アーキバに到着
『キーンシ』から、目的地であるアーキバの『ドーンキ』までは二十数キロ。
2つの街をつないでいるのは『ソーブ街道』だ。
『ソーブ街道』は大陸東側を貫く大街道で、物流の要となっている。『キーンシ』と『ドーンキ』の間には『リョーゴ』『アークサバシ』といった街があり、国境は『アークサバシ』を過ぎてすぐだった。
国境は川に沿って敷かれていて、検問所があるのは、大きな橋の見える場所だった。
検問所に近付くに連れ人や馬車が増えるのだけど、そこで交通が滞ってる様子はまるでない。そういえば、ここまで3時間ほどを徒歩で来た間も、周囲の交通の速度は常に一定だった。おそらくは、官民双方の努力により作り上げたものなのだろう。
検問所に近着き僕らの番が迫ると、クサリが懐から通行証を取り出した。
事前に彼女から渡されてた通行証を、僕も取り出す。
通行証は、手のひらに収まるサイズの魔道具で、『東都連邦』内での移動には必須らしい。無くても国境を通ることは出来るのだけど、当然、手続きには手間がかかる。
検問所には、通行証を持ってる者の係と持ってない者の係で列が分かれていて、持ってない者の列にはほとんど人がいなかった。みんなアーキバ国以前に通った国で入手してるのだそうで、持ってない者も、検問所と同じ通りに出てる露店で買い求めれば良かった。
通行証を買ったら、自分が入ってるギルドのギルドカードを触れさせる。それだけで、身分やこれまでの活動履歴が複写され、通行証が使用可能な状態となる。
僕が今回使ったのは、以前、大陸東側で冒険者活動をしていたときのギルドカードだ。そう。パーティーに加入してはクビになり、そのたび違う国に移って名前も変え、登録をやりなおしてた頃の身分証だった。
はあ……あの頃は辛かった。
でも正確には『辛かったはずだ』と言うべきなのかも知れない。当時は頑張るのに精一杯で、辛いと感じる、そんな余裕すら無かったように思う。落ち込んだ時は師匠が慰めてくれたし。
僕らの番が来て、検問所の職員に通行証を渡すと――
「ああ、はい……冒険者のビーサン。なるほど……はい。そういうことね。頑張って」
――なんだか同情するような目で見られてしまった。
通行証から読み取れる情報は、こんな感じなはずだ。名前はビーサン。Fランクの冒険者で、最後に依頼を請けたのは四ヶ月前。そのとき同時に、所属していたパーティーからは除籍。
そんな情報と、同行者であるクサリの通行証から読み取った情報を照らし合わせて色々なことを察し、結果として職員が見せたのが、あの同情の視線ということなのだろう。
クサリの通行証には、エルフの商人で500歳という情報が書き込まれているはずだ。もちろん、嘘だ。そして今回の旅では、僕は冒険者ギルドを通さず直接彼女に雇われた護衛という設定だった。
検問所を無事通過し、橋を渡る。
そこには、駅馬車が行き交う広大な停車場。
そして――
「あれが……アーキバの『魔道具街』」
――アーキバについては知らない僕だけど、アーキバの『魔道具街』については噂を聞いていた。
「街道網が発達するまで、いま渡った川が、大陸東側の物流の要となっていたんです。木材や食料のおまけとして運ばれてきた魔道具や魔導素材が、当時は新興国だったアーキバのドーンキの船着き場で降ろされ、駅馬車の停車場の前で売られるようになり、すると川向うのカーンダにある魔導工科大学の生徒たちが素材の調達に訪れるようになり、その噂を聞いて一般の客も集まり、街は発展し、遠方の国にまで知られる魔道具街となったわけです――既に遠い、数十年も昔の話ですが」
まるで見てきた様に話すクサリは、まるでエルフの商人で500歳という嘘の設定が、ちょっと本当に思えてきてしまいそうな、そんな深い趣を瞳に宿らせていた。
それはいいとして――
クサリが言った通り、アーキバの魔道具街が他国に知れ渡っていたのは、昔のことだ。現在では、安くて高性能な魔道具なんてどこでも手に入るし、アーキバでなければ手に入らない品があるだなんて認識は、老人の思い出話くらいからしか窺えない。
では、今は?
経済的に潤ってるということは、現在でも、アーキバには人を呼び金を集める何かがあるということなんだろう。
では、それは何なんだろう?
停車場の上空には、人や荷物が通るための陸橋がいくつも設けられている。クサリに案内されるまま、その1つを渡る。停車場の端から端までを渡る、いちばん巨大な通路だ。僕たちは、行き交う馬車を見下ろしながら進んだ。
そうして、魔道具街へと近付いていく。
近付くにつれ分かるのは、そこに立ち並ぶ建物の巨大さと、それを彩る色彩の豊かさだ。上手くは言えないけど、キーンシとは異なる種類の色鮮やかさだった。
僕もグイーグ国の王都で生まれ育ったわけだから、都会の景色は見慣れている。グイーグ以外でも、『都』と呼ばれるような街にはいくつも行った。
でもいま目の前に近付いてくるのは、それらの都会のいずれにも思い当たらない、やはり上手く言えないのだけど、なんかグイグイ来るというか、心の奥の身も蓋もない部分に直接触れてくるような、どこかで軽い嫌悪感すら催し、でもそれだけに蠱惑的な色彩の群れだった。
正直、圧倒されたと言っても良かった。
だから、気が付かなかったのだ。
隣を歩くクサリが、いつしか上着のフードを被り、口にはマスクを着け、真っ黒な色眼鏡で目元を隠していたことを。
その変化に気付かせてくれたのは、声だった。
陸橋を渡りきったところでだった。
「おおおおおお~~~~~~~っっっ!ク、クサリ様ではありませんか~~~~~っっっ!!!! こ、こ、これは凱旋ライブの予感んんんんっっっ!?」
そんな声がすると同時、クサリが体をビクリと縮こまらせたのだった。




