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豪奢なドレスに身を包み『姫』と呼ばれている。
貴族? 王族?
確かなのは、モエラが本来ならギルドの受付などやってるはずのない身分だということだ。
そしてもう1つ、衝撃的な事実が分かった。
「セリア……あなた、師匠なんでしょ? 気付かなかったの?」
「いや、これは……盲点だったとしか」
僕が子供の頃から一緒にいる、師匠ですら知らなかった事実。
それは――
「「絵、下手すぎでしょう……」」
――僕は、絵が壊滅的に下手なのだった。
魔術の矢から得た情報で、モエラの居場所を地図にしようと筆を取ったのだが。
「グリシャム。正直に言ってくれ。これが、何に見える?」
「犬……です」
「どんな犬だ?」
「皮膚病で死にかけてる犬……としか見えません」
このザマなのだった。
しかし、絶望する必要はない。
「――ああ、なるほどなるほど。こんな感じね」
代わりに師匠が、無詠唱の『魔の先導者』で調べて書いてくれた。
すると、グリシャムが――
「これなら分かります。王都の貴族街ですね。って――ええ!! どうして地図が犬に!?」
――師匠が書いた地図と僕が書いた地図を見比べて、汗を流し始めた。粘ついた、明らかに恐怖から来てると思しき汗だった。冒険者ギルドのギルマスにして犯罪組織の大物である人物にこうさせてしまうほど、僕の絵の技量はヤバいレベルにあったらしい。もちろん、悪い意味で。
「すみません。ふー。ふー」
とうとう膝をついて過呼吸になりだしたグリシャムを、ベッドで休ませて回復を待つことになった。しかし申し訳なさからか、そんな状態なのに、グリシャムは説明を始める。
「ふー。ふー。あの場所は、王都の貴族街――貴族の屋敷が集まった場所です。ふー。ふー。モエラのいる屋敷については、ふー。ふー。調べさせましょう。ふー。『スネイル』で」
地図を『スネイル』の人間に渡して、屋敷の場所と持ち主を調べてもらうことになった。しかしそれとは別に、やれることもあった。
「モエラの失踪の背景についてはそちらから探るとして、彼女自身からも直に確かめた方が良いんじゃないかね。イーサンにも、もうアレ、出来ると思うし」
ああ、アレか……
「どうでしょう。以前やったのは――4年前か」
「あの時は全然だったけど、いまなら大丈夫だろ?」
「そうですか……?」
半信半疑で、僕は魔術の矢を踏み直す。
『魔の先導者』で出した魔術の矢は、探したい対象がどこにあるか、方向を指して教えてくれる。もし対象が転移魔術で移動してた場合は、矢印を踏むことで転移先の情報を得ることが出来るわけだが……
「んー。座標、転移先の魔素濃度、真空化術式の作用許可……いいね。漸次情報共有完了。出来る男になったねえ! イーサン」
矢印を踏みながら、同時に僕は、脇に置いた転移の魔道具――『跳躍の輪』に意識を集中していた。
『始原の魔術』は、他の術式や魔道具と情報を共有して使うことが出来る。今回の場合は『魔の先導者』と『跳躍の輪』を連携して、モエラのいる場所に転移しようというわけだ。
以前試した時は失敗して、3日間ほど熱と吐き気に悩まされた組み合わせなんだけど――あの時もあの時で、師匠に添い寝で看病してもらったりして、決して悪い思い出ではないんだけど――今回は、成功。
『跳躍の輪』に、足が沈み。
見る間に全身が吸い込まれて、僕は、転移した。
モエラのいる、屋敷へと。
●
『跳躍の輪』は、転移先を厳密に指定できるわけではない。正確には、してくれるわけではないというべきか。今回みたく厳密な座標を指定した場合でも、転移先の状態によって、より転移させやすい場所へと勝手に変更されてしまう。特に初めて行く場所だったりしたら、数キロメートルの誤差があってもおかしくはない。
でもそれは、『跳躍の輪』次第で行く先が決まるというだけだ。
決して、望んだ場所へ行けないというわけではない。
それは、僕も分かっていたのだけど。
こんなこともあるのか――それでも、驚かざるを得なかった。
「え……イーサン?」
転移した僕の目の前に、モエラがいた。
大きなサンドイッチを、手に持った彼女が。
テーブルには、ほとんど食べ終えたシチューとサラダの皿。
うん。
「とりあえず、元気そうでよかった」
彼女も言った。
「うん。とりあえず……元気」




