2つの戦争
グイーグは大国だ。休戦状態のものも含めれば、現在5つの戦争を抱えている。そしてその1つとして継続中なのが、魔王軍との大戦だった。
一方、コッパーも小国ではあるけれど、隣国のミジーンと戦争中。細々とした紛争が、継続的に続いてるといってもいい。
国境線のグレーな場所にある丘の所有を争ったりとか、それぞれが後押しする商人の係争に後乗りする形であったりとか。コッパーの隣にミジーンが建国して以来、不可侵条約を結んでたいくつかの期間以外のすべてが戦争中という状態で、ちなみに現在の戦争は、始まってからそろそろ30年になるらしい。
グイーグと、魔王軍。
コッパーと、ミジーン。
「モッド将軍は、この2つの戦争に関わっているんだ。グイーグでは全軍の指揮を取り、コッパーに対しては軍事的な援助を行っている。援助といっても、いくらかの資金と武器、それから数人の士官を軍の指導に行かせてるくらいなんだけどね」
モッド将軍主導によるこの援助は、数年前から続いているのだそうだ。
「みんなも知ってる通り、現在、魔王軍との戦争が行われている大陸南側と、ハジマッタ王国のある大陸北側の間で、商路が拡大しつつある。それに併せた街道の整備も進んでいるわけだけど、モッド将軍の狙いは、これをコッパーのある大陸北方まで延長することなんだ」
大陸北側と大陸北方。同じようだが、ちょっと違う。大陸北側は、文字通り大陸の北側という意味で、ハジマッタはそのほぼ中央にある。そして大陸北方と言った場合に指されるのは、ハジマッタより更に北。大陸北側においても特に北方に位置する地域だ。ややこしい表現だけど、コッパーは、この大陸北方の中央からやや南側の位置にあった。
「グイーグのコッパーへの援助は、大陸北方への意思表示として行われている。でも、それだけじゃなくてね。グイーグ名物のブチャケ石の護符だけど、あれに使われてる石って、今はどこから輸入されてると思う?」
「この流れだと、コッパーからなんでしょうね――ブチャケ石っていったら、チョマテヤの名産だけど」
とモエラ。
「そう。ブチャケ石はチョマテヤ国の名産だ。にもかかわらず、現在はコッパーから輸入している。何故か? 安いからだ。コッパーには、実はブチャケ石の大きな鉱脈がある。でも地理的な要因から、掘り出しても販路が無い。だからブチャケ石は、コッパーでは捨て値で扱われるクズ石に過ぎなかったし、採掘もほぼ行われていなかった。しかし――そこに目を付けたのが、モッド将軍だ」
コッパーのブチャケ石に注目したのは、モッド将軍が初めてではなかった。しかし、もとより小国コッパーから出る販路が貧弱であったのに加えて、チョマテヤのブチャケ石を扱う商人からの妨害もあった。そして何より――
「ブチャケ石ビジネスは『スネイル』に牛耳られてたんだ。採掘から精錬、職人の育成から価格の決定に至るまで、すべてに『スネイル』の息がかかっていた。でも、モッド将軍には勝算があった。何故なら『スネイル』はグイーグ国によって、過去に大打撃を与えられていたから――僕は、知らなかったけど」
モッド将軍の読みは当たった。コッパーへの援助物資を載せた馬車に、帰りはブチャケ石を積んで運ばせる。これに『スネイル』が手出しする気配は、まったく無かった。『スネイル』とグイーグの力関係を前提にした策が、見事にハマったわけだ。
「そして――実はその馬車は、復路に限って、軍からグイーグのとある商会に貸し出されていた。コッパーでブチャケ石を仕入れるのも、グイーグで卸すのも、同じ商会だ。言うまでも無いだろうけど、その商会は……」
「モッド将軍の持ち物だった」
「その通り。そういう背景があることを考えると、さっき話した大陸北方までの街道の延長が、意味を増してくる。大陸南側から北方まで街道が通った場合、北方側の終着点は、コッパーとなる可能性が高い。周囲の山岳地帯が理由だ。北方だけ見ると僻地のコッパーだけど、大陸南側と街道が繋がるなら、そうではない――北方商圏の入り口として、最適の位置ということになる」
「そういうわけか――だから、私と結婚したら」
「ブチャケ石の販路が拡大することによって、コッパーは発展するだろう。そんなコッパーで王女の夫になる。そんな男の父親は、ずいぶんと商売もやりやすいことだろうね」
「うん――いいわね」
「え?」
「つまり私と結婚すれば、イーサンが『そんな男』になるわけでしょ? だったら、いいかなって」
そう言われてもふわっとし過ぎてて、僕としては全然理解できなかったのだが。
「あ~分かる分かる。そういう面倒くさそうなの、イーサンは大丈夫っていうか、似合いそうだよね~」
「イーサンなら、多少ややこしい状況でも、最後はまとめてくれるだろうしね」
と、セリアや師匠にはちゃんと伝わってるみたいだ。いやそんなこと言われても、ちょっと前まで僕は、パーティーを追放されてばかりのダメ冒険者だったんだけど……
「イーサンって、大きな舞台の方が輝くタイプっていうか……」
「「!!」」
モエラの発言に『その通り』って感じの顔になる師匠たち。
で、実際に僕が『そんな男』になったとしたらだ。
その立場が与えてくれるものは……
「将来、宰相になるための大きな後ろ盾となるか。それとも――」
ふと浮かんだ考えを、僕は押し留めた。
とにかくそうすると、僕は既に決めているのだから。
そう――既に決まっている。
僕が、モエラと結婚することは。
いま話してるのは、それをどう周囲に納得させるかであり、その障害となるモエラとモッド将軍の息子の結婚話に、どんな背景があるかだった。
「問題は、モッド将軍のしてるのが、決して悪いことじゃないってことなんだよね――モエラと僕以外にとっては」
コッパーまで街道が繋がれば、コッパーは栄えるし、その影響は大陸北方全体に活力を与えることになるだろう。グイーグ国としても、コッパーに影響力を持つのは、大陸全体を街道が縦断する時代において、大きな意味があるに違いない。実現すれば、モッド将軍の功績は計り知れないことになる。
僕がしているのは、それに後から横入りするのに等しい行為とさえいえた。
どういうことかというと、悪役は、完全に僕なのである。
「そうかなあ……横入りしてきたのは、モッド将軍だと思うけど? だって私は、モッド将軍の話が来るよりずっと前から、イーサンのこと、す、す……好きだったから……イーサンは、どうだったか知らないけど(チラッ)」
「「「うわあ」」」
「な、なによお……」
僕も、師匠も、セリアも言葉を失った。モエラの発言のあまりの可愛さに。こんな可愛いことを言ってくれる眼鏡でしっかり者で年上の妻――モエラ26歳とは、なんと尊い女性なのだろう。
なんだそのオチと言われそうだが、そういうことなのである。




