。
「後は我々にお任せください。と言いたいところですが、教授のお力を借りることもありそうです。合島君、どうする」
「どうするって言われても」
「師匠、あたしたちも協力します」
「人間と我々地球のデジタル妖怪が手を結んで対応することを望みます」
デジスコンはゆらゆら揺れながら姿を消していった。
「おい、デジスコン待てよ。お前は仲間になってくれるよな」
冴場の言葉に返事はなかった。