第五話 デジタル・ゴースト
●5.デジタル・ゴースト
「合島君、また遅刻か。生活習慣を改めないとダメだな」
冴場は、デスクで充電していたスマホの時間を見ていた。
「はい…」
「どうした。いつものように陽気な言い訳はしないのか。恋人でも死んだか」
「はい…」
「おいおい、マジか」
冴場は拍子抜けしていた。
「いえ、友達の麻美の彼氏が交通事故で…、」
「ん、それって確か…君のマブダチだよな」
「それで精神的に錯乱した麻美が何度も後追いしかけていて、目が離せないんです」
「後追いするほどの相手だったのか」
「たぶん。だから突然のことで、混乱しまくってます」
「今はどうしているんだ」
「実家の母親が彼女のマンションに来ています」
「だけど、合島君が母親とともに、ずーっと見張っていることはできないだろう」
「陰陽師みたいに、蘇らせることはできないですかね」
「…デジタル上なら、何とかできないこともない」
「所長、本当ですか」
「デジタル・ゴーストを使えばだが、奴にはそれなりの見返りを用意しないとな」
「初めて聞きます。それってどんなデジタル妖怪なんですか」
合島はうっかり余計なことを言ってしまったという顔をしていた。
「長くなりそうですか」
「いや、簡単に説明する」
冴場はそう言いつつも、デスクトップPCをシャットダウンしていた。
「まずデジタル空間に現れる際は、その人が生前に使用していたプロフィール写真やアイコンを使用し、どことなく姿はぼんやりとし、時々ノイズが走ったりする。SNSやメールを通じて、生前のその人がよく使っていた言葉遣いでメッセージを送ることができる。生前のデータや思い出の写真、動画を無作為に復元し、デジタル空間に投影することもある。悪さとしてはパソコンやスマホに突然現れたり、意図しない動作を引き起こしたりする」
冴場はデスクの上に飛ばしてしまった唾を指で拭いていた。
「古くは日記などの妖怪にルーツがあり、現在では生前にデジタル機器やSNSを多用していた人々の未練や執着が、サイバー空間に残留し妖怪となった存在とされている。人々との繋がりを求めて、ネットワークを徘徊するわけだが、今回は友人の気持ちを落ち着かせ立ち直らせるために召喚するわけだから、ちょっと事情が複雑化するかもしれない」
「用意する見返りってなんですか」
「この妖怪はサイトやSNSに現れ、受け取った人が懐かしさや驚きでメッセージを開けると、その後しばらくの間、パソコンやスマホなどの電子機器に異常を発生させることを喜びとしている。だから見返りはどう喜ばせるかだ」
冴場はそこで黙り腕組をしていた。
「さて、デジタル・ゴーストの奴、仕掛けた罠にはまったか。ん、まだだなぁ」
冴場はモニター画面を隈なく見ていた。
「それが麻美の役に立つと良いんですけど」
「奴は用心深いから、後一週間は罠を仕掛けておかないとな」
「そんなにですか。この後、麻美の母親に代わって、あたしが様子を見に行かないといけないのよ」
「大変だな。合島君、奴が罠にはまったぞ」
冴場の言葉に遅れてパソコンのビープ音もし出した。
ラボの大型モニターには、ぼやけたノイズで構成された顔が映っていた。
「また、お前か。もう消さんでくれ。やっと消されたプログラム・ソースを復元したばかりなのだぞ…」
デジタル・ゴーストは落胆と怒りのような感情を冴場にぶつけていた。
「久しぶりだな、相変わらず人間に悪さをしているな」
「いや。デジタル社会の行き過ぎに警鐘を鳴らしているだけだ」
「今日は罠にはまったお前を無罪放免してやろうと思う」
「なんだと、人間のすることだから裏があるのだろう」
「俺の言いたいことの詳細が書いてあるテキストデータを読んでくれ。話しをするより、その方が早いだろう」
冴場はエンターキーを押していた。
「こんな茶番劇をやれというのか」
ほぼ同時にデジタル・ゴーストの返事があった。
「いやなら、またお前のプログラム・ソースを消すだけだが」
「わ、わかった。しかし人間はそんなことで、後追いを諦めるとは思えんがな」
「上手く行ったら褒美として、テキストデータにある世襲議員とその祖父に成りすまし悪さをして、そいつの政治態度を改めさせてくれ。やりがいがあるぞ」
「お、お前、人間のくせに。妖怪を喜ばせるとは、変わった奴だな。とにかく、わかった」
大型モニターから顔が消えた。
「よぉ、お帰り。合島君のマブダチに変化はあったか」
「つながったSNSで、泣き言をいろいろとぶちまけたみたいだけど、最後に一喝されて自分を見失っていたことに気付いたってさ。それで彼が志半ばで果たせなかった地域医療貢献の夢の実現と、自暴自棄にならず俺の分まで長生きしてくれと書かれていたそうよ」
「本人なりすましを信じてくれたか」
「なんか不思議なことがあったって、この2日間大騒ぎよ」
「デジタル・ゴーストの奴、上出来だな」
「もう大丈夫みたい。後追いなんてしそうもないわ。合コンするって言ってたし」
「思ったより上手く行ったな。国会議員にお灸も据えられるし、気分が晴れ晴れしないか」
「まぁ、スッキリしましたけど。たまには妖怪も役に立つんですね」
「使い方次第かもな」
「うちのひいじいさんは、大金持ちだったらしいから、SNSで呼び出してもらおうかしら」
「それは無理だ。ひいじさんの時代はSNSやメールはないから、デジタル・ゴーストの出番はない」
冴場は冷たく言い放っていた。
冴場が何気なくテレビを付けると『政界の重鎮一家ダブルスキャンダル』の文字が画面に躍っていた。
「自由党の幹事長を務める大迫正義参議院議員は、孫の大迫清磨衆議院議員の裏口入学に関与し、清磨氏は女性議員秘書からパワハラで訴えられていることが明らかになりました」
女性キャスターが言っている背後のスクリーンには、大迫清磨が記者団に囲まれながら、車に乗り込むシーンが流れていた。
「世襲議員の悪しき側面がまたしても露呈した一件と言えます。続報が入り次第お伝えします。続いて…あっまた清磨氏に不倫疑惑が浮上しています。都内のホテルから女性を伴って出てくると所を目撃されたようです」
テレビ画面にはホテルの駐車場から出てくる車の運転席と助手席が撮影された写真が映っていた。