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「おぉっ、しゃぁあっ!!」

「ぜぇあっ!!」


 畳みかける。二人の剣が交差し、巨体の振るう爪を根元から叩き折り、その胴に深い裂傷を刻み込む。その恐るべき再生能力によってすぐに傷は癒え始めるが、着実に遅くなりつつある。ダメージは入っているとみるべきだ。


 セツナにはユリオットの変化に覚えがあった。感情の爆発による、魔力の一時的な激増。特にユリオットのそれは規模がすさまじい。

 彼女はマナポーションをまだ飲んでいない。つまり、この強力な術式の行使はすべて自前の魔力、ということだ。元より疲弊していた彼女には多大な負担である。魔力の源泉である意識の主、魂を酷使しているということに他ならない。


 あの日、セツナは驚異の3ランクアップという圧倒的なまでの実力を自身の身の内から引き出したが。

 その反動は大きく、10分もしないうちに全く動けなくなり、霊体を保全するゼンの持ち込んだ最高級の再生ポーションがなければあの後数日まともに動けなかったほどの反動を受けていた。


 それでも、あの時のセツナは魔力の消耗そのものはそこまでだった。彼女は魔法使い。魔力の運用のみで事象変化を引き起こすため、魔術の行使ほどに魔力の損耗はない。それでも想像を絶する反動を受けたのだ。


 仮に、セツナがウッドパラサイターとの死闘の際に経験したあの力と同様のものだとすれば、制限時間がある。それも、セツナのものよりもはるかに短いはずだ。


 ゆえにその間に、この化け物を殺しきる必要があった。


 ユリオットが持ち直したのを見ると、セツナはマナポーションの丸薬を飲み下し、魔力を回復すると、ワードともに強襲を仕掛けた。


 再認する、目の前の強敵の強さ。

 こちらもかなり消耗していたのにもかかわらず、油断も隙も無く、実力を温存し続けたこの敵は、恐ろしく狡猾だ。

 先ほどとはまるで異なる動きと連携で戦いを仕掛けているにもかかわらず、一歩も引かれることがない。

 押しているのはこちらだが、敵の命まではまだ遠すぎる。


「よそ見すんじゃねぇ!!」

「ハァッ!!!」


 背後でバフをかけ、そして守りの術式を適宜展開しては、時折肉体を拘束する鎖の術式を放ってくるユリオットを仕留めようと時折二人の間を突破しようとするも、ワードが全力を以って阻む。 


 そうしてできた隙を、セツナが見逃さない。ユリオットの術式による身体強化と、自身の魔力操作による身体強化を重ねがけしたセツナの一撃が、確実に通っていく。


 彼女の愛刀は応えてくれる。今になってわかる、ワードの作り上げたこの名刀(クオン)の真の実力。全く刃の通らないように思えたあの堅牢な鱗を、魔力消費を度外視して魔力を流し込めば、まるで紙細工を切り刻むかのように、敵の防御を食い破った。


 あの日、オールドギア・スローターを引き裂いたのは、単に自身の魔力操作による力だけではないと、彼女は再認識した。やはりすさまじい。己の命を預けるには、十分すぎる。


『ガァッ!!!』


 突如として、敵は黒い影のような魔力を纏った。揺らめくその姿はまさに影法師のごとく。ワードが剣を振るっても、物理的に透過してしまう。


「ちっ!まじかよ!」

ᛞᛖᚠᛖᚾᛞ(守れ)!」


 それどころか、ユリオットが即座に貼った結界をもすり抜ける始末。恐るべき透過性能だ。


 セツナは思い返す。マイナープレデターには時に不明な手段で視覚共有以外の魔術的索敵手段を潜り抜ける個体がいることを。


 これが、その手段の一つなのだろう。あらゆる魔術的影響を掻い潜るこの状態であるならば、確かに術式では感知できない。そして、術式で止められないなら、ユリオットにはなす術はない。


 このまま肉薄できれば、ユリオットを仕留められる。そう考えたマイナープレデターだったが。


 不意に、その影を打ち抜く矢が一つ。


『ガァッ?!』

「今の奴の本体は足元の影だッ!」


 アルテミシアの矢が足元の影を打ち抜くと同時に、その影は取り払われ、苦痛の声を挙げた。

 アルテミシアの苦肉の策。洞窟内の岩石を錬金術で簡易的に形を整えて矢として放ったのだ。時間も魔力もかかるが、周りの鉱石は一級品の鉱石だ。セツナとワードが稼いだ時間で作り上げたそれは、影の中の敵に対しても効果を示した。


 矢の切れたアルテミシアの奥の手の一つ。周囲の地形から矢を錬成する錬金術。一転して窮地に陥りそうだった陣形を、たったの一射で持ち直させる。


「……!」


 そして、ここで。


(見えた!勝機……!!)


 セツナは雷に打たれたかのような震えを得た。

 脳に駆け巡った一つの策。いまだ遠い敵の命を刈り取るための、唯一の道筋。


「ユリオットさん、拘束をッ!、ワード、全力の一撃を構えてくださいッ!!」


 声を発しながら、セツナは駆け出した。ユリオットとワードはその声に頷き、ワードは剣を構え、ユリオットはアルテミシアに抱えられ、場所を変えながらも魔術行使の準備に入る。


『グェア!!』


 ただ、これほどわかりやすい連携はない。ただ最も妨害したいユリオットはマイナープレデターにいくらか肉薄されたためか、矢を受けた隙にアルテミシアに抱えられ逃げられた。妨害するには遠い上に対応されてしまう可能性が高い。

 ならばまだ距離の近いワードを妨害しようにも。そこに立ちはだかるのはセツナである。


「数秒、お付き合い願います……!」

『グェア!!!』


 ワードとユリオットの準備が整うまでの、およそ3秒間。


 このわずか数秒が、明暗を分ける。両者ともに、出し惜しみはなく。

 全力のぶつかり合いが、繰り広げられた。



*   *   *


「…………。」


 中央統括ギルドマスターは、その私室にて、頭を抱えていた。

 セツナたちの戦いを、彼女はこうして職務の合間中にリアルタイムで眺めている。仕事はすべて片づけてある。ギルドマスターは暇ではないが、彼女は優秀であった。


 キヤフ・モナークは『至天契』と呼ばれる、契約魔術の究極の行使者でありながら、通常の魔術に関しても他を圧倒する実力の持ち主である。自身のお膝元である大霊洞の中の映像を映し出すことなど、ちょっとした細工があれば可能だ。


 こうして、ここまで他者を気に掛けるのは『剣術姫』たち以来だと、自分でも思う。

 見れば見るほど、観察すればするほど、未来のギルドにおいて、必要不可欠な人材に見えてくる。

 ただ、そんな人材で在ればあるほど、彼女に心配をかけさせる。


(ああ、もう……これだから、貴方たちは。)


 キヤフの眼には、身体狂化(2ランクアップ)を使って、この度確認された新たな命名指定級のマイナープレデターの進行を食い止めるセツナの姿が映る。


 動けないワードを攻撃する絶好のチャンス。攻撃が一度でも当たれば勝てる。自身の再生能力に物を言わせ、強引に突破しようと試みた矢先にそれを阻んだのは、最後まで隠し通してきたセツナの切り札(2ランクアップ)


 驚愕を見せる敵の姿と、壮絶な笑みを浮かべるセツナ。高速の剣戟を繰り広げる両者の姿を最後に、キヤフは映像を切った。


 セツナがあの個体の弱点を見切って、適切なタイミングで力を行使した以上、もはや負けはない。アルテミシアには残弾こそないが、余力が残されている。撤退も可能だろう。あの指定級の敗因は、セツナたちの対応を行いながら、敵の底を見極める……などという悠長なことはせず、戦力差が分かった時点で自身の戦闘の土俵に引きずり込むべきだったのだ。初めから全力で戦っていれば、誰かにあの爪の毒で傷を負わせられただろう。そうなればセツナたちは敗北必至であった。


 中途半端な狡猾さを、逆に利用された末路である。

 チェックメイトだ。


 キヤフは報酬の類を用意するべく、書類を作成する。未確認の命名指定級の発見および討伐報酬に関連する手続きだ。本来は下の者がやるべきなのだが、顛末を始めに把握したのがキヤフなので、もう作っておいたほうが効率的だと判断したのである。


(しばらく、無茶は控えさせないといけませんね……)


 彼女たちは確かに有望株ではあるが、同時に今は失うわけにもいかない重要な外交カードである。

 どういうわけか、帝国はセツナに目をつけているらしい。アルテミシアと()()()()に対してはその優秀さゆえだろうが、セツナに対してのラブコールはすさまじかった。


 帝国の元帥……現在ギルドが把握している、ギルドに所属していないにも関わらず、『二つ名持ち』と同等の強さを持つとされる……6人の『冠なし(アンネームド)』のうちの一人が、直々にキヤフに封書を送り付けたほどだ。


『必ず、帝国にセツナ・レインを連れてこい。』


 飾られた文面からにじみ出る意志の強さには少し震えたほどである。一体、どんなつながりが彼女たちにはあるのだろうか。少なくとも、今彼女を失えば、帝国との関係は200年前まで戻る可能性もある。それは、避けたい。


 だが、その外交を担うシャルマールがストッパーにならず、あろうことか彼女たちの試練を見守る立ち位置についたことで、決心がついた。


 強権の行使、これしかない。少なくとも帝国から帰ってくるまでは、彼女たちを危険には晒せないと、虚空から生み出した紙に判をたたきつけた。


*    *    *



「おおおおおっ!!!」

『グェアァッ!!!』

 ただ三秒のぶつかり合いは、熾烈そのものであった。

 敵は自身の身体がいくら引き裂かれても構わないといわんばかりの捨て身の姿勢であり、今ここですべてのリソースを吐かなければならないという焦燥感もあった。


 しかし、ここで影化は使えなかった。先ほど使わされたので、再度使うのに時間を要した。

 影の中から攻撃を行う技も、同様にクールダウンが必要だった。頻繁に使いすぎると、体が影からも出らなくなり、より致命的な防御低下を受けることになる。


 もしもセツナが、あと5秒ほど、仕掛けるのが遅ければ、マイナープレデターは影化を使ってセツナをすり抜け、ワードを切り裂こうとしただろう。そうなれば、まだ勝負はわからなかった。


 また、アルテミシアの視界をふさぐように使用した煙幕も使えなかった。これは、ユリオットからあふれ出る魔力の奔流が原因である。魔力の流れがある程度凪いでいないと、煙幕は煙幕として機能しない。弱点を理解されたうえで、敵には魔力操作に長けた者が居る。彼女たちの目隠しには一瞬だってなり得ない。


 セツナは、間髪入れなかった。その弱点を見抜いたその瞬間から行動に移った。

 これが、彼女たちの最後の勝因であった。


 爪を裂かれ、鱗を砕かれ、脚を削がれ、しかしそれらすべてを一瞬で回復して見せたマイナープレデターの猛攻。その歩みをとどめようとする、セツナの猛攻。


 両者のぶつかり合いは、終始マイナープレデターが優勢であったが。


「ぐぅうううっ!!」

『ア˝ア˝ア˝ア˝ッ!!』


 最後の最後まで立ちふさがり、吹き飛ばされるセツナ。

 邪魔は振り払った。あとは、目の前で力を貯めているワードのみ。


 マイナープレデターのその驚異的な探知能力には、理由がある。

 彼らは魔力をある程度敏感に感じ取れるほかに、熱を感知する。

 どこにも姿を現さないままの状態でも、壁越しに彼らは熱を視認して獲物の動向を伺うことができるのだ。

 ゆえに、彼には見えていた。

 敵は強く、連携も取れていて、実力で上回る己自身をも害しかねない実力の持ち主たちであることを早々に見抜いていた。


 だが、それでも策を弄すれば、彼らを上回り、そして……彼らを食らい、より強くなれる。

 そう、思っていた。


「『ᛊᛏᛟᛈ(とまれ)』!」


 文字通り、止められてしまうマイナープレデター。あと一歩が踏み出せないまま、光の鎖の檻にからめとられる。またしても、想像を超える強度の拘束。これを打ち破るには、影化しかない。ワードの攻撃が放たれる予兆を感じるが、その攻撃に合わせてなら、ギリギリ発動は間に合うだろう。


 だろうが、視界の端、先ほど吹き飛ばしたはずのセツナが、笑みを浮かべて跳躍したのを見た。

 狙いは、すでに分かっている。


 マイナープレデターの影化にはリスクがある。一つは魔力消費。もう一つは、使用中の脆弱性だ。

 影化している間は、地面の影が本体となり、立体に映る肉体は虚像となる。すべての虚像を目標とした攻撃は効果を成さない。


 代わりに、影そのものは、鱗による防備も何もなく、きわめて無防備である。

 薄暗い空間の中であれば、本体の影を狙うのは困難だが、ここは光鉱領域。淡い光がそこら中から発されるゆえに、影は見えてしまう。加えて、影化の任意解除はできることにはできるが、すぐにはできない。1秒ほどのラグがある。それは致命的な隙だ。


 詰みである。ワードの一撃、たとえ対応したとしても、影に入った次の瞬間には、天井から降り落ちてくるセツナが影に斬撃を叩き込み、一撃必殺とするだろう。


「覚悟は良いなぁッ!!!」


 ワードの大剣が降り落ちる。

 抵抗は、できない。エルフの呪縛から完全に逃れるすべを、マイナープレデターは持たない。


『ッッ………!!』


 しかし、矜持はあった。

 このままではやられないという、強者ゆえのプライド。

 あるいは、全力を出せないまま果てるという悔いを残さないための、無謀。


 ぼこり、という異音と共に、右腕を肥大化した。

 魔力を感知するマイナープレデターは見ていた。

 セツナの魔力操作。その神髄を。

 身体強化を超えた狂気の操作術、身体狂化。


 セツナは数年にわたる修行の果てに、肉体を傷つけずに長時間魔力だけで肉体を強化できるようになっていた。ゆえに、その負荷が非常に強い身体狂化であっても、数秒で在れば耐えられるようになっていた。


 その修練がないままに、無理やり身体狂化を使えば、こうなる。

 異常に膨れ上がる右腕は、まるで中に液体でも詰め込まれたかのように不格好。

 それが、最後の抵抗である。


「面白れぇッ!!!」

『ガァァアアッ!!!』


 拘束は、その腕の部分だけが肥大化したことにより局所的に破壊される。

 振るわれたのは、超常的な威力の込められた、一撃。

 

 両者の矜持が、激突した。


「おおおおおッ!!!!」

『ア˝ア˝ア˝ア˝ッ!!!』

 拮抗は、一瞬。

 一瞬わずかに押したのは、鱗の拳。

 しかし、すぐさま形が崩れ、砕けた右腕とともに。


 激熱の大剣は、その命脈を断ち切った。

 

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