幹部を尋問する
赤い点――『スネイルの幹部、もしくは一定以上の魔力の持ち主』
5つあったそれも、残るは1つ。
城を出ていく方向へと動いていたが、僕らが他の赤い点を斃し終えた頃には、方向を変えていた。
城の中央へ、戻る方向へと。
「言っただろ?『どうせ、すぐ戻ってくる』ってさ」
師匠の予測した通りになったわけだけど――なるほど。
地図を見たら、分かった。
逆に、何故分からなかったという話でもある。
だって、師匠が言ってたじゃないか。
『あそこが、集積場だね』って。
最後の赤い点が、もうすぐここに着く。
着くことが出来ればの話だけどね。
「なにあれ、凄っ! 凄~い!」
見るなり、セリアが笑いだした。
僕らはいま、見下ろしている。
翼型の魔道具で、飛び立った空の上から。
地図では、赤い点が、まっすぐこちらに向かって進んでいる。
実際の景色では、瓦礫を乗り越え、息を切らして走る男――あれが、そうだろう。
そしてその後ろの彼らは、地図には表示されていない。
『飽くること無き殺人者』
ただ殺人だけを目的とする死体の群れ。
この城の周辺にあった数千の死体。
そのほとんどは、城の裏手にある崖――集積場に捨てられていた。
あの赤い点は、その集積場に向けて逃走していたのだ。
まさかそこにいる死体が、殺人のための活力を手に入れてるとは知らず。
その結果――
「あぎゃぁああああ!! なんでぇえ!? なんでだよおおおおっっっ!!!!」
――行く先を反転し、城の中央へと戻ろうとしている。
崖を這い登ってきた死体は、腐敗と欠損で損傷が激しく、原型を留めてるものは、ほぼ無いと言っていい。それでも手なら手、頭なら頭だけで指や顎を使って這い進み、途中で無い者同士でくっつきあって、新たな人体を形作って歩きだしたりしていた。
「黄色が、意外と減らないわね……直に殺っちゃう?」
母さんがぼやいた。黄色――『生存している人間、動物、魔物』は、まだまだ数が多い。城が倒壊した時点でかなり減ったけど、その後は、せいぜい三分の一くらいしか減っていなかった。
上空から見てると分かるけど、単純に、彼らが頑張っているのだ。瓦礫に身を隠したり、数人で死体を返り討ちにしたり。黄色い点には番犬として飼われてる魔物も含まれていて、それも大きな戦力となっていた。
そんな光景を、やっぱり、直に見たからだろう。
こんな風に、思えてきた。
「別に、殺さなくてもいいんじゃないかな」
ここにいる『スネイル』を全滅させたとして、その後は?
殺して、それで終わりになるのか?
もちろん、僕だって知っている。何かが完全に終わってしまうことなんて、その方が珍しいってことは。『スネイル』が全滅しても、彼らが作った仕組みは誰かによって生き続け、あるいは模倣され、同じ様な悪徳を機能させ続けるに違いない。
しかしそれでも、単純に全員殺すのは違うというか――
「なんていうか、もったいない様な気がするんだよね」
へえ、と言ったのが、誰だったかは不明だ。
師匠は、こう言った。
「とりあえず、あいつをボコってから考えようか」
というわけで、最後の赤い点は、城の中央へと拉致されることになった。
突然あらわれた巨大な手にすくい上げられ、宙を運ばれて。
「…………」
恐怖を越えたのか、男は、もう悲鳴すらあげない
なんだか白けたような表情でタバコを吸い始めた。
タバコの火が、夜空を渡っていく。
立ち上る、煙とともに。
●
「いや、もう逆らう気なんて無い。まったく無い。俺は割と事情通でさ。その……知ってたのよ。『月の裏側』っていうのが、俺らにとってヤバい言葉だってことはさ」
男の顔は、キレイなものだった。ボコると師匠は言ったけど、実際は脇腹を蹴り上げるくらい。城の中央に運ばれ、そこに散乱する死体と僕らを見比べ、そして地面に降ろされるなり、男は地面に這いつくばったのだった。
「こうさ~ん。降参だよ~。俺はもう、一切、あんた方に逆らいませ~ん」
そこまで言われては、こちらとしても何も出来ない。毒気を抜かれたというべきか、近付いて蹴りを入れる師匠も仕方なくというか、面倒くさそうだった。
男の尋問が僕に任されたのは、そういう流れでだった。
まずは――
「ど、どうして俺らが襲われたか? ああ、アレだろ――分かってるさ。あんたら、マタド=ナリの『夜想曲』で揉めた、冒険者だろ? いや、俺らはもう手を引くつもりだったんだ。もう3年前か。先代が、あんなことになっちまってさ。変わったんだよ。ある程度相手が強そうだって分かったら、もう手を出さないって。相手が根負けするまで喧嘩し続けるような、そういう組織じゃないんだよ」
どうして『夜想曲』を盗聴していた?
「そ、それは……あんたらの、アレなんだ。実は……『夜想曲』には金を渡しててさ。教えてもらってたんだよ。凄そうな客が来たら、教えてくれって。で、そういう客が来たら、連絡をもらってさ。魔道具で、その……記録を取って、裏で売るっていう……そういう商売をしててさ。あの晩は『凄い客が来た! いますぐ来い!』って呼び出されて、実際、行ってみたら凄くて……それで慌てて記録を始めたら『スネイル』の名前が出て……って流れだったらしい」
「「その記録は!?」」師匠とセリアが割り込んできた。
「城にあったけど、もう壊れて見れなくなってるんじゃないか?――ああ、もったいねえ」
見たのか?
「見た……見ました。凄かった……凄かった。若さ、バカさ、エロさが渾然となった、明るく、激しく、そして淫らしい……あの、仰向けになっても、いいかなあ。その、苦しいんだ。あんたらのプレイを思い出したら、股間が、その……強張って、うつ伏せのままだと、苦しいんだよ」
許可した。
「ふう……ちょっとは楽になったか。『スネイル』も、これで終わるっていうなら、それでいいのかもしれねえなあ。今夜の会合も、結局は、どうやって『スネイル』を終わらせるのかって、いま考えると、そういう話に終止してた、そんな気がする……そうだったと、認められるよ」
『スネイル』を終わらせる?
「言ったまんまさ。先代が死んで、いまは残された坊っちゃん嬢ちゃんを、俺ら幹部が世話している。『スネイル』が稼いだ金で、養っている。表向きは、俺らが坊っちゃん達の後ろ盾になって――口さがない奴らは俺らが坊っちゃん達を操ってるなんて言ったりもしてるが、実際は違う。坊っちゃん達は『スネイル』にはまったく関わっていない――まあ、それで済んでたうちは良かったんだが」
スネイルの遺児のうち、成人した何人かが、組織に関わることを望むようになったのだという。
「先代を殺ったのが誰か――探しちゃあいるさ。でもね、そんなのは、坊っちゃん達を組織に近づけないための方便なんですよ。それが分かっちまったら、仇討ちが始まる。それが、口実になっちまう。坊っちゃん達が『スネイル』の中の人間になる、理由が出来ちまう。だったらさ……いつまでも、分かんないままでいいだろうって」
先代の遺児が跡を継ぐのは、不味い?
「不味いさ。『スネイル』は、大きい。手を広げすぎた。馬鹿でかい図体を維持するには、喧嘩なんてやらないに越したことがない。効率って奴が、それを求めちゃいないんだ。何事も、金と口先で解決するのが一番さ。だからさ、困るんだよ。坊っちゃん達が組織に入って、兄弟喧嘩なんか始められたらさ。『スネイル』には、もう要らないんだ。そういうのは。今日だって、みんなで言ってたんだよ。いまの『スネイル』に必要なのは、役人みたいな頭の良い連中で、俺らみたいな悪党は、どんどん要らなく……いなくなってくんだろうなって」




