表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/56

王都の家

「はぁ……疲れた」


 芝生にへたりこみながら、僕は『跳躍の輪』をしまった。何度経験しても、この魔導具で移動した後は、安心で力が抜けてしまう。つまり何度使っても、不安になってしまうということだ。


 どこかで声がする――といっても、当然、屋敷のどこかからなのだけど。


「ぼっちゃまがお戻りになりました~」


 ばたんと、あちこちで扉の開く音がして。次の瞬間には、僕は、わらわらと集まってくる使用人たちに囲まれていた。椅子とテーブルが出され、お茶が用意される。背後ではメイドが日傘で影を作り、更にその後ろでは、日除けの大傘が建てられつつあった。


 僕は、この屋敷の『ぼっちゃま』だ。


 この屋敷の主人は、グイーグ国の宰相、フンゾール=フォン=ゴーマン公爵。

 その嫡男が、この僕。


 ヨアキム=フォン=ゴーマンだ。


 いずれは僕も、父の跡を継いで宰相になることになっている。少なくとも、そのための道が用意され、そこを進むのが自明となってるのは確かだ。そしていまは、来るべき時を迎えるために経験を積む段階で、冒険者としての活動もその一環だった。


 本来なら、父の目の及ぶ場所で執務を学ぶべきなのだろうけど、そうしていないのは、時期が時期だからだ。いま人類は魔王の軍勢と戦争していて、魔王国と国境を接する大陸南側の国々は、どこもまとも(・・・)とは呼び難い状態となっている。


『国土よりも、心の方が荒れる戦争だ』と父は言っていた。


 こんな状況で行われている政治を学ばせるのは毒になるのか薬になるのか? 毒になると判断した父は、僕を自分から遠ざけ、代わりに家庭教師へと戦争が終わるまでの教育を一任した。


 人生における、ある種の蟄居とも呼べるだろう。


 そういう貴族の子弟は決して少なくないどころか、むしろ多数派なのだそうだけど、ほとんどは戦火の及んでない大陸東側の国に遊学しているらしい。冒険者ギルドに登録して1メンバーとしてパーティーに参加したりしているのは珍しいというか、僕くらいなんじゃないだろうか。ちなみに僕が冒険者として活動しているのも、自国から遠い大陸東側の国々だ。


 そんなことを考えながらカップから口を離したのだが、鼻腔に残る香りを楽しむ間もなかった。窓の下の庭木から、飛び出すように駆けよる影。


「お兄さま~。クビになったんでしょう~? また、パーティーをクビになってしまったんでしょう~? ああ。なんとお可哀そうに! これでもう、四度目じゃありませんか!!」


 なんて言ってるくせに、可哀想と思ってる風にはぜんぜん思えない声と表情の彼女は、ミルカ=フォン=ゴーマン――僕の妹だ。


「はっきり言うなよ。ミルカ」

「うふふ。構わないじゃありませんか。はっきり言ったって」


 抗議すると、ミルカは父そっくりの気の強そうな瞳を、くるりとさせて笑った。彼女の通う学園では、ミルカの信奉者が増える一方だと聞いてるけれど、きっとみんな、この笑顔にやられてしまったんだろうな。


「だって、そうでしょう? お兄さまにしてみたら、冒険者なんてお遊びに過ぎないんですから。なにしろ、ご自分の持ってる力のほんの一部しか使ってらっしゃらない。そんなお遊びでしくじったからって、心から傷つくものでもないでしょうし、逆にもし本当に傷ついたというなら、そんなの図々しいというものですわ」


「むう……」


 あまりに的確に指摘されて、僕は反論も、逆に首肯して認めることも出来なくなってしまった。ミルカの言う通りなのだ。僕が自分の持ってる力を全部使ったら、パーティーをクビになんてなるはずがない。


 ジャンもクラウドもメリッサも、本来なら、僕と対等に話したり出来る身分ではない。たとえば、いま視界の隅に立つ執事に二言三言伝えるだけで、僕は、彼らの人生を終わらせることだって出来る。


 彼らの方から、僕にパーティーに戻るよう請わせるなんて、もっと簡単だ。


 でも、そんなことはしない。僕が冒険者をやっているのは、学びのためだからだ。たとえどんなに酷い扱いを受けたとしても、それもまた、僕の学びになる。パーティーをクビになったことだって、然りだ。


 もっとも同時にそれは、冒険者が、僕にとって決して人生をかけるような仕事ではないことも意味する。それが、態度にも出ている。今日だってそうだ。もし僕の生きる術が冒険者以外に無いのなら、クビを宣告されたその場で土下座し、泣き縋っていたことだろう。


 ミルカが言った『お遊び』というのは、そういうことなのだ。


 とにかく僕は、僕が持っている公爵の嫡男という立場を利用するつもりはない。ジャン達にしてみれば、舐めた話だ。僕のスペシャルはこの立場であり、そのスペシャルを、僕は使わないというのだから。


「ねえ、お兄さま。次はどこの冒険者ギルドで活動するおつもり? 今度は東じゃなくて、北の方の国に行ってみるのもいいんじゃないかしら。お師匠さまに頂いた『跳躍の輪』を使えば、どこにだって行けるんでしょう? いろんな土地土地を見比べることも出来ますし、知見を広げるには、きっと良いことですわ」


 北の国か。

 それもいいかもな。

 でもいまは……僕は、席を立った。


「まずは、師匠に報告してくるよ。パーティーを、クビになったことをね」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ