私たちの恋
師匠とセリアが、このハジマッタ王国でパーティーを組んでた頃の話だ。
僕が生まれる前のことで、僕の母もメンバーだった。
怪力で機転の効くセリア、魔術の達人である師匠、とりあえず剣で突っ込んでく母は、エルフ、ダークエルフ、人間といった具合に種族もばらばらだったけど初対面から仲がよく、王国のあらゆるダンジョンを、驚異的なスピードで制覇していったのだという。
その途中で遭難している冒険者を救ったりといったこともあり、彼女たちの名声は、瞬く間に王国中に広がっていった。
師匠が好きになったのは、そんなダンジョン探索の途中で知り合った少年だった。そして間もなく、セリアもその少年のことを好きになった。つまり彼女たちは、同じ相手を好きになってしまったのだった。
少年はソロの冒険者だったので、セリアも師匠も、少年がギルドに顔を見せるのを待ち伏せては、一緒に依頼を請けようと誘ったりしていた。ストレートに食事に誘ったりしないのは、初恋ゆえの自意識過剰からだ。そう。これは、2人にとって初めての恋だった。
そして、初めての失恋になった。
2人とも、少年に振られてしまったのだ。
その結果を、彼女たちがどう受け止めたのかというと――
「「オマエが邪魔したからぁああああああっっっ!!!」」
――八つ当たりと、責任転嫁の応酬となった。
怪力と魔力の応酬は、周囲に甚大な被害をもたらし、地の果てまで轟く罵倒と汚言は、近辺の子供たちの品性と精神の安定を、その後何年にも渡って、著しく押し下げることととなったという。
「こおのXXXでXXXXXなXXXXXXがぁああああっ!!」
「あんたなんてXXXでXXXXでXXXXXXなXXXXのくせに!!」
「うるさぁああい! XXX!XXXX! XXXXXXXXX!」
「XX! XXX! XXXX! XXXXXXX!」
「XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX!」
「XXXX~~~~~~~~~っっっ!!」
やるだけやって、言うだけ言って――しかし本人たちはといえば、失恋の悲しみどころか日頃の鬱憤やこれまでの付き合いで溜まってた細かい不満なども吐き出して、ただひたすらスッキリしただけだった。
「ねえマニエラ?」
「なあに? セリア」
「もしかしたら、私たち、また同じ人を好きになっちゃうかもしれないね」
「そうしたらどうする?」
「う~ん。どうしよう」
「でも私たち、友達だからね」
「うん。私たち、ずっと友達だよ」
焼け焦げ抉られた大地に、少女たちの笑顔が咲き誇る。
●
「で、それがどうしてこういうことになるんですか?」
いま僕は、いわゆる『事後』の状態だ。
右にセリア、左に師匠。
2人に腕枕しながら、彼女たちの話を聞いている。
もちろん、3人とも全裸である。
せめて下着くらいはと思ったけど、許してもらえなかった。
僕は訊いた。
「その爽やかな結末と、現在の状況がまったく結びつかないんですけど」
いま部屋は、息を吸っただけでまた淫らしい気持ちになってしまいそうな臭いで満たされてるし、師匠たちの指先は、僕の敏感な部分とその周辺を、そよそよと、柔く、微かに、しかし淫らしく刺激し続け、視線は僕の反応を上目遣いで見張り続けている。
「う~ん、まだ終わってないしぃ」
「終わってないしぃ」
「もうちょっと、続くんじゃぞい」
「じゃぞ~い」
というわけで、話は続く。
●
失恋大バトルから20年。
既にパーティーは解散し、セリアと師匠が最後に会ってからも、10年近くが経っていた。もっともエルフである彼女たちの基準では、大して長い時間でもないのだけど。
「それでもね、いろいろ分かることはあるのよ」
と、師匠。
「うん。私もね、いろいろ分かるようになった。だから、師匠に連絡したんだしね」
僕と出会い、師匠との関係を嗅ぎ取って――セリアが師匠に連絡を取ったのは、僕に恋する可能性を自分に感じたからだった。
「最初にイーサンの『始原の魔術』を見たとき思ったの。これは本物――私にとっての本物、マニエラの『始原の魔術』だって。私以外には見分けがつかないだろうけどね。それで思ったの。イーサンのこと、好きになっちゃうか、もう好きになっちゃってるかもしれないなって」
「私も、同じこと思った。連絡をもらった時、セリアはもうイーサンのことを好きになってるか、これから好きになるんだろうなって。自分でもそれを分かってて、だから私に連絡してきたんだなって――やっぱり、私たちは同じ男の子のことを好きになるんだなって」
「それが『いろいろ分かったこと』なんですか?」
「ううん。違う、それとは違うの」
「あのさ、イーサン。そういうんじゃなくて、なんていうか……」
「考え方、かな」
「そうそう。あの、私たちも若くは見えても色々経験してるから。性的な意味ではなく。いろんな事故事件にぶち当たって来たから。それでね、その結果、考え方が変わってきたんだ。何かを始める時に『こうしたい』じゃなくて『こうしたくない』って考えるようになってきたんだよ」
「『最善』じゃなくて『最悪』をね、考えるようになってきたの」
「そう。最善を目指すんじゃなくて、最悪を避けるのを優先するようにね、考え方がついついそうなってしまうようになってたんだ。それでね、私がイーサンを好き。イーサンも私を好き。セリアがイーサンを好き。イーサンもセリアを好きってなった場合、何が最悪かっていうと」
「2人とも振られること、だよね」
「だったら潰しあいなんて最初から止めようって。『私の恋』じゃなく――」
「――『私たちの恋』を優先しようって、決めたの。私とマニエラでね」
そんなわけで、僕らはもう何度目か分からない行為を再開する。
「イーサンもセリアを好きになるのは分かってたから。最初から、心を許してたんでしょう? 隠すべき『始原の魔術』をセリアに見せて、何も疑問に思ってなかったんでしょう?――分かってた。あなたの母親も、そうだったから。昔からイゼルダは、私とセリアのことを根拠も無く信用して、安心して――だから、セリアといる間は私のことを気にしなくても良いようにしたのよ。素直に、セリアのことを好きになって欲しかったから……ああん、ずるい。セリア、私にも、それ、ちょうだい……」
本当に、優しい師匠だ。
「あの……じゃあ、師匠もセリアも、2人とも僕の恋人ってことでいいんだよね?」
そんな問いに、嬌声で答える2人を見下ろしながら、僕は考えていた。
あれ、しちゃっていいんじゃないかなって。
僕は言った。
「あのさ――」