モッド将軍の作戦
カツラを被ったモッド将軍が、胸を反らして言う。
「初めまして! セシリア姫。私はモッド=フォン=ウォマニア将軍の嫡男、ミッチャム。良き夫となるべく、あなたのご要望には明暮直様お応えするつもりでありますが、ただダンスだけはいささか心得に不足がございましてな。その点につきましてだけは、ご容赦、もしくは手を取ってのご教授をお願いしたい。ぐわあはっはっは」
カツラを取って、言った。
「許して欲しい。モッド=フォン=ウォマニア。それが、私の本当の名前だ。そう。私はモッド将軍の嫡男などではなく、モッド将軍そのものだったのだ。名を偽ったのは、故あってのこと。豪放磊落を装っていたのも、また同じ。実際の私は、名もなき花を踏みつけられず道の端を避けて通るような、地味で内気なハゲの中年男に過ぎないのですよ。貴女のような魅力的な娘さんには、とうてい……お止めなさい。そんな顔は、いつか本当に好きになった男性にだけ、お見せなさい。ああ……訊かないでおくれ。分かるだろう? なんとも思っていないのなら、こんな告白などせず、君から離れている。君の思い出の片隅に、名もなき花のひとつとして咲き続けることを選んだだろう……ああ、セシリア姫。いや、セシリア。我らが夫婦となったとして、その先に待つのは艱難辛苦の茨道。しかし、着いて来てくれるかい?――着いて来てくれるのだね、セシリア。私の伴侶となってくれるのだね(ガバっと目の前の誰かを抱きしめるゼスチャー)」
父さんは、絶句していた。
「………………………」
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こちらの部屋では、モエラが呟いていた。
「ぶっちゃけ……有り得ない」
にやにや笑いながら、母さんが言う。
「そもそも『ハゲの中年男だから好きになってもらえない』って、その卑屈さがさあ……」
こちらもにやにや笑いで、師匠も。
「そこが一番の問題なんだけどね」
セリアはといえば、ちょっと腑に落ちない様子だった。
「この人、こんななのに、よく将軍になれたよね。この年齢までこんなにこじらせてたら、仕事にも支障が出るものだと思うんだけど……」
確かに、言われてみればそうだ。
僕が通ってた学園にも、女性にモテないのが理由で、学業に集中しきれなかったり、人間関係に支障を来してる同級生が、何人かいた。
そんな疑問に、母さんがこう答えた。
「それはね、彼がなんとかしてきたのよ」
彼というのは、父さんのことか。
「そろそろ故郷に還ろうかっていう高級娼婦にお金を渡して、短いあいだ恋愛ごっこをしてもらったり。学生時代から、そういう風に影からフォローしてきてあげたのよ。恋を欲する気持ちを、満たしてあげるというか……そしてモッドは、無事モッド将軍になったってわけ」
「恋愛ごっこでも、普通は繰り返すうちに成長するものなんだろうけどね」
と、師匠。
母さんが、ちょっと真面目な顔になって言った。
「その成長しないところが、モッドをモッド足らしめてる部分なのよ。長じて将軍になったのを見ても分かる通り、彼にはずば抜けた将としての才能がある。そしてその才能は、モッドに恋愛に関する資質を与えなかった――いや、許さなかった。全てを己の将としての才能に奉じるよう、モッドに強い続けている。それでもモッドが恋したいと思うのは、才能に蔑ろにされた、彼の生物としての本能からってとこ?――もっともここ十年くらいは、そういうのも必要なくなってたみたいだけどね。単純に、出世して彼の周囲に面白い男たちが集まって来たっていうのが理由でしょう。恋を必要としない状態が、ずっと続いてたのよ」
「それが、モエラ――セシリア姫の登場によって」
「ぶりかえしちゃったってわけ」
現状としては、そんなところか。
問題は、それにどう対処していくかなんだけど――師匠が言った。
「この件、しくじると禍根が残りかねないな。モエラとイーサンが結婚したと知ったら、モッド将軍は本気でイーサンを憎みかねない」
するとセリアも、
「これまでモッド将軍がイーサンに突っかかってきてたのは、お芝居だったわけだけど――お芝居でも、イーサンを罵る言葉は彼の中にあったわけだから。イーサンを嫌いになろうと思ったら、いくらでも嫌いになれるんだよね」
僕としては、これまでずっと憎まれてたという認識だったから、いまさらそれが本気になったと言われても、受け止め方としては全く変わらないのだが。
でも、この問題は僕だけのものではないらしい。
母さんが言った。
「モッド将軍とゴーマン公爵家の対立が偽物だっていうのは、双方の下で働いてる人間たちにとっては、公然の秘密だったわけよ。逆に、そういう架空の対立があるからこそ、お互いの陣営が良好な距離感を保つことも出来てた。でも、本気の対立になってしまったら、それも引っくり返る。裏で融通を利かせあってたのが足の引っ張り合いへと変わり――大袈裟でなく、国が割れかねない」
一気に深刻になった話に、僕は、ちょっと焦る。
モエラが、自分が責められてるように感じなければ良いのだけど……
いや。
僕が、彼女がそう感じずに済むようにしなければならないのだ。
でも――どうやって?
逡巡する僕の横で、顔を上げ。
モエラが言った。
「将軍に、女性をあてがう訳にはいかないのですか?――以前のように」
その言葉に、3人が表情を変えた。
母さんと師匠とセリア――完全に、仲間を見る目になってた。
師匠が言った。
「それも出来なくはない。ただ、問題は終わり方だな。昔と違って、いまのモッドには、去った女を見つけ出す金と権力があるし、相手の女がどんな問題を抱えていたとしても――それを理由に身を引こうとしても、モッドの持ってる力なら、大抵の問題なんて解決できてしまう。つまり、用がすんだからといって逃げられない」
なるほど。
お芝居で済ませるのが難しいわけか。
「う~ん。そうですよねえ」
と、モエラも腕を組む。
どうやら僕の心配なんて、無用のものだったみたいだ。
正しく、彼女は前を見ている。
それは、母さんたちも同じだ。
だから、深刻な話ではあっても、暗くはなっていない。
実際、あっけらかんと母さんが言った。
「でもまあ、簡単なんだよね。時間が解決してくれると思うよ。しばらく経ったら、モッドはモエラに飽きると思う。さっきも言った通り、本来のモッドは恋愛なんか必要としてなかったわけであってさ。それが彼にとって心地よい状態であったということであり、人間というのは、どんな変化があったとしても、いずれは自分の心地よい状態へと帰っていくものなんだから。そのうち『やっぱり運命の女性では無かったな』ってなるから、絶対に。大体、モッドみたいなああいう男は、女に理想を求め過ぎで、だから恋愛できないんだけどさ。だから大丈夫大丈夫。何回か会ってるうちに勝手に幻滅してくれるから。モエラも人間なんだから、粗なんていくらでもあるでしょ」
そう言われてモエラは――
「…………」
――なんだか、複雑そうな表情になっていた。




