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「ちっ。予備もあと10本を切ったぞ!」
「ここまでとは……あの指定級、相当ですよ……!」
「おいおい、マジかよ……!」
疲弊しきっている三人。
それと対峙するのは、まだ疲れの片鱗も見せていないマイナープレデターであった。
遅滞戦闘に努めて2時間。セツナたちは手持ちのポーションをすべて使いきっていた。
相当に節約していたが、アルテミシアも、予備として荷物に詰めてきていた分もすべて使いきりそうである。
セツナとワードは、通る。鋼鉄よりもはるかに硬い鱗だが、傷を入れられないわけではない。ただ、敵の攻撃を一撃たりとも受けてはいけない、という制約が、あまりにも大きい。
安全に立ち回っていては急所などに決定打を与えられないのは、もちろんのことである。しかしながら、二時間という長時間、ひたすら攻撃を打ち込み続けても敵の動きに鈍りが見られない、というのは、驚異的なものがあった。
爪も鱗も、割れた端からはがれて元に戻っていく。
再生能力も高い。しかし再生をしているということはリソースを使っているということに、他ならないはずなのだが、依然として、それが鈍ることもない。
読みが外れた形になる。敵の持久戦能力は、こちらの想定をはるかに上回っている。
(ああ、みんな、私が動けないせいで、私が、弱いせいで。)
それでも粘り切ろうと、耐え続けるセツナたちの姿を、ユリオットは震えながらも、じっと見ていた。
脚に力が入らない。力がこもらない。魔力のたぎりを、感じない。
こんな有様では、魔術一つ、まともに使える気がしない。
「引きますか?一か八かになりますが。身体狂化を使えば皆さんが逃げる時間くらいは稼ぎきりますよ。」
「無理だな。ユリオットが動けん。それに、封鎖した通路の向こう側にすでに待ち伏せされている可能性がある。挟撃されては詰むだろう。」
自分が足を引っ張っていることを、ユリオットも自覚していた。
自分さえいなければと、何度も思った。今の彼女たち三人なら、自分を置いていけば、生き延びることだろう、ということを、理解していた。
只どうしても、わからないのは。
彼女たちには、初めからユリオットを置いていくという選択肢が、無かったことだ。
(お願い、ワー姉……私のことは、良いから。置いていってよ……)
傭兵が役立たずを置いていくのは仕方のないことだ。命に係わる状況で足手まといを切り捨てる判断は、正しいことだ。実際ユリオットは何度もおいて行かれた。
おいていかれて、命からがら生き延びては、また別のパーティーに拾われ、酷使された。
でも今回だけは別だった。
ワードが居たからか、はたまた別の理由からか。彼女たちは、彼女に役割を与え、チームの要としても信頼し、短い間ながらも、共に過ごしてくれた。
彼女たちが、自分のせいで死ぬのは、あまりにも心苦しい。
そんなことを思っていると、不意に、視線を感じた。
戦いの最中、たった一度も集中を切らしたことのなかったワードが、ほんの一瞬、こちらに視線を向けた気がした。
「いや………」
大剣を振り上げ、たたきつけられようとする尻尾をカチ上げながら、ワードが告げる。
今はバーストファイターであるらしい彼女に、継続戦闘は無理な話だ。何度か疲弊状態になったが、それでも何度も戦線に戻り続けている。……今、一番消耗しているのは彼女のはず。
それでも、彼女は笑みを浮かべている。まるで疲れなんか、無いかのように。
誰かに弱みを、見せないように。
「………っ、もう少しだけ、粘ろうぜ。突破口はある。アタシを、信じちゃあくれないか?」
「……ええ、では全部賭けましょうか。頼りにしてますよ。」
「そうか。なら、私も、すべて預けよう。」
ワードの提案に、肯定を返す二人。何かを察したように、彼女たちは戦闘継続の判断を、何の迷いもなく下す。
(……ワー姉……?)
その不可解な行動を、ユリオットは理解できなかった。
* * *
「どういうことだ。なぜ、貴方がここにいる。」
大霊洞、光鉱領域にほど近い場所で、セツナたちの観察・保護の任についていた『狼』と呼ばれる特務職員は、現れた目の前の人物に警戒を示す。
「そう警戒せずとも良い。私はただ、見に来ただけなのだ。」
「では、いったい何を見に来たというのだ。……俺の任務、わかっているだろう。」
「そうとも、わかっている。わかっているから、こそなのだ。私は、彼女の輝きを見に来た。無粋な横やりなど、必要ない。」
『狼』と対峙する人物は、長い金髪のエルフの男性であった。
その立ち振る舞いは、まさしく高貴そのもの。細剣を振るうその動作一つとっても、ぶれは一つとして存在しない。
青を基調とし、金色の細工の施された制服着ている。胸元には、妖精金で作られたバッジ。
そう。それはまさしく、地方統括ギルドマスターにしか許されない装い。
そして、『狼』はこの人物をよく知っていた。
西方統括ギルドマスター:シャルマール。
このような危険領域で見かけることなど、ましてや中央統括ギルドマスター直属の部下である特務職員を相手に、妨害工作を行うような人物では、決してない。
ないはずなのだが、マイナープレデター指定級を、セツナたちが見つける前に、処分してしまおうとしていた彼の思惑を、見事にこの男が防いだのだ。
「……無粋かもしれん。しかし、彼女たちには過ぎた試練だ。あの個体、羽化を経験してかなり時間がたつ。……今の彼女たちにはあまりに危険が大きい。」
特務職員『狼』は世界でも有数の実力を誇る人物だが、今から助けに入ろうとしても、目の前の人物が決して許さないだろう。
賢き森のシャルマール。西方統括ギルドマスターにして、傭兵ギルド創設メンバーの一人だ。二つ名を『深謀』。彼自身の強さもさることながら、彼自身の頭脳はあまりにも圧倒的だ。
ギルド黎明期から各国の緩衝役を務め続け、三大ギルドによるセントラル設立の際にはギルドと西欧諸国の戦争を食い止めた立役者でもある。そんな彼が、こんな場所に姿を現してまで、ましてや彼の邪魔をしてまでしてみたいものとは、いったい何だというのか、『狼』にはまるで分らなかった。
「まさか。あの程度、『彼女』ならば危機のうちに入りません。
……あなたは知らないだけだ。」
「何をだ。」
「……安らぎの森のユリオット。彼女は、エルフの里ではそう呼ばれている。」
「……なんだと?」
『狼』は、己の耳を疑った。
普通、エルフは長寿かつ少数種族であるゆえに、氏を持たない。氏で区別するほどの人口が存在しないからだ。
だが、そんな彼らでも優れた才を持っていた者、多大な功績を打ち立てた者には、他のその名を名乗る者と区別するために、彼らをたたえる冠称を贈るのだ。
そして、ユリオットはそれを贈られたのだという。
現存するエルフの中では、たった2名しか持っていないはずのそれを。
「馬鹿な……!冠称持ちだと?!あの娘がか?!聞いたことがない!
あの『覇穿』と、お前だけではないのか?!」
「つい先日ですよ、彼女が冠称を得たのは。貴方が知らないのも無理はない。
……見なさい。そろそろ目を覚ます。」
その言葉に促されるように、『狼』は魔力を可能な限り乱さないように視線を向ける。
いくつもの壁を隔てた向こうで、彼女たちの戦況が、大きく揺れ動こうとしていた。