パーティーを作る?
「パーティーを、自分で?」
思わず訊き返すと、ちょっと寄り目になって、モエラが続けた。
「普通はですねえ。若い冒険者っていうのは、パーティーで先輩の背中を見ながら色んな不文律を学んで、技術をつけて、そうしながら自分のスタイルを模索してくものなんです。でもあなたの場合、冒険者としての職能は既に優れたものを持っている。でも自分のスタイルはまだまだ模索中――違います?」
「そう、ですね」
「そんな状態のあなたが、下手にパーティーに入って人の下についたりしたら、自分のスタイルを掴むどころか、能力の方も頭打ちになりかねない。そういうのを、あなたは避けたいと思ってるんじゃないですか?」
すると僕が答える前に、ムガールが頷いて言った。
「そう……だな。確かにそうだ。冒険者ってのは、能力とスタイルがこう……不可分。相互に高まり合ってくものなんだ。どちらかだけが高くなってるなんてのは、俺に言わせれば、ただの足踏み――いまのおまえに必要なのは、自分のスタイルを育てつつ、パーティーに参加して仕事の幅を広げていくこと。しかし、パーティーで誰かの下につくのは効率が悪い――となったら、自分で作るしかないよな。なあに、パーティーなんて、極端な話、メンバー全員が臨時雇いでも構わないんだから。そうやってパーティーで仕事を請けて、仕事の幅を広げつつスタイルを確立していく。並行して、フリーで今回みたいな仕事を受けるってのもありだな。自分でリーダーをやり始めると、他のリーダーのやってることが、全然違って見えて来るようになる。学べるところも多いだろう。こういうのを、なんていうんだっけ、に、に、にも……」
「二毛作。基本的にはフリー志向。でも自分の将来のためにパーティーも作る。悪い言い方をすると、他人を利用する。あなたみたいな優しいタイプは、こういう考え方、独善的って嫌がるかもしれないけど――パーティーのリーダーなんて、ぶっちゃけ、みんなそんなものなんですから」
「そうなんだよ。そんなものなんだよ。俺も、自分の力とかやり方を試したくて、パーティーを作ったって面は、否定できない。いや、自分の一家を持ちたいなんてやつは、確かに独善的なものなんだ。でも、いずれは――まあ、いいか」
『その気になったら、言ってくれ』『同じ様に自分の修行のためにパーティーを作った先輩を紹介しますよと』――最後は、そういう風に言ってもらえた。
●
パーティーを作る……か。
帰り道、僕はふわふわしたような、落ち着かないような気持ちになってた。
さっきの二人の話は、まるで自分の胸の中を正確に言い当てられたみたいで、石材の中から像を彫り出すように、自分でも薄々感じていたことを、言葉で、くっきり輪郭まで彫り起こされたような感覚だった。
今日の宿は『森の恵み亭』だ。
当然ながら『夜想曲』ではない。
「ああ、おかえりなさい。粥でもお腹に入れるかい?」
と、女将さん。遠征の間も部屋は借りっぱなしだったけど、いつ帰るかは伝えてなかった。でも僕の姿を見てちっとも驚いてないのは、きっと冒険者の仕事について良く分かってるからなんだろう。
「ありがとうございます。ああ……温かいな」
席につくと同時に出されたのは、根菜と麦の粥だった。
お腹の底から熱くなって、疲れが溶けてくみたいだ。
「………(チラ)」
「エミリーちゃん、ただいま」
厨房の陰から、ちらちらこちらを見てるエミリーちゃんに、声をかけた。
手招きして、懐から出した包みを渡した。
「おみやげだよ。開けてごらん」
「え、これって……うわあ。きれい」
包みの中から現れたのは、透明な鉱物の花。
『石栄花』と呼ばれている。
昨日の、戦場から手折ってきたものだ。大魔力が使われた場所では、もとからそこに生えてた植物に魔力が浸透して、鉱物と化すことがある。そうして花が変化したのが、この『石栄花』だ。特別というほどではないが、そこそこに珍しい品だった。
「嬉しい……イーサンさん、ありがとう。私、わだし、ごべ、ごめんなさい。わたし、わたし……」
やっぱり、気にしてたんだな。
この間の『お早いお帰りですね』事件のことが、彼女には、まだひっかかったままだったのだ。
「この娘ったら『イーサンさんがよその宿に移っちゃうかもしれない』~って、朝からオロオロしっぱなしだったんだよ」
女将さんが肩をすくめて、みんなが笑った。
それで、この話はおしまい。
「もう! そんなこと言わないで!」
と顔を赤らめて、エミリーちゃんも仕事に戻る。
ふと、気付いた。
「『石栄花』か……うん。『石栄花』が珍しがられてるってのは、いいことだよな』」
そう呟く声と、それに頷くひとたち。
その言葉の意味を僕が理解したのは、その翌日のことだった。
●
いつもなら、僕は数日後までの仕事を予定に入れている。
でも今週は、討伐任務が長引くことも考えて、いっさい仕事を請けてなかった。
当然、ギルドで仕事を探すことになる。
数日後の仕事ならカウンターで紹介してもらうことが出来るけど、今日や明日請けられるレベルだと、貼り出されてるものから探すしか無い。
その中で、容易に受注出来るものといったら、やはり『採取』になる。
『根張り芋』の採取。
それが、今日の仕事だ。
「教えて教えて『魔の先導者』!」
魔術が教えてくれる場所を掘るだけなので、簡単なものだ。
考え事をしながらするには、ちょうど良かった。
昨日の話についてだ。
自分でパーティーを作るという、そのこと。
イケるんじゃないか、という思いと。
そんなにうまくいくかな、という思い。
その両方が、交互に訪れている。ただなんとなく感じるのは、気持ちで揺らいでる部分がほとんどだということだ。
ちゃんと考えるには、材料が足りない。
でもいま大事なのは、気持ちなんじゃないかという気もする。
そんな、まだまだ答えの出なさそうな、考え以前の考えを繰り返しながら、作業していた。
『根張り芋』の採取は、根の部分が対象だ。
丸く膨らんだその部分を、ひとつひとつ油紙で包んでいく。
薬の材料として売られるのだけど、地面に落ちると瞬時に根を張り始め、薬効が落ち、売値も下がってしまう。それを避けるため、採取してすぐ、こうして根を油紙で包むのだった。
目標の数を、もうすぐ採取し終えようかという頃だった。
『魔の先導者』が、突然、猛烈な反応を示した。
「!?」
魔術の針に教えられるまま進むと――
「おらあ、ふざけんなボケがああ!」
――少女が、魔物を殴り倒していた。




