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88 剣を取れぬなら筆を取る 1



 傭兵稼業を行う上で、取得しておかなければ不便となる免許はいくつか存在する。


 例えば馬車免許。正式名称は「馬等地上けん引生物騎乗免許」で、馬車を駆るうえで遵守しなければならない一定の法律や協定について、遵守可能であり、調教の施された騎乗生物であれば問題なく騎乗可能という証である。


 例えば特装免許。正式名称は「特殊装備取り扱い免許」で、特別な知識がなければ扱うことの難しく、危険な装備品類について、取り扱っても問題ないという証である。


 例えば星免許。正式名称は「特殊業務遂行免許」。これはある一定基準の容姿適性を満たし、かつギルドにおける評価が高く、素行に問題がないうえで、ある種の特別な依頼を受注可能であるという証である。


 央都セントラルが成立し、三大ギルドが世界中に浸透して数十年が経過したころに、傭兵や商人、魔術師が国境を越えて活動を行うことが増えたために、国際条約が取り決められ、このような多くの免許制度が生み出された。


 セツナは傭兵としては各地を巡っていた移動時間が長く、道中の村に寄っては参考書を購入し、こうした免許を必要な時にいつでも取得できるように勉強していた。しかし、それはあくまで通常の傭兵稼業において、必要なもの、という注釈が付く。


 まあ、セツナでなくとも、傭兵は時に長距離移動を行い、その時間を勉学に充てる者は多い。実際アルテミシアもそうしていたし、セツナもそのように彼女に薦めた。


 だが、降って湧いたこの時間ならば、セツナは普段勉強しないようなことも、知識として取り入れることができると、彼女は考えたのだ。

 

「ただいまもどりました……よっと!」

「みゅ~~~♪」

「おかえりセツナ……って、凄い量の書籍だな。どうしたんだ?」

「帝国法関連の書籍です。

 ……せっかく帝国へ赴くのです。恥の無いように、先方のことを理解しておくのは必要かとおもいまして。」


 部屋に帰ってきたセツナは、積み上げられた大量の書籍を器用にバランスを取りながら持ち帰ってきた。本の山のてっぺんにはぴょんぴょん跳ねるメイが。構ってほしいのか、悪戯し放題である。


「帝国法?そういえば、帝国領内ではほとんどの国際規約が通用しないのだったな。」

「ええ。しかしそれも通常の……他国領で受けた依頼を帝国領で遂行する場合の話が大半です。

 そもそも、帝国領内の傭兵ギルドでは、普通の……外から来た傭兵は基本的に依頼の受注ができませんから。」

「そうだったのか?」


 抱えてきた本をどさりとデスクの上に置き、並べ始めるセツナと、横からそれをのぞき込むアルテミシア。書籍の表紙を見ると、帝国領内でのみ効力を持ついくつかの免許に関する記載があった。

 ただ、セツナからの説明に、少しだけ首をかしげる。

 外から来た傭兵は依頼が受注できない、という事実については初耳だったからだ。


「ええ。帝国はそもそも三大ギルドとは険悪な関係です。三大ギルドによってもたらされる恩恵よりも、ギルドによって自国の経済に影響を及ぼされることを忌避しているのか、魔術師ギルドも商業ギルドも支部はなく、帝国に存在している三大ギルドの支部は、傭兵ギルドの帝都支部のみです。

 それも、北方統括ギルドマスターであるサンキア・ニグラや、西方統括ギルドマスターのシャルマール・フォレイダーの管轄下ではなく、帝国軍によって運営されています、事実上、帝国における傭兵ギルドのギルドマスターは帝国軍のトップというわけです。


 で、帝国の傭兵ギルドでは、傭兵は自分から依頼を取ることはできず、依頼はギルドからの指名制です。当然、帝国は自国の傭兵に仕事を斡旋して外貨の獲得を目指し、自国貨幣の流失につながる他国傭兵への使命は忌避する傾向にあります。」

「それは、かなり思い切っているな。」

「それだけ、三大ギルドに対して対抗できる国力がある、ということです。

 そもそも傭兵や冒険者は見方を変えれば他国からの間者も同様ですからね。」

「…………おお。なんとなく理解したぞ。」

 

 それは、確かにそうだ、とアルテミシアは思った。


 そうだ。三大ギルドは世界中に支部を置き、傭兵、商人、魔術師が国境を越えて行き来しやすくなる環境を作り上げた。彼らは金や文化、技術の運び手となり、世界の発展に寄与してきたが。


 彼らは同時に情報の運び手にもなる。一度三大ギルドの影響下に入ると、情報統制が極めて困難なのだ。加えて、傭兵としてなら自国に入られ放題となる。一つ間違えばスパイ天国だろう。


 一概にそれが理由のすべてともいえないだろうが、帝国は情報統制や自国通貨の保護の観点から、三大ギルドの国際協定のほとんどに批准しておらず、与えられるであろう恩恵を拒絶してまで、孤高の国家としての地位を保ち続けている。


 アルテミシアは何となく理解した。

 「受注ができない」というのは、法的に定められたものではなく、自国を守るための帝国ギルド上層部による采配によるものだということを。

 試験勉強で聞かなかったのも無理はない。制度や法律の話ではなく、あくまで「そういう傾向がある」という話だからだ。このような実情を試験に出すことはないのだろう。


 小難しい話が続いているからか、メイはすでにおやすみ中である。セツナの膝の上で気持ちよさそうに寝息を立てている。セツナはそんなメイを撫でながらも、もう片方の手で積み上げられた本の中から一冊の本を抜き取りながら、続けた。


「ですが、帝国も完全に門戸を閉じている、というわけではありません。優秀な傭兵や優秀な魔術師であるならば、それを受け入れたいというのもまた事実です。そのための制度が、それです。」


 アルテミシアはそう告げられながら差し出された本を受け取る。その題名は……


「”名誉帝国傭兵制度”……?」

「まぁ、まずは『帝国傭兵』がなんであるか、というところから説明せねばなりません。

 そもそも、我々が招待を受けたのは、帝国との専属契約交渉のため、ですが。

 仮に、専属契約がなされた場合、我々は『帝国傭兵』として取り扱われます。」

「そういえば、招待状にはそのような文言があったな。」

「『帝国傭兵』というのは、ざっくり言えば、帝国軍に在籍している傭兵、です。

 ………つまり、『帝国傭兵』は帝国軍人にしかなれません。

 これは、遠回しに帝国軍に加入しませんか?というお誘いなわけです。」

「………そういうことだったのか。」


 セツナが前に、招待状を受けた帰りに寄った店で『軍に入る気はない』などと告げていたことを思い出す。あの時は話の主軸ではなかったので軽く流していたが、専属契約がどうして軍への加入につながるのか、あのときのアルテミシアはわからなかったのだ。


「先ほど言った普通の傭兵は依頼を振り分けられない、という話ですが。帝国の傭兵ギルドでは、基本的に『帝国傭兵』にしか依頼を指名しません。軍が統括するギルドなわけですから、当然、軍の人間に仕事を任せるでしょう。

 

 しかし、ここで、『帝国傭兵』と同等の扱いを受けられるのが、『名誉帝国傭兵』というわけです。


 『名誉帝国傭兵』となるには、帝国法、そして帝国軍規についての深い理解を要求されるほか、多種多様な科目の試験をクリアせねばなりません。

 合格者は、年に10人いれば多い方とされるほどに厳しい試験で、これは帝国の将校養成課程に匹敵する試験内容とされます。」

「年に、10人……」


 なお、『帝国傭兵』は帝国の将校……少尉以上の軍人でなければなることはできない。

 そして、少尉に任命されるには将校養成課程を突破せねばならない。


 何年もかけた厳しい訓練を突破した彼らの仕事ぶりは素晴らしく、ギルド支部ごとにまとめられた傭兵の死亡率は断トツで低く、依頼遂行率はぶっちぎりのトップである。ギルドに所属する傭兵全てが高度に訓練された兵士であるため、何より帝国軍人であるため彼ら個人が問題を起こす可能性が極めて低い(問題を起こすと国際問題に発展することを彼ら自身が理解している)ことから、帝国とは敵対関係にない国家……砂漠に存在するハザード王国や東方の大国である華国、セツナの故郷である神流皇国などでは人気が高く、依頼が多く舞い込む。


 このような実情から、『帝国傭兵』はある種のブランドとして確立している。

 そのブランドを維持するためには、当然の厳しさといえよう。


「なるほどな………つまり、お前は、まさかとは思うが。」


 閑話休題。

 ここまでの話を聞いたアルテミシアは、机に乗せられている多くの書籍にもう一度目を通す。表紙に書かれている題名から、アルテミシアはようやくセツナが何を目指しているのかを、理解した。してしまった。


 彼女は冒険野郎である。興味を持った物事には挑んでしまう性質があることを、短い付き合いながらもアルテミシアは理解していた。そして、今回セツナが挑む”冒険”は……


「ええ。私、『名誉帝国傭兵』試験の合格を目指します!」


 その言葉に、宣誓に自身を世間知らずと自覚しているアルテミシアでも、さすがに彼女の常識を疑ってしまうのであった。

コラム 経験について


この世界の免許制度は、その一つ一つの難易度は本気で取ろうとするなら高くありません。

覚えることは多いですが、覚えるだけなら少々"経験"を消費すれば記憶が補強されるので。

記憶の補強のために"経験"を消費するのは、その分強くなるのが遅れるので勿体無い、というのが一般的な認識です。


しかし、セツナは昇華タイミングが限られるので経験を余らせ気味なうえ、経験は時折使ってあげないと目減りしちゃう(目減りする周期よりも昇華の周期が遠いため、必然的に使う必要が出てくる)ので、セツナは大事なことについては記憶の補強のために経験を消費しています。


召喚周期が長いほど晩成型というのは、このように経験を必然的に使わされることが多いので、強くなるのに全ての経験を注ぎ込めないという事情が背景にあります。


自身の肉体を強化する昇華はタイミングが限られますが、経験を消費して技術を学んだり記憶を補強したりするのは、いつでも出来ます。昇華タイミングで行う方が経験消費効率が良くなるというのはありますが、誤差の範疇です。

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