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追放常連大魔導 無双の鍵は宴会魔術!! ~あまりにクビになりすぎたので、最強の嫁たちとパーティーを作りました~  作者: 王子ざくり


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キーンシのクレープ

 アーキバ国までは、3000キロ以上離れている。


 しかし、転移の魔道具――『跳躍の輪』を使えば一瞬だ。

 でも、直接アーキバに転移するわけじゃない。


 転移する先は『キーンシ』。


 アーキバの隣国で、同じ大陸東側でも、以前僕が訪ねたことのあるマーツドやイーチカワとは、比べ物にならないくらいの都会だ……とは聞いてるけれど、行くのはこれが始めてだから、実際どれくらい栄えてるのかは分からない。


 ちなみに『キーンシ』という国名は、そのまま首都の名となっており、今回僕らが転移するの『キーンシ』は、『キーンシ』という国であり、その首都である『キーンシ』でもあった。


「少し臭うかも知れませんが、ご容赦下さい」


 クサリが言った意味は、次の瞬間、分かった。

 転移した先は、薄明るい部屋だった。


『跳躍の輪』から足を踏み出すのと同時、モワッとした臭いに全身を包まれる。酒、タバコ、ベーコンやチーズの脂、それから香水。いろいろな臭いの染み込んだ綿を鼻の穴に突っ込まれたみたいだった。


 部屋には、誰もいなかった。


 それほど広くない。5,6人も座れるソファーとテーブル。それらを囲んで並べられた、背の低い衝立。そしてそこから壁までの距離は、給仕の押す台車が擦れ違えそうな程度だった。


 テーブルも床も綺麗に清められ、食べ滓や拭き切れなかった染みなんてどこにも見当たらない。それでもそこに漂う臭い――昨夜行われたのだろう宴の痕跡が、濃厚なまま空気に取り残されている。


「昨日お話した通り、ここは『シンダリ』の持つ店です。夕方までは、誰も入って来ません。『街の大立者』達が酒と女を楽しみながら、企みを話し会う。そういうことをするための場所です」


 そう話すクサリの横顔、そして壁の魔道具の灯りに照らされる店内を見渡しながら、僕は明日アーキバで会うシンダリという男は、どんな人物なのだろうと思っていた。そういえば、僕がシンダリの人となりについて考えるのは、これが始めてだったかもしれない。


「休憩していかれますか? お茶の準備がしてあるようですが」

「いや、行こう。腰を下ろしたら気が抜けてしまいそうだ」


 僕が答えると、手を目の上で庇のようにして、クサリが微笑った。


「明るいですよ」


 そう言って、ドアを開ける。

 そういえば、彼女が笑うのを見るのは、これが始めてだった。


 がちゃり。


 ドアの向こうに現れたのは、陽光の中を行き交う人々。街路を進む馬車。石造りの街並み。色彩に溢れた、都会の景色。


 印象から、店は地下にあるものだと思ったのだけど、違ったか――いや、そうでもなかった。ドアから外に出る瞬間、違和感があった。記憶に覚えのある、違和感だ。ドアを振り向くと、声がした。「お察しの通りです」クサリが言いながら、ちらりと上着から見せたのは――『跳躍の輪』。


 そういうことか。


 どういうことかは、説明しない。

 ここでは『師匠の犬小屋』と同じ、とだけ言っておこう。


 ●


 予定では、まずこの街『キーンシ』を散策し、それから『アーキバ』へと移動することになっている。


 クサリも母さんも師匠も、みんな言ってたのだけど、アーキバとキーンシを見れば、大陸東側の都会については、だいたいの雰囲気を掴むことが出来るのだそうだ。


 小一時間も歩くと、確かにここは特異な都会だと思うようになっていた。街の中央には大きな公園があり、付添いの大人に見守られながら、子どもたちが元気に遊んでいる。一方、その脇に作られた劇場には、恋人たちと思しき二人連れの列――明るい、休日の光景だった。


 しかし、そんな景色から路地を一つ隔てた街区では、酔っぱらいが地面に寝転がり、そんな彼らを見下ろしながら、娼婦たちが客を漁っている。


 僕が特異に感じたのは、それら2つの景色の間に何も断絶が感じられないことだった。健全と不健全の両極端が、なんの不自然さも無く同居している。闇はなく、全て陽光の下に。

 

「平和だからですよ」


 クサリが言った。


「キーンシもアーキバも、国土の面積だけでいったら小国です。しかし、その豊かさは疑うべくもありません。同じく経済的に恵まれた周辺の国家と連合し、非公式にではありますが、彼らはこう名乗っています――『東都連邦』と。自らが大陸東側の『都』――即ち経済的、文化的中枢であると自負しているのですよ」


「では――今回の件も?」


「いえ。『東都連邦』(かれら)にそんな能はありません。経済的繁栄も頂点を過ぎ、後は落ちるだけ。内輪の権益維持で汲々とし、長く続いた平和のせいで官民ともに腑抜けきってる。他国への策謀を巡らすなんて、夢のまた夢でしょう」


 そんな風に言いながら、屋台で買った菓子――蒸した米を揚げた団子に、蜂蜜を絡めたもの――を口に運ぶクサリを見ながら、僕は思った。


(次は、さっき通った屋台のリンゴ飴を買ってあげよう。いや、あそこで売ってる、なんだか変わった感じのクレープもいいかな。中に肉や野菜を包んでいて、ソースもとろりとして美味しそうだ――あれは、僕も食べてみたいな)


 僕らがアーキバに移動したのは、その一時間後だった。

 件のクレープは『お好み焼き』という名前で、『東都連邦』でしか食べられない料理だとのことだ。


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