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 キン……キン……と、甲高い音が鳴る。ワードが軽く小槌を地面に触れさせるだけで音が鳴り響き、ほのかな魔力光が触れた部分から灯される。


 鍛冶師、ワード・テンペストはドワーフであった。地底妖精界(アールヴヘイム)出身の彼女もまた、妖精にその源流を持つ者である。


 ドワーフは鍛冶妖精と呼ばれ、物品の制作、特に鍛冶や石工などを得意とし、多くの場合著名な鍛冶師はドワーフ、もしくはその血を継いでいる者である。

 ドワーフにしては異常なほどに身長の高く、また毛量が(髪の毛を除いて)少ないワードは、その外見からドワーフだと言い当てられることは少ない。彼女自身が黙っていればただの人間として接されることが多いのだ。一応よく観察すると彼女の髪は整えられているだけで、一般人に比べれば毛量が多く膨らみがちなのだが。


 余談だが、今回の作戦を提案するにあたり、ワードは自分の種族がドワーフであることをセツナたちに告げ、そのことを知るユリオット以外には当然のように驚かれている。


 妖精ドワーフの特異な点は、その鉱石類との親和性にある。坑道に住まう妖精であるノームらのそれには劣るが、ドワーフたちはその手や槌で触れるだけで鉱石が持つ幻想的な性質を割り出すことができる。


 そして、その範囲は広い。ワードは地面に槌を当て音を鳴らすたびに、近くの鉱石たちがそれに共鳴し、ワードに自身の位置を知らせる。その中に、ヴァイオライト鉱石がないかどうかを確かめ続けているのだ。


「……ここらにはないな。次はこっちだ。」


 セツナの眼から見ても、ワードの眼は真剣そのものだった。周りの鉱石類は彼女からすれば喉から手が出るほど欲しいものであるはずだが、一度集中したワードは自身の情緒を完全に制御下に置いているらしい。どれだけ珍しい鉱石があったとしても、今はスルーしている。


 ワードの才能ともいうべき、圧倒的なまでの集中力。たった一つの物事に意識のすべてを向ける彼女に、周辺を警戒しろというのは無理な話だ。彼女は最も大きな戦力だが、同時に闇の中からの悪意からは無防備であり……セツナたちは奇襲から彼女を守る必要があったのだ。


「……」


 緊張の時間が続く。張り詰めた空気の中、一秒が引き延ばされていくような感覚に陥る。


 たった一秒の油断で首が飛ぶ危険な領域。

 事態が動いたのは、彼らが領域に入ってから、およそ7分の出来事であった。


「……!反応あr」

「伏せろっ!!」

「くぅっ……!!」

「………ッ、ラァッ!!」


 初めに反応したのは、ユリオット。そのはずであった。

 彼女の進行方向に飛ばした探知術式から反応が返ってきたのだ。

 だが、その反応について報告を飛ばそうとした瞬間、影からの強襲がユリオットとワードめがけて襲い掛かったのだ。

 

 高度な連携。一体が囮となり、その反応について報告する僅かな隙に、二体のマイナープレデターがユリオットの探知圏内に入り、探索に集中しているワードと探知の要であるユリオットを狙ったのである。


 アルテミシアがユリオットをほとんど地面にたたきつける勢いで引きずり倒して攻撃を回避させ、自身は前蹴りでマイナープレデターをけん制する。


 ワードの方ではセツナが割って入って攻撃を止め、直後に反応したワードが大剣を振りぬいてマイナープレデターを弾き飛ばした。


 この間、およそ1秒。事態が動いたこのたった1秒の時間、ユリオットとワードが生き延びたことで、勝敗が決した。


「だぁっ!!」


 すぐさま、ワードの大剣が翻る。地面に伏せさせられながらも与えられた保護術式と、彼女自身の開放戦士(バーストファイター)としての本領を存分に発揮した自己強化で、戦闘力を瞬間的に引き出した。


『ガァッ?!』


 先ほどまでとは打って変わった、恐るべき狩人の如き速度と正確さで、弾き飛ばしたマイナープレデターに対して踏み込み、一刀両断。

 Aランクは有ろうかという強靭な鱗を、その上から叩き斬った。


「逃がさん!」


 奇襲の失敗を受け撤退を試みるのはユリオットを襲った個体だ。前蹴りを受けて後ろへ弾かれたのだが、ワードの豹変を見て旗色が悪いと察したのだ。

 しかし離脱を試みようとした矢先、脚に矢を食らってしまう。撤退までの判断にそんな長い時間をかけていなかったはずだが、アルテミシアは弓を構えず、矢筒から抜いた矢を直接投げ込んだのだ。弓を構える時間すら惜しかったのである。離脱され、再度の奇襲に備えられるのが厄介だ。一匹たりとも逃がしては置けない。


 そして、動きが鈍ったのが運の尽き。


「あばよっ!」


 次の瞬間には、猛然と走りこんできたワードによって、十字に叩き斬られた。


「…………。」


 ワードが飛び出してから、セツナは彼女の近くで周辺を警戒し続けていた。

 ワードの戦闘における集中力は一級品だ。たとえ彼女に戦士の心得がなくとも、動きの正確さや見切りは抜群だ。


 代わりに、周辺の状況を管理できないという欠点がある。彼女のその欠点はこうした奇襲が横行する領域では致命的ですらある。ゆえに、セツナがその部分をカバーするのだ。


 そして、注意深く周辺の情報を得ていたセツナだからこそ、わかったことがある。


「……これは、斥候ですね。私たちの戦い、見られています。」

「だな、どこからかまでは判別できんが……」


 魔力の流れ。意識を向けられることによって生じる、その微細な流れをセツナはつかみ取っている。ギルドの特務職員の監視すら見破るほどの感知能力のセツナは、たとえ壁越しだろうと観察されていることに気が付けるのだ。


 同様に、どんなからくりかアルテミシアも敵の観察に気が付いている。彼女の場合は聴力……ではないはずだ。マイナープレデターは音を出さないのだから。だがセツナは、それについては考えるのをやめた。

 どんな力にせよ、傭兵にかかわらず、隠している力を暴き立てるのはマナー違反だ。


 ともかく、それぞれの感覚で観察されていることに気がついた二人は、周囲の警戒を続ける。

 ワードの一時的な疲弊が収まるまでは、セツナたちが前に立って戦う必要があった。バーストファイターであるワードは一度本領を発揮しきるとしばらく戦力が落ちる。


 今回は敵の総力がわからなかったので、ワードは自己強化術式を起動した。たとえそれが短時間であっても、ワードには負担である。疲弊に陥るのは、仕方のないことであった。敵が主戦力を喪失したと考えて襲い来る可能性だってある。警戒を解くことはできなかった。


 しばらくしてワードが疲弊から立ち直ると、再び行軍を始める。戦闘時間は数秒ほどだったが、ワードが立ち直るのには数分を要した。残り18分。ユリオットの負担が限界にたどり着く前に、少なくとも鉱脈を発見しなければならない。


「もう少しだ。近いぜ。」


 何度目かの共鳴を行い、ワードは位置を把握したらしく、先に進む。

 そしてついに、それは彼女たちの前に姿を現した。


「これが……!」


 紫色に輝く、水晶のような結晶。それは透き通っているわけではないが、結晶の中の光輝く空間は、内部に深淵を宿しているかのようであった。


 『低下』の意味性を持たせるのであれば、世界でも有数の結晶。只の魔術使いを、大魔法使いにするその結晶は、たった一目、見ただけのものに、その力が宿っていることを確信させるだけの圧があった。


 近づけば、力が抜けそうになる。セツナは一歩歩いて、そして次の一歩を歩むことを、ためらったほどに。


「でけぇ鉱脈だ。さすがは光鉱領域ってとこか。じゃあ、始めるか。」


 ワードが剣を仕舞い、ツルハシに持ち換えた。採取にかかる時間は、およそ三分といったところ。それが終われば、速やかに撤退する。だが、そんな悠長を、マイナープレデターが見逃すはずもないだろう。


「初めてください。……時間も迫っています。」


 彼らの周囲に現れたのは、5体のマイナープレデター。

 分岐する通路の陰から、それぞれ姿を現し、セツナたちの様子をうかがっている。術式で維持している退路を除けば、彼らはすべての通路に陣取っていた。


 それでも、セツナたちに時間はない。

 マイナープレデターたちによる圧をいなして、彼女たちには採掘を終えてこの場所を脱出する必要があったのだ。


 ユリオットの限界まで、残り15分。光鉱領域に潜む闇が、セツナたちに牙をむき始めていた。



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