父の姿
フンゾール=フォン=ゴーマン。
僕の父さんは、皆から慕われている。客観的にいって美男子で、若い頃はその甘い顔立ちで多くの若い女性を魅了していたらしい。
いまはその端正さを残したまま、どちらかというと甘さより重厚さが前に出た顔立ちになっている。声も渋く、誰かが父さんを指さして『魅力的な男性とはああいうものさ』とでも言ったら『お、おう……』と頷くしかない。
もちろん言動や立ち居振る舞いでも皆の心を掴みまくりで、こちらは老若男女を問わずにだ。なにより自他ともに認める恋多き女性であった母さんを、母さん本人の申告によれば父さんと付き合い出してから1度の浮気すら無かったほどに惹き付けているのが、その証拠といえるだろう。
そんな父さんが、師匠とセリアの想い人だったとしたら?
師匠とセリアは、かつて同じ人を好きになり、同時にその男性に失恋したのだという。もしその相手が父さんで、彼女たちから父さんをかっさらったのが母さんだったとしたら?
嫌な感じに、いろんなことが繋がってしまう。
「そ、そういうことだったんですか……『疾風のセリア団』消滅の理由が……当時ささやかれた無責任な噂話の内容そのものだった……とはッ!」
モエラも、察したらしい。呟く声からは血を吐くような辛さ、認め難いものを認めざるを得ないことへの呻吟が感じられた。彼女は母さんたちのパーティー『疾風のセリア団』に憧れていたのだ。その解散理由が痴話喧嘩だっただなんて明かされたら、そうなるしかないだろう。
僕と師匠とセリアとモエラ。
それと父さんは、居間のソファーで向かい合ってる。
この際だから、訊いてみることにした。
「以前から疑問だったんだけど……どうして、玄関ホールであんなことを……なんていうか、ヤってるわけ?」
僕が物心ついた頃からの、両親の習慣だった。毎週水曜日の夜、父さんと母さんが裸で身体を絡ませながら、獣のような声で叫びあっている。そのことについて執事やメイドさんに訊いてみたけど、みんな辛そうな顔で首を振るだけだった。僕は思った。大人になれば、きっと僕にも分かるんだろうと。大人になっても、分からなかった。どうして水曜日? どうして、いつ人が来るかも分からない玄関ホールで?
「それは、いつ人が来るか分からないスリルがあるからよ。もっとも、来客が直に玄関に入ってくるなんてことはないから、必要ない心配なんだけど」
すっと居間に入って来た、母さんが答えた。母さんを見て、父さんが目玉を震わし『裏切り者……』という表情になる。父さんは、とりあえず羽織ったガウンだけという姿だ。それに対して母さんは、びっちり隙の無い、いかにも貴族の奥様って感じの衣装に着替えていた。いかにも『事後』って感じなのは、父さんだけだ。可愛そうなほどに、馬鹿みたいである。
母さんを見て動揺したのは、父さんだけではなかった。
セリアもまた、動揺を新たにしたみたいだった。
「ネトラレが……イーサンのお父さん?……いや、韻を踏んだわけではなくて」
そんなセリアを見て、自分は何故か落ち着いたらしい。
深く息を整えながら、父さんが話し始めた。
「若い頃……武者修行で大陸のあちこちを旅したんだ。いまのお前と同じ様に……」
顔は僕に向けて、僕に説明する風を装いながら、しかし実際はそうであるはずがない。「うっわあ……こういう場面でヘタレなとこ、変わってないわよねえ」「そこが可愛いんじゃない」「まあ、それはそうなんだけどね。他人の男だと思うとさあ。可愛いって言うより、滑稽?」「え~。なによう、それを言ったらヨアキムだって……」セリアに対しての弁明でありながら、セリアに面と向かってはそれを言えない。そんな父さんを小声で評する師匠と母さんを無視して、父さんは続けた。
「『ネトラレ』は、そのときに使ってた名前なんだ。そして……見ての通りだよ。ネトラレとしてイゼルダと出会い、フンゾール=フォン=ゴーマンとして、彼女を娶った。そしてヨアキム――お前とミルカを授かったんだ」
セリアは、無言だ。訊きたいことはいっぱいあっただろう。あの頃、自分たちのことをどう思ってたのかとか。ぎゅっと結んだ口元は、それらの問を必死に押し留めてるように見えた。
話を進めることにしよう。
きっと、その方が良いに違いない。
「彼女はモエラ。コッパー国の姫です。実は僕、彼女と結婚を約束してるんだけど……彼女の実家から、モッド将軍の子息との結婚話が持ち上がってるんです。あ、そうそう。母さんには話してたことなんだけど、師匠とセリアとはもう結婚してるんだ。イーサンっていう、冒険者としての名前で。モエラとは、ヨアキムとして結婚するつもりなんだけど……父さん?」
僕とが匠たちと結婚してると聞いた途端、父さんの身体がびくっとなった。それを見て「男ってやつ……」と呟く母さんに、師匠が頷く。無視して、父さんは言った。
「そのモッド将軍の話……実は、私が頼んで進めさせてたものだったんだよ」
どういうこと?
ちなみに、父さんの一人称は『私』で、それが『僕』に変わるのは、母さんとの行為の最中だけだった。




