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「っ!」
翻る刀が、振りかざされた爪を紙一重で避けながら、マイナープレデターの腕を両断する。セツナは戦線を維持し続けていた。
採掘中のワードを守るのは、弓を構えるアルテミシアと、杖を構えているユリオットの二人。
先ほど戦闘で猛威を振るった主戦力であるワードが採掘に専念している今、マイナープレデターたちにとっては好機と言える。
また、術師が長い間監視術式を展開し、退路を確保し、敵をけん制し続けるのは現実的ではない。その限界は自ずとやってくる。攻撃を加え続け、敵に休息の暇を与えない。いずれ術者が息切れを起こすその時まで。マイナープレデターが選択したのは、攻撃的な消耗戦であった。
『カロロロ……!』
腕を斬り裂かれた個体をカバーするように、他の個体が二体で前に出る。止めを刺そうとしたが、手数が違う。何度か斬り合うが、さらに別の仲間が傷ついた個体を回収し、撤退していく。セツナの力量を最大限警戒して、彼らは死なないように立ち回ってくる。セツナはAランクでいえば詐欺クラスの実力者であり、身体強化をいまだ使っていないとはいえ、不意打ちされない正面戦闘であれば分があった。
「ふぅ……ッ!!」
セツナによる防衛線を潜り抜けてワードに迫ろうとするものは、ことごとくアルテミシアの弓の餌食となる。一撃で仕留める、というわけにはいかないが、矢に強烈な衝撃魔術を付与し、当たったマイナープレデターを強烈なノックバックで追い返しているのだ。
『シャァッ!』
「っ!」
魔力を微量放出して、回避行動。注意するべきは彼らの爪や牙だけではない。彼らは出血毒とは別に、酸毒を保有している。時折口から吐き出されるそれをまともに受けてはたまったものではない。至近距離の戦闘で唐突に放たれるそれらをセツナは交わし続けなければならなかった。
ワードの方にも放出されるそれらは、アルテミシアによる迎撃と、ユリオットによる障壁で守られている。しかしそう何度も持たない。アルテミシアは前述の抜けてくるマイナープレデターそのものの対処にほとんどのリソースを割いており、ユリオットのリソースは削られるほど、滞在時間が短くなっていく。
できる限り多くの攻撃を引き付けなければならないセツナであるが、それでも力を温存する必要あるというのもまた難儀だ。
この先敵は増えてゆくだろう。その時こそ、彼女は真に乱戦のスペシャリストとしての実力のすべてを発揮しなければならない。撤退の際に、血路を切り開く、その時のために。
採掘が終わるまでの三分間で、セツナたちが追い返したマイナープレデターの数は、およそ20匹ほど。そのすべてにとどめがさせていない状況であるが、少しは襲撃数が少なくなっていてほしい。そう考えるセツナたちだが。
「わりぃ、遅れた!だがこれで必要量は……っ!?」
ワードが鉱石を採取しきり、膨れ上がったバックパックを背負ったワードが退路へと引こうとしたその時。
「は……反応が……っ!」
ユリオットの声と同時に、退路方向……通路の奥から酸液が放射された。
脇道に対して探知術式や迎撃術式、障壁術式などを置き、マイナープレデターたちが入り込まないようにしていたユリオットだったが、ついにそれらが破られたらしい。
文字通りの四面楚歌。セツナたちの退路にはもう敵が入り込んでいると思っていいだろう。声に反応して酸液を打ち落とすのはアルテミシアだ。
「フッ……!どうするセツナ!」
「押し通るッ!!退路は任せました!」
敵は次々に攻勢を仕掛けてくる。ここで立ち往生していては、ユリオットのタイムリミットが訪れるだろう。この戦いの中、死角を大幅に減らすことができるユリオットが居なければ、セツナを除けば全員死ぬことになる。それだけは避けなければならない。
「ハァッ、イヤァッ!!!」
声を上げ、セツナは一気呵成に攻め込む。自分たちが来た通路へと入り込み、影の中に潜み、影から襲い来る彼らをその爪ごと叩き斬る。
彼女から発せられる、強力な魔力波動。魔力を用いた身体強化。そこに、彼女の経験と魔力操作技能がのしかかる。
文字通り、道を切り開く。三体のマイナープレデターたちが行く手を阻もうとも、振るわれる爪ごと腕を叩き斬り、酸液を紙一重で躱し、それでもと襲い来る彼らを文字通り薙ぎ払う。
「す、すごいです……!」
「こいつぁ……大したもんだな……!」
動きだけではない。相手から受ける物理攻撃の数々は、受け流し、反転させて叩き込んでいく。その連続。駒のように、あるいは荒れ狂う嵐のように、彼女は軍勢を蹂躙していく。
彼女は2ランク上の軍勢が相手でも数分は生き延びられるほどの実力者だ。身体強化を経て能力値を上回った軍勢など、襲るるに足らず。
話には聞いていたが、いざ本当に彼女の腕前を見ると、ワードも、ユリオットも、感嘆するほかになかった。
「フンッ!」
背後から追ってくる敵を遮断するため、アルテミシアは衝撃力を高めた矢を天井に放ち、局地的な落盤を起こさせては通路をふさぐようにして、敵の進撃を防ぐ。
みれば、ユリオットの顔はかなり青ざめていた。アルテミシアは彼女の損耗が限界に近付いていることに感づき、できる限り彼女の負担を減らすため、そして、その時が来たときに、安全な領域を作り出すために、アルテミシアはパーティーの最後列で後顧の憂いを断ち続けた。
このまま進行できれば、ぎりぎり間に合う。
時間との勝負となっていた彼らの戦いだが、この分なら分がある。
パーティー全員がその認識を共有し、光鉱領域の外まであとわずかといったところ。
そこで、敵を倒し続けていたセツナの脚が、ついに止まった。
「ふぅ……っ、ふぅ……っ……あれ、は……冗談、です、よね……?」
自身の首元に、セツナは注射器を内蔵した魔具の引き金を自身の太ももに差しながら引く。
ポーションガン。ポーションを強制的に、素早く投与するための魔具で、装填されていたのは解毒と治療薬の混ぜられたものだ。
セツナは攻撃のほとんどを回避、もしくは対応したが、それでも手数は手数だ。彼女は無傷ではいられず、全身に切り傷を負っていた。だが、わずかな傷でも、命取りとなるほどの出血を強いるのが、その出血毒。高価であるため、セツナも二本しか持ち込んでいない。
そして、本来……一刻を争う、というところでセツナはそれを使うことはなかっただろう。
それを使ったのは、目の前にわかりやすい脅威が立ちふさがっており、その足を止める必要があったから。
「冗談きついぜ……!」
「あ、あぁぁ……あれ、はぁ……っ!」
「……ッ!」
涙目で震えるユリオット、手がわずかに震えるワード。険しい表情のアルテミシア。そして、苦し気な笑みを浮かべるセツナ。
一目でわかった。この領域の主。あるいは、多くの”行方不明者”を出した、張本人と思われる存在。
『シュルルル……』
2mを超える巨躯を持った、マイナープレデター。
まったくもって明らかな、未確認の命名指定級であった。