最初の判断
『疾風の夜明け団]』
そのメンバーは、僕、セリア。
そして――
「よろしくお願いします、リーダー。立ち上げは、お任せしましたからね」
――モエラだった。
昨夜初めて知ったけど、実はモエラは、Dランクの冒険者だった。
病気のお姉さんの世話をするため、一時的に引退してギルドの職員に。そしてお姉さんが快癒した後も復帰のタイミングを掴めず、そのままギルドに勤め続けていたのだそうだ。しかし――
『時代の変わり目で、その波に乗ろうとしている人がそこにいる。だったら、私も乗ってみるべきかな、と』
――昨夜、そう言ってモエラは、僕らのパーティーへの参加を希望した。同時に、モエラのその申し出が、パーティー結成を現実的なものとする、最後のひと押しとなったのだった。
さすがに今日明日でギルドを退職するというわけにはいかず、僕らに合流するのは仕事の引き継ぎが終わってから。でもそれも、次の月末――10日後より後にはならないらしい。
「はい。これで、パーティー結成に関する手続きは終了しました」
モエラから受け取ったパーティーの登録証を、僕はカウンターに置いた。そしてなんとなくなんだけど、その上に僕たちは手を重ね――
「「「我らに、ゴチャマレラのご加護がありますように!」」」
――声を合わせることで、パーティーの前途を祝したのだった。
そして、そのまま仕事を受注した。『疾風の夜明け団]』にとって初めての仕事であると同時に、モエラに手続きしてもらう最後の仕事でもある。
「これなんかどうかしら? ト=ナリ市への素材運搬。各種薬草薬材――昨日あなた達が運んできた『根張り芋』の一部も含まれてるわね」
「ト=ナリなら、片道3日。そっちで何か仕事を請けて……この街に戻ってくるのは7日後ってところかな」
「だったら、15日後期限で『根張り芋』の納品依頼が出てます。ト=ナリからマタド=ナリまで足を伸ばして買い付ければ、帰りは10日後ちょっと」
「そんなところよね。買い付けは半日もあれば終わるし。で、5日間の余裕をどう見るかだけど――リーダー、どう思う?」
「うん……」
話を振られて、ちょっと焦った。というか、思考が吃ったような感じだ。傍観者気分だったつもりは無いけど、ベテランの商人とベテランの受付嬢のやりとりに、ちょっと圧倒されてたのだった。
でも……うん。
「モエラ。『根張り芋』の納品依頼は、マタド=ナリのギルドでも請けられるよね?」
「ええ。仕事の受発注については、冒険者ギルドの支部間で共有されてますから」
「だったら、マタド=ナリに着いてから考えよう。セリアはベテランの商人だけど、僕らは、まだ新しいパーティーだ。まずは、パーテイーで動く感覚を掴むべきだと思う。効率を追求するのは、次回以降――ってことで、どうかな?」
「良い判断なんじゃないかな。リーダー」
「では、ト=ナリ市への運搬依頼だけを請負申請します」
どこか満足げな顔をする2人を見ながら、僕は、これがリーダーとしての最初の判断だったんだな、と胸を撫で下ろした。ちょっと、鼓動が早かった。
手続きの流れはこうだ。まずは、セリアが商人ギルドの登録証で運搬の仕事を請け負う。それから冒険者ギルドに対して護衛任務を発注。最後にそれを『疾風の夜明け団]』として請け負う。
結果、収支だけ見ると、利益はセリア個人で請けた場合に比べて、若干少なくなる。護衛に対する支払いがあるからだ。もちろん、護衛も僕らが請けるわけだから、ほとんどが報酬として戻ってくる。しかし、そこからは冒険者ギルドに払う手数料が引かれており、その分、マイナスとなるわけだ。
しかしそれも、いまだけ。そのうち護衛を付けるのが義務化されれば運搬の報酬に護衛の依頼料も含まれるようになるはずだし、なによりいまはパーティーとしての実績を積むのが優先というのが、僕らの考えだった。
冒険者ギルドが商人ギルドに出した運搬依頼を冒険者ギルドのカウンターで請負い、更にその場で護衛の依頼を出し、今度はパーティーとして請けるという、かなり面倒くさい手続きを、モエラは手際よく済ませてくれた。
というわけで――
「では、出発!」
――言ってハイタッチし、カウンターを離れた。
そして荷物を馬車に積み、僕らは街を出たのだった。
●
「あのさあ、それって、かなり面白いことやってるよね?」
馬車を走らせて30分も経った頃。
セリアがニマニマ笑って言った。
「そうか……騙せてなかったか」
「私は、知ってるからね――本物も、偽物も」
彼女が言う『本物』とは『始原の魔術』のことだろう。
ついさっきから、僕はこんな呪文を唱えていた。
「地心天頂北辰椀下、四方八方竹箒。風来地骸を遠ざけ給え――祓い給え――セイッ! セイッ! セイッ!」
旅の災いを遠ざける魔術だ。ばったり盗賊や魔物と出くわすのを防ぐことが出来るし、それが無理な場合も、嫌な予感として報せてくれる。
でも僕がやってるのは、その偽物だ。『始原の魔術』をアレンジして、同じような効果を出してるに過ぎない。
なぜこんなことが可能かと言うと、一般的な魔術というのは、全て『始原の魔術』を元に創られており、この魔術も、その例に漏れないからだ。
そして『始原の魔術』を知ってるセリアにしてみれば、逆に一般的な魔術の方が偽物ということになるのだった。
「どんな風にやってるの? 教えて。私も試してみたい」
「どんな風って……『始原の魔術』のどれってわけじゃなくて、あえて言うなら全てかな。『始原の魔術』を発動する前段階の『確立平均化』とか『多次元認識』を、あんまり強くない感じで演繹してるっていうか」
「あなたの先生は、優秀なエルフだったのね」
「うん。そう――そうだね」
頷きながら、僕は、師匠の顔を思い出していた。
そしてまだ知りもしなかったのだ。
セリアが言った『本物』の意味を、自分が全く分かってなかったってことを。