79
「ふぅ……大成功、といったところでしょうか。あとで、問題点や課題点があれば、適度に共有したいですね。」
「そうだな。しっかし、傭兵どもは良い思いしてんだな。……こんなに収穫がいいんなら、アンタたちについていっても、良い分け前がもらえそうだ。つかうめぇなこれ、お代わりだ!」
「あうう……はちみつひゃ、おいひいでひゅぅ………♪」
「ほら、お代わりだ。……それにしてもやはり、初めの組み合わせが一番よかったな。」
中層入口付近、転移ポータル付近の共通キャンプにて。セツナたちは大量の素材のうち、各自が必要とするもの以外をほかの傭兵や商人たちに売り払い、売り払って手に入れた金で、素材を地上のギルドまで搬送する依頼を出した。収穫がかなりのものだったのと、ワードが必要とする素材が多かったので今回はそんな処置をとったのである。
ワードは終始上機嫌であり、今回の依頼が終われば装備制作にしばらく没頭できると告げていた。
確かに、ワードは優れた鍛冶師である。彼女にかかれば、普通の鍛冶師では考えられないほどの速度で素材を消費していくのだろう。貯蓄している素材が多ければ受けられる注文の幅も増える。それが彼女の夢に直結していることでもあるので彼女としては死活問題なのだろう。
今彼らは共通キャンプにて、残った金銭で購入した食料で夕食を食べている。仮設拠点をほぼ作らずに進んでいたセツナたちは、感覚の鋭い魔物や魔獣による探知を嫌って携行食で食事を済ませていたが、共通キャンプにまで戻ってきたことで調理をする余裕ができた。
そして、探索中の料理の腕でいえば、天下無双(セツナ談)のアルテミシアが居る。ふるまわれた食事は、たちまち二人の胃袋を当然のようにわしづかみにした。
「こんな食事が、探索中に味わえるなんてぇ……もう、戻れないかもしれないです……!」
特にユリオットに至っては、涙を流しながらスープをかきこんでいた。セントラルでの暮らしが相当厳しかっただろう彼女にとって、アルテミシアの食事は麻薬の如き幸福感であろう。
「ここまで褒められると、少しむずかゆいな……」
「当然の評価だと思いますよ。……んっ、たぶん、アルがここで食堂なんて開いた日には、千客万来なんじゃないですかね。」
「いや、店出すなら街中にしてくれよ。鍛冶の仕事があるとおめえの飯が食えなくなるだろ?」
四人はこうして互いに仲を深め、連携を深めていく。
最終目的となるヴァイオライト鉱石採取のため、光鉱領域へと足を踏み入れることにしたのは探索開始から、およそ二週間が経過したころであった。
* * *
ヴァイオライト鉱石は、ある種の魔術触媒に用いられる鉱石である。
魔術触媒、というのは術式に組み込むことで詠唱を早めることができたり、術式を簡略化したりできる触媒のことを指す。その物品自体が持つ特異な魔力への感応性を利用することで、高度に情報の圧縮された魔術式の代理として利用できるわけだ。
一瞬で触媒もなしに、大魔術……10000節以上の意味単位から構成される魔術を形成できる魔術師は居ることには居る。だが数は少なく、それを行使できる”大魔術士”は魔術師ギルドにおいても5000名程度。全国的に見れば極めて希少な存在だ。しかし、触媒さえあればそんな大魔術師の仲間入りができるのだから、その需要は火を見るよりも明らかだろう。
ヴァイオライト鉱石は、その純度にもよるが、大体120節から1500節程度の意味単位の術式を格納できるほか、”低下”の強い意味性を持つ鉱石であるため、魔術触媒に利用すればデバフ系列の魔術の行使が極めて容易になる。
加えて再利用可能、という点も高い評価を得ており、超高性能であるが使い切り、というほかの鉱石群よりは、ある面において利便性に優るのだ。
で、そのヴァイオライト鉱石だが。実は超上位の……SSランク以上の傭兵にとっては簡単なお使いである。ヴァイオライト鉱石は希少鉱石の部類に入るが、大霊洞中層以下では簡単に見つかる鉱石なのだそうだ。
とはいえ、そのSSランクの傭兵、というのが希少なうえに依頼を任せれば依頼料も高い。少量の鉱石を求める場合、下位の傭兵たちを使って得られるのであれば、そっちの方が安上がりではあるのだ。
そして、さすがのセツナたちも、人外魔境の始まりと言われる中層には赴かない。中層の入り口付近で出会う魔物はまだいいのだが、中層に入るとマジックマテリアル種と呼ばれる凶暴かつ危険な魔物群のテリトリーであり、中層の主・マジックマテリアルギガインセクトはXXランクオーバーの”災害指定級”である。こんなのに出くわす危険が高い中層にはさすがのセツナたちも入ることはためらわれた。
上記と比べて、”比較的”リスクの少ない地点としてセツナたちが採取地点として定めたのが光鉱領域。探索難易度Aランクの、マイナープレデターたちの領域である。
「………もう、見つかっていますね。」
「そのようだな、殺気を四方から感じるぞ。」
「アタシにはなんも分かんねぇが、お前たちがいうのなら間違いねぇな。」
「すごい……すべての探知術式は無反応なのに……」
光鉱領域に踏み込んですぐ、セツナとアルテミシアは、共に自分たちがすでに察知されていることに気が付いた。自分たちの動きは、すべて把握されているといってもいい。彼らがどこにいるのかはわからないまでも、セツナの超常的な魔力探知能力と、アルテミシアの鋭敏な五感が、彼らがすでに自分たちに狙いを定めていることに気が付いたのであった。
「舐められないようにいきますよ。彼らはバカではありません。隙を見せなければ、襲い来ることもないでしょう。」
「おう。」
「ああ。」
「はい……!」
だが、セツナたちにとって一つだけ朗報があるとすれば。
彼らは”敵対的知性生物”。人類と同程度、あるいはそれ以上の知能を持つとされている種であり、ただの魔物や魔獣とは話が違う。彼らは命の危険があれば速やかに撤退するし、敵わない相手には手を出さないし、何より喧嘩を売るべき相手を選ぶ。
セツナたちと彼らの実力は互角といったところ。彼らに”勝てる”という確信を与えない限りは襲い掛かっては来ないだろう。
「すべての警戒術式と保護術式の完全持続時間、今一度共有してもらってもいいか?」
「はい。……どちらも30分です。」
この領域にとどまれる限界時間は、30分。本来の探知術式であれば何時間だって持続できるだろうが、今回は相手が相手であるため、視覚共有型の術式も追加している。そして、視覚共有は脳への負担が大きく、これの対応のためにさらなる術式を重ねがけしている状況だ。
魔力残量に余裕があっても、ユリオット自身が万全ではなくなる。その制限時間が、30分というわけだ。
「よし。んじゃ、とっとと探り当てるぜ。探すのは任せな。」
そう告げるのはワード。彼女は懐から槌を取り出すと、前方の鉱壁に向かってゆっくりと周囲を警戒しながら歩み始めた。