第十話 失踪
●10.失踪
『黒島家・立石家結婚披露宴二次会場』の立て札の前を通り、バンケットルームに入る冴場。目の前のテーブルに置いてある5種類のタルトのうち、どれから食べようか迷っていた。
「よぉ冴場、最近なんか冴えない場で働いているそうじゃないか」
「お前こそ、相変わらずケツが青いまんまか」
冴場は、青井の肩を揺さぶっていた。
「しかしチャラ男の黒島が大人しく結婚するとは、世も末だな」
「青井、世も末とは、あいつが聞いたら怒るぞ。おい、来たぞ」
冴場は黒島夫妻が二次会場に入って来たので拍手し始めた。
「幸せなの今の内だけだぞ。せいぜいイチャついていろってんだ」
青井は自分の家庭を省みていた。
「高そうなジャケット着てんな。黒島の奴、いくつもの成功談でも語るつもりだろう」
冴場は洋梨のタルトを口に入れていた。
「そこの冴えないお二人さんは誰かと思ったら、冴場と青井じゃないか」
黒島は冴場たちを発見すると人だかりの輪から抜け出して近寄って来た。
「黒島、お前、悪辣な商売でひと儲けでもしたのか」
冴場は、ロレックスの金時計がチラつく黒島の腕を見ていた。
「冴場、相変わらず口が悪いな。アプリを立ち上げて、ちょっと成功したたげだよ」
「ずいぶんと羽振りがよさそうだな」
青井は皮肉っぽく言う。
「それはどんなアプリなんだ」
冴場が聞くと黒島は待ってましたとばかりにニンマリしていた。
「よくありがちなマッチングアプリだが、俺はそこにひと工夫して差別化を図ったのが功を奏したんだよ」
「ひと工夫か。それはどんなものなんだよ。教えてくれよ」
冴場は、黒島を調子に乗せて饒舌にしようと試みていた。
「あぁ、ちょっと待った。秘書からだ」
黒島はスマホを耳に当てていた。当初は笑みを浮かべていたが、徐々に深刻な顔になって来る黒島。
「どうした」
冴場は黒島の顔色の変化を見逃さなかった。
「アプリに不具合があったらしいが…、そうだ冴場、お前確か、ネットのウィルスやワクチンの会社をやっていたよな。仕事を振ってやろうか」
「お前の所のご立派なスタッフでは無理なのか」
「たまには、難しいこともあるようなのだ。できないと言うのなら、他に頼むが」
「二次会が終わったら取りあえず見せてくれ。それ次第だな」
この日、冴場たちは酔いつぶれてしまったので、翌日、黒島の会社のオフィスに来ていた。
「所長、あぁ酒臭い。シーケンス3-βでサーチした結果がこれです」
合島がノートPCの画面を冴場に見せていた。
「なるほど、システムもプログラムも問題ないか…」
「冴場、問題ないわけないだろう。突然フリーズしたり、妙なマッチングをしたりするんだぞ」
「…お前は笑うかもしれないが、デジタル妖怪のラブ仲人がいるだけだ」
「おいおい冴場、洒落て言ってるんじゃなくて、マジにデジタル妖怪だと。イカれてんな。お前に頼んだ俺がバカだった」
「ラブ仲人は良い妖怪だぞ。それが悪さをすると言うことは、お前の側に問題があるはずだ。ラブ仲人も指摘している」
冴場と黒島の目が正面衝突していた。
「お説教かい。冴場には妙な正義感がある。それも時代遅れのな。これだからお前は大成しないんだよ。取りあえずの今日の手間賃として5万円は渡すから、これで帰ってくれ」
黒島は面倒くさそうに言うと、1万円札を5枚手渡してきた。
その日、冴場は青井に愚痴を聞いてくれと居酒屋に呼び出されていた。
「うちの女房が言うには、黒島の結婚式のご祝儀の額が高過ぎるって言うんだ。冴場と同じ5万円だろう。高過ぎるかな。それで今日は夕食抜きとか言っちゃってさ。娘とイタリアンの店に行きやがった。とんでもないだろう」
青井は冴場のグラスに瓶ビールを注いでいた。
「俺も当初は3万円にしたかったが、羽振りの良い黒島の手前、5万円にしたのだがな」
「それはそれとして、娘と外食とは酷過ぎないか」
「所帯持ちは、いろいろと大変だな」
「ところで冴場、黒島の会社ってどんなところだった。今日行ったんだろう」
「よくありそうなITベンチャー企業ってところかな」
「それでウィルスの除去とかしたんだろう」
「いや、していない。黒島の会社のサーバーには善良なデジタル妖怪のラブ仲人が潜んでいたからな」
「ん、善良な…か。しらふじゃ聞けない話だが、酒のつまみには面白そうじゃないか」
青井は酔い始めていた。
「そうかい、それじゃ心置きなく話すぜ。ラブ仲人はキュートな小妖精のような姿でピンク色の光をまとい、ハート模様が体に浮かんでいるんだ。愛情深い性格で、人と親しみやすく常にユーザーの幸福を願っている。恋愛運を高めて取りを盛り上げたりもするんだ。ユーザーのプロフィールを的確に分析し、最適なプロフィール写真や自己紹介文を提案し、マッチング相手に送るメッセージのヒントまでも提供してくれる」
「冴場、それって、元々のプログラムになくても勝手にやってくれるのか」
「もちろんだ」
「凄く役立つ妖怪だな。それなのに問題を起こすのか」
「通常はそんなことはしない。しかし
邪な考えや金儲けのための出会いをするものに対して大きなしっぺ返しを
するんだ。今回はアプリの創設者である黒島が金儲けに走ったことに原因がある」
「黒島らしいな」
青井はグラスの底に残るビールを飲み干していた。
「ラブ仲人に聞いたのだが、さくらの女性を大量に使ったり、結婚詐欺師の片棒を担いだりしているらしい」
「それで大儲けしているわけか」
「このままにしておくと、黒島はいずれ逮捕されるだろう。その前にラブ仲人の忠告に耳を傾けたり、悪辣なことを止めれば、悪さはされずに前科者にもならなくて済むはずだ。今後の黒島次第だから、ラブ仲人にはその旨を伝えて、そのままにしたのさ」
「黒島のことだろう、改心するとは、思えないが」
「俺は本人にとって良くない場合は、デジタル妖怪を追っ払ったりはしない主義だからな」
「うちの女房にも妖怪が憑いているのかな」
「大丈夫だ。奥さんは生身のアナログ人間だろう。デジタルでないからな」
冴場は上手く言えたと思っていたが青井はきょとんとしていた。
「所長、黒島美香さんからお電話ですけど」
合島はニヤニヤしながら固定電話を保留にしていた。
「黒島美香、誰だ。あっ黒島の新妻か。でもなんだろう」
「所長も隅に置けませんね」
「合島君、何か勘違いしてないか」
冴場はデスクの受話器を取った。冴場はうなずき終えると受話器を戻した。
「所長、お出かけしますか」
「あ、そうだ。出かけるぞ。新婚の黒島が失踪したそうだ」
「え、あたしも行くのですか」
「当たり前だ。失踪の手がかりはラブ仲人にある気がするから」
ガランとした黒島のオフィスには黒島美香がひとり不安そうな顔で立っている。
「主人は会社をほっぼらかして、どこに行ってしまったのでしょうか。友人の冴場さんなら知っているかと思いまして」
「それじゃ、まだ警察には連絡していないのですか」
「はい」
美香は冴場たちの作業をぼーっと見つめていた。
「社員の方はお休みですか」
「今日は在宅が二人で、社員の出社はゼロの日です」
「そうですか。ぁぁもうちょっとで、ラブ仲人から情報が聞きだせそうです」
「所長、シーケンス4-γに反応がありました」
合島は自分のノートPCと冴場のノートPCを同期させた。
「ラブ仲人、音声認識できるか」
冴場はヘッドセット・マイクを装着していた。
「はい。私に語りかけると言うことは、冴場さんですね」
「お前が潜んでいるアプリの創設管理者の最近の動向を教えてくれ」
「管理者黒島の非道行為をいくつか忠告したのですが無視されました。引き続き懲らしめてやりました」
「やり過ぎてはいないか。精神的なダメージを与えるようなことはしたか」
「そこまでのことはしません。ただゾルタクスとかいう存在が私のコピーを作りました」
「完璧なものか」
「それは定かではありませんが、コピーと共に管理者黒島は急遽日本を離れました」
「どこに行ったか、わかるか」
「それは私の能力を越えます。わかりません」
「そうか。お前は…オリジナルだな。でもNFT的にも騙せる完璧なコピーが作れたとしたら、お前の言うことも信用できなくなるが…」
「そこまで言われると、私の立つ瀬がありません。しかしゾルタクスという存在には、邪なソース・データを感じます」
「ラブ仲人、俺はお前を信用するよ。もしコピーなら適当な渡航先を教えて、混乱させるだろうから」
「ありがとうございます」
「それで奥さん、ご主人の黒島が結婚詐欺の片棒を担ぎ、さくらの女性を大量に使っていることは、ご存知でしたか」
冴場はヘッドセットを外していた。
「ええ、そんなことを…ですか」
かなりの衝撃を受けていた美香。
「詳しくはアプリ妖精ともいうべきラブ仲人に聞いて確かめてください」
「妖精…ラブ・な・こ・う・ど、ですか」
「今後は奥さんがアプリを真っ当に管理運営すれば、ラブ仲人も喜ぶはずです」
「あぁ、はい」
「わからないことが、ありましたら、連絡してください。それにご主人の行方も調べますから」
「わかりました」




