殺伐とした幼女
クサリ。
僕の妹のミルカの学友で親友。母さんにも気に入られていて、家令やメイドの様子からすると、この屋敷にも頻繁に出入りしているらしい。
僕も、ミルカにそういう名前の友だちがいることは知っていた。
でも、会ったことは無かった。数日前、僕が『スネイル』を襲撃したあの夜。彼女とは、あれが初対面だ。そしてその時、彼女は袋を持っていた。『スネイル』の前ボスの遺児達の生首が詰まった袋を。
印象として、年齢は10歳前後。はちみつ色の髪に丸くて真っ白な額。整った顔立ちは、いまにも朝の光に溶けていってしまいそうなくらい儚げに見える。しかし、その内実と背景が殺伐としたものであることは、間違いないように思えた。
さて――その彼女が、何故ここに?
「私が呼んだ」と父さんが言った。
●
居間――ではなくて、その隣の部屋。
「うんぐうぐうぐ……」
どんな並びかといえば、テーブルを挟んだ片方に、師匠と僕とモエラとセリア。反対側には父さんと母さん。
「うぐうぐうんぐうぐうぐうぐ……」
そして父さんと母さんに挟まれ、クサリがパンケーキを食べていた。
テーブルに並ぶ皿、皿、皿……『急に呼び出して済まなかった。まずは、朝食を摂ってくれ』と父さんが勧めるのを、クサリは辞退しようとしてたのだが、結局押し切られて、いまは齧歯類の如く頬をぱんぱんにしている。そしてそれが縮んで元に戻ると、
「ほら。『ハンバーグステーキ』、クサリちゃん好きでしょう?」
と母さんがフォークに刺した肉を差し出し、また膨らんだ頬が元に戻った頃には、
「これも食べなさい……パンケーキに乗せると、美味い」
と、焼けたはちみつとチーズが甘香ばしいフルーツグラタンの皿を、ずい、と差し出してくる。
「ほんむほむほむ……」
そして次々と差し出される料理を、喉を詰まらせることも無ければ倦んだ様子も無く、もちろん満腹になる気配など全く見せずに頬張り咀嚼し飲み下していくクサリ。そんなクサリを見ながら、父さんと母さんは、
「「ほお……」」
と、うっとりした表情になっている。
「「「「ほお………」」」」
と、僕らもまたそうだった。
それほど、食事するクサリは可愛らしかったのだ。
だから、僕もついつい――
「こ、これも美味しいよ……」
――と『鴨のオレンジソースがけクレープ包み』を勧めようとしたのだが。
そしたら……
「止めなさい、ヨアキム! 彼女は玩具ではないんだぞ」
「そうよそうよ!」
きっとなった両親に、怒られてしまった。
その時、僕の脳内に流れた電流を、言葉で表すならこうなるだろう。
『ぶ・っ・こ・ろ・す・ぞ』
しかしそんなのも、食事を終え可愛く息を吐くクサリを見たら消えてしまった。
「ぷふぅ……ごちそうさまでした」
「「「「「「ほお……」」」」」」
というわけで、本題に入る前に1時間近くが経ってしまった。
密かに数えていたセリアによると、この間に実に42枚の皿と椀がこの部屋に運ばれ、空となったらしい。
さて――クサリが、何故ここに?
父さんが言った。
「クサリは、『スネイル』を実質的に制御している。いやイーサンが首領となった現在は過去形で語るべきか、とにかく――そういう人物なんだ」
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「『スネイル』の前首領。即ち『スネイル』という組織名の元となった『スネイル』という、強大な魔力を持った個人。これを殺害せしめたのは誰か――」
真面目な顔で話す父さんを前に「こういう時、凄く回りくどいっていうか」「もったいつけた話し方になるの変わってないっていうか、イーサンと同じだよね。やっぱり、親子なんだね」「言われてみれば確かに……」「でしょう? そのうち、ベッドに誘う時もそうなるわよ」「マジか」「マジか」「ええぇ~~」とひそひそ話する声があったが、無視して、父さんは続けた。
「――既に聞いてるかもしれないが、イゼルダだ。そして、クサリだ。3年前、既に大陸北側の裏社会を支配していた『スネイル』は、大陸南側への勢力拡大を目論んでいた。その手はグイーグ国にまで及び――返り討ちにあった。2日間でだ」
ああ、その2日間というのが……
「あなたとマニエラが初めてファックした日からの2日間。っていうか、実質は1日か。あなた達のファックを見届けた、その直後から始まったわけだから」
……というわけなんですね、母さん。
クサリがお茶をすすり、話し手が父さんに戻る。
「そうだな。イゼルダの言う通り、実質的には1日強で終わった。王都にいる『スネイル』の構成員を深夜に襲撃。夜明けまでには殲滅して、その足で『スネイル』首領のいる『ハジマッタ王国』の『マタ=ドナリ』へ転移。そこに住む『スネイル』幹部を殲滅。そしてその夜、『スネイル』首領を殺害した」
そこでクサリと目配せしあってから、父さんは自分で話を続けた。
「『スネイル』は、犯罪組織の集合体だ。首領や幹部がいなくなったところで、誰かが後を継ぎ、組織自体は続いていくに違いない。もっとも大幅に力を減じた『スネイル』は後継者争いで大陸南側への進出など夢のまた夢の状態で――我々は、そう考えた。そして、その通りになった。いや、その通りにさせたと言うべきだろう。それを可能にしたのが――」
再び、父さんがクサリに目を遣る。
今度は頷いて、クサリが話を引き継いだ。
「作戦の途中で、私が知己を得た人物がいました。『スネイル』の金の流れを掌握・管理していた人物です。首領が死んだ後の『スネイル』内の体制変化に巻き込まれるのを恐れた彼は、我々に保護を求めてきました。我々はそれを受け入れたわけですが――『スネイル』を離れた後も、彼のもとには『スネイル』の情報がもたらされ続けました。『スネイル』の新幹部となった者たちからです。彼らも、我々とその人物の繋がりは知っていたはずです。しかし、それでも彼に接触を求めてきた――金、物、人の運用について、彼からのアドバイスを得るためです。それぞれ他の幹部には伏せる形で、別個に。情報漏洩の危険性よりも、目の前の仕事を回すことを選んだのです――というわけで、その人物を通じて我々は『スネイル』の情報を手に入れ、そして我々の意図を彼からのアドバイスという形で『スネイル』幹部に浸透させ、組織の運営に影響を与えてきました。その人物と我々の連絡役を担当しているのが、私というわけです」
師匠が訊いた。
「じゃあ『スネイル』殺しの犯人が不明になってるのも?」
「我々が流した、欺瞞情報です」
「『夜想曲』が盗聴されてるのも?」
こちらの質問に対しては、答えが無かった。




